第49話 うちのエースはもっと速い
黒い巨体から発射されたそれが不味いものだということをシュワルツは見て取った。
「あの弾頭のマーク……まさか、クラスター弾頭か!?」
「っ、なんてものを撃ち込む気だ!? 市街地にクラスターを撃ち込むだなんて、条約違反だ!」
クラスター弾……一つの弾頭に何百発もの子弾を搭載したものだ。
これだけ大型ならば、凄まじい破壊力でもあるし、凄まじい数の子弾が撃ち込まれるであろう。
この弾頭の厄介なところはそれだけでは無い。
地面に叩きつけられた子弾が不発弾となり、地雷となるのだ。
そんな土地で平和を謳歌出来る筈がない。
何もかもが、スローモーションで流れていく中、沿岸警備隊の一人が震える口調で尋ねた。
「……あれはもう駄目だ。 間に合わない……一人の犠牲者も出さないのは最早不可能だが、シャッキール市に避難の指示を――」
「そのは必要ない。うちのエースはあれより速い。――なぁ、そうだろう? 」
「ああ」
ジャックの問いかけに、シュワルツは即答で返した。
いや、返事を返す前にもう動いていた。敵も味方も静止している中、ただ一人とっくの昔にスロットルをレッドゾーンまで叩き込んでいたのだ。
「エリシア、援護だ! お前が隊長から学んだ全てを出し切れ! 」
「わ、わかったッ! 了解した! 」
「行け、シュワルツ! 重りは全部捨てろ! 俺達が邪魔者を全て堕としてやる!
お前なら出来る! お前しかできない! 行け!」
シュワルツはICBMが何らかの妨害によって、ロックオンできないと知ると、一切の躊躇なく全てのミサイルと燃料タンクを投げ捨てた。残された攻撃手段は僅かな機銃弾だけ。
それでも、一直線に敵集団へと突っ込んでいった。
<他に構うな、赤翼だけでいい! 奴を止めろ!>
<兵装がないものは体当たりで止めろ! 死は名誉だ!>
<ラジャー、祖国に栄光――!>
「邪魔だ、退け!」
シュワルツの進路を妨害するように展開する戦闘機。攻撃ヘリに至ってはゴールキーパーの如く体当たりを仕掛けようとしている。
だが、その妨害は彼の仲間によって妨害される。
ジャックとエリシアは完全にゾーンに入っていた。二人とも彼らの隊長機を思わせる機動をとり、次々と敵機を撃墜していく。
そのお陰で、シュワルツは一切の減速も、多少の回り道すらなく一心不乱に猪突猛進をしていく。
だが、ICBMは無慈悲にも大型エンジンの推力に物を言わせ一気に天へ昇っていく。
「フィオナ、前みたく電波妨害で起爆できないか? 」
「……ごめんなさい、それは出来ない。
前のは明らかな試作品で、隙が多かったけど、これは完成された戦略級で……。
本当にごめんなさい、私は力になれない。
もし、あなたが今その状態で追いかけ続けたとしても――」
「謝らなくていい、一つはもうもらってる」
「もう一つ……?
待って、シュワルツ、何をする気!?
それ以上無理に追いかけると、機体の限界を超えて空中分解――!」
「計算も必要ない、どうなるかなんて――すぐにわかるさ」
もし、前回みたいに出来ないのだったら、やることは決めていた。
すぐさまエンジンのリミッターをオフにした。
警告音が鳴り、エンジンの寿命が一気に縮まったことを知らせて来る。身体もシートに食い込む。
だが、それとは引き換えに5%の追加の推力を手に入れた。
ICBMを過激でも無ければ、穏やかでもない最適な上昇角で追い詰める。この上昇率が一度でも違えば、たどり着けないか、若しくは彼女の言う通り空中分解するだろう。
そもそも、リミッターオフでの機動飛行なんてラファールにとって想定外なのだ。
だが、シュワルツはこのラファールを知り尽くし、信用している。
今や、敵国で受け取ったただの戦闘機では無く、義足もとろも彼の身体そのものなのだ。
だから、そのまま垂直に上昇する。
手は尽くした。後は答え合わせだけだ。
<ICBM、迎撃不可領域まで10! 艦長、これは!>
<そうだ、我々の勝利だ!
クククククク、ハハハハ、ハハハハハハハッ!
勝利だ、諸君! 我々は勝利者だ! 死ぬ甲斐があるという物だ、これは名誉だぞ、諸君!>
ラファールが追い付くか、それともICBMが逃げ切るか。
<SHOOT>
その表示が一瞬出たような、出なかったような、その瞬間、シュワルツはトリガーを引いた。
<これは……艦長……>
<……嘘だ、認めんぞ>
◇
<認めない! 認めない! 認めなッ――!>
攻撃を受け、制御翼を失ったICBMは、皮肉なことにも発射元の艦イスカリオテの真上へと堕ちていった。
潜水艦は消滅、母艦も、兵装も失った艦載機たちは迷い鳥のように空を漂っている。恐らく、秘密部隊である彼らに助けは来ない。
だが、勝利者である彼らの眼中にそれらは無かった。
「誰か、赤翼を見た者はいるか!? 」
「わからない、クソ! このきのこ雲が邪魔だ! 」
「……シュワルツ?」
誰もが不安の声を上げる中、意外にもこの二人だけは平然としていた。
「そう焦ることでもないだろう?」
「何を言ってるんだ、君たちの隊長だろう!? 」
「だからだよ、結果なんてわかりきっている。
ほら、見ろ。
太陽の方だ。上からゆっくりと降りてきやがった」
きのこ雲が晴れた時、金色の太陽に照らされたラファールが螺旋を描きながら、彼らの元に舞い降りてきた。
少しばかり、エンジンから煤が出ているが、大した問題では無いようだ。
「……畜生、やりやがったな!」
「流石だよ、赤翼!」
「シュワルツ、お前といるといつもこうだ。
何があっても平然と戻ってきやがる。
やっぱり、俺の賭けは間違ってなかった」
「まだ終わってない。
だが、俺がこの空を選んだのも間違いじゃなかったみたいだ。
フィオナ、エンジンを壊してしまった。
替えがあればいいんだが……」
「気にしないで、替えならいくらでもあるから。あなたみたいな人合ド個を探しても他にはいないでしょうけど、ね
……私の役目は、あなたをこの空に上げ続けることだから」
◇
連邦が何故潜水艦という回りくどい手を使ったのか。
それは、連邦がそう言った兵器を使用したという事実は絶対に認めたくなかったからだ。
幾ら疑われようが、証拠が無ければ良いのだ。
(実際、パルクフェルメらはその時の潜水艦との戦闘映像を証拠として国際社会に提示したが、連邦政府は連邦製兵器以外のものしか映っていない偽りの映像だとして認めなかった)
ともあれ、此処までするということは、連邦は本当に余裕がなかったのだ。
そして、戦争は本当の形での終戦へと向かっていく。
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