第51話

 各国で猛威を振るっていた連邦は一転、じりじりと後退をし始めた。

 他国の目を気にした政府からの作戦行動は穏便にせよという指示の影響もあったが、それ以上に猛烈な抵抗にあったからだ。

 今や、パルクフェルメの首都が連邦進攻軍の最終防衛ラインだ。


 渡り鳥達は、本来の巣を目指して飛び立った。



 太陽に照らされ、白銀を放つ連峰の上空には、山脈特有の気まぐれな風が吹いていた。

 だが、空中給油機ハーキュリーズのノズルと繋がっている赤翼のラファールは、その複雑な風をものともせずに、さも当たり前のようにまっすぐ飛んでいた。


 その威風堂々とした姿は、あらゆる空を飛びつくしてきた渡り鳥の長の様だった。




「聞いていた以上の腕前だ。


 給油完了トランスファー・コンプリート。幸運を! 」


 シュワルツは空中給油を受けていた。

 給油してくれた相手は何処の国かは分からない。だが、それは重要なことではない。

 周りを見渡せば、知らない国籍マークの翼が犇めきあっているからだ。


「各機、給油が済み次第、編隊行動に戻れ」


「やっと軍隊らしくなってきたな」


 ジャックの言葉に、シュワルツも内心同意する。

 自分達の周囲には爆弾を積んでいる機体や、対空兵装をフルで積んでいる戦闘機部隊が多く飛んでいる。

 何処からやってきたのか、自分たち以外のパルクフェルメ軍機も居た。

 大編隊……決して連邦空軍に引けをとらないような大編隊だ。

 空が狭い。

 シュワルツはそう感じた。


 その時、連邦の占領放送が周波数帯に流れ込んできた。


<――接近中の同胞、パルクフェルメ軍へ。

 私はパルクフェルメ外務大臣、サンロマだ。

 首相閣下が不在の今、諸君らの指揮権は私が保有している。

 貴君らの行為は我が国とアルタイル連邦の友情を壊すだけの蛮行に過ぎないのだ。私は諸君らに長年の敵国ハイルランド軍との共同軍事行動を命じた覚えはない。


 直ちに軍事行動を中止し――>


「へ、まだこんなこと言ってやがる!」


「連邦に魂を売った売国奴の最期の遠吠えだ。最期まで聞いてやろうじゃないか」


「首都には連邦政府に首を振らずに、政治犯として捕まった政治家たちがいる。

 彼らこそが真に国を想う愛国者たちだ。彼らに次の時代を任せるとしよう」


 しかし、あまり効果は無かったようだ。


 幾ら人種が違おうが、言語が違おうが、過去に因縁があろうが、最高指揮官かつ国立大学を首席で合格した天才の外務大臣の言葉だろうが……翼を並べている友の方が余程信用できた。


 やがて、狭かった空は開け始めた。

 周りの戦闘機部隊がシュワルツに道を開け始めたからだ。


「パルクフェルメまで一直線だ! 」


「ウインドメイカ―より各機へ。

 まもなく、作戦空域に突入する。

 コソコソする必要は無い。正面突破だ。


 暴れて来い、この空の飛び方は諸君らが一番よく知っている筈だ」


「そして、誰の物かを教えてやるんだ。

 そうだろう、隊長?」


 三番機であるエリシアの質問には応えない。

 代わりに、シュワルツはスロットルをゆっくり徐々に上げる。



「言葉は要らない、そうだろう、シュワルツ?

 だってさ、結局、俺達は――」


 二番機であるジャックにすらも言葉を返さない。

 シュワルツは操縦桿を、少しだけ上に上げ、そしてスロットルを完全に押し込み、右に強く捻った。

 彼のラファールは一気に速度を上げ、翼端から滲み出る飛行機雲ベイパーで弧を描くようにして編隊を離脱した。



 だが、そんな彼の突発的な機動にスワロー隊の面々は……いや、誰一人として遅れることは無かった。皆が彼の背中へとなだれ込むようにして着いて行った。





 シュワルツ・アンダーセン、祖国に強い憎しみを抱き、敵国に渡った一人のエースパイロット。

 だが、現状では、彼は祖国の人々を虐殺することも、自身を陥れた祖国の人間達に耐えがたい苦痛を与えることにも、名誉や財産を奪うことにすら成功していない。






 彼が得たものは、ただただ自由に飛べる戦闘機と、何処までもついて来る仲間だけだった。




 赤い翼のラファールとその群れ達は、雪山の向こうに鎮座する連邦軍機の編隊のそのまた向こう、蜃気楼のようにうっすら見える市街地へと、音の速さを越えて突き進んで行った



 ◇




 一方その頃、は本国へと呼び戻されていた。

 罪人でもないのに手錠で繋がれたその男。だが、彼の姿を見ればそれが理不尽な者とは言えないだろう。

 憎しみに囚われ、廃人に片足突っ込んだ男、アルフレッドは口をがたがたと震わせ、手足を激しく痙攣させて、眼光は獣そのものだったからだ。


「ナ、何故……俺を呼び戻した!? 何故! 何故!

 奴がすぐそばまで来ていたのに! かゆい、痛い……渇くんだよ、俺に奴を殺させろ!」


 意味不明な言葉を吐きながら、拘束を解こうと暴れ回るアルフレッドに、流石の連邦軍上層部の多くの人間も得体のしれない恐怖を覚えた。

 しかし、席中央の男は至って冷静だった。


「落ち着き給えよ、君。

 身分をわきまえたまえ、君はあと少しの勝利を水の泡にしてしまった我が国最悪の戦犯なのだよ。

 この戦争には美しいフィナーレが予定されていたのに……どうしてくれるんだね?」


「ぐうぅぅぅぅぅう、ぐうううう! ぐうううううう!」


「……薬の与えすぎだ。本当にこれで戦闘が出来るのかね? あとで調整しておけよ。


 パルクフェルメの首都なんてくれてやればいい。

 だが、このまま終わってしまっては駄目だ。

 戦争の落とし前をつけなければならない。

 君は先の失敗をリカバリーする必要がある。


 だが、前言を取り消す気は無いよ。

 君を英雄にしてあげよう。君がそれだけの働きをすれば、な。


 例えば、こんな筋書きはどうかね?

 君の晴れ舞台を邪魔した彼。その彼の晴れ舞台を邪魔しに行くというのは? 」


「……!」


 そして、上層部は狂ったアルフレッドには理解不能な……。

 いや、誰にも理解などできないであろう命令を下したのだ。


 "自国連邦の重要兵器貯蔵庫を襲撃し、とある兵器を奪取せよ"と


 アルタイル連邦は焦点を変えた。


 この戦争にどうやって勝つのではなく、この戦争の責任を誰に押し付けてしまおうかと。


 そうだ、有耶無耶にしてしまおうと。





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