第44話 かつての教官

手違いで、更新が遅れて申し訳ありませんでした。



黒い雲の下で、赤い翼と銀色の翼の二機が交錯する。

 何故、教官がここにという驚愕。いや、それよりも銀翼のフルクラムが通り過ぎる。ただそれだけの威圧感に圧倒されていたシュワルツは、AWACSの声により我に返った。


「レーダー波を避ける為に、荒波のような雲を抜けて来るとは……!追撃戦のはずが、此方が追撃される方にされたか。

 増援は少しかかる、止むを得ない、そのフルクラムを含む敵編隊を撃墜せよ!

 ……下手をした、すまない! 」


「気にすんなって、お詫びならご一緒にお茶でも。

 ……1機で攪乱か、勇敢だが無謀だったな! 」


「援護する、行け! 」


 流石はパルクフェルメのエース、ジャックはイーグルを駆ると、単機でいる銀翼のフルクラムを射程に入れ速攻でミサイルを放った。エリシアも敵機の回避進路を牽制するような機動をとる。

 コミュニケーションの取れた避けようのない模範的な連携戦闘機動だ。


 だが、英雄は格が違った。

 彼は雲の中へと機体を突っ込ませる。当然、それだけで現代のミサイルを振り切れるわけが無い。

 ミサイルの直撃まで数秒といったところだった。


 突如、真っすぐ猪突猛進していたフルクラムがエレベータに乗せられたように垂直に降下した。

 無情にも、ミサイルはフルクラムの上の何もない空間を素通りしてしまった。


「なっ――!? そんな!? 」


 必中の攻撃を避けられたエリシアは納得いかないという声を出す。理不尽だったからだ。

 その回避機動は、まるでオンラインゲームのラグのようだった。あまりに現実的ではない機動。だが、シュワルツにはその機動の仕組みが理解できた。


 彼の教官はエアポケット乱気流……すなわち空に突如と発生する乱降下気流を用いたのだ。数多くの航空機事故を引き起こした、多くのパイロットが恐れる予測不明の存在。それを読み取り、回避に利用したのだ。

 空を知り尽くした男グランニッヒ、いつの時代の空も飛んできたエースパイロットのなせる業だ。


「……あいつか、ハース市の時の!」


「敵編隊、更に近づく! 交戦圏内まで30! 」


「ジャック、頼みたいことがある」


「わかってる! ……クソ、いつもお前任せだ!

 エリシア、他の奴らは俺達で相手をする。 シュワルツとこの戦闘機星からやってきた化け物を一対一にするぞ! 」


「わかった! また地上で、隊長! 」


 彼の相手は自分が引き受ける。だが、ジャック達には7機の戦闘機を任せることになる。それでもシュワルツは彼らが負けることは無いと考えていた。彼らもまたエースなのだから。


 だから、振り返らずに前を見据える。その先では先程雲へと消えた銀翼のフルクラムがゆっくりと雲の中から出て来た。


 震える。恐怖か、躊躇か……それとも武者震いか。

 それは分からない。だが、やめるという考えは湧かなかった。


 最初と同じように、相対速度マッハ1以上で、赤い翼と銀色の翼が交錯する。

 先に主導権……すなわち敵機の背後をとったのはシュワルツだった。

 敵を追いかけるロックオンカーソルが赤く点滅する。一瞬以下の躊躇、だが、シュワルツはトリガーを引いた。

 雲の下。乱気流はない、クリーンな空。

 避けれる筈がないというのはラファールのコンピューターも同意見のようだ。


 だが、彼は避けてしまった。フルクラムは驚異的な速度の左横転を決め、そのまま急激に旋回した。

 コンピュータの演算すらも凌駕する機動……シュワルツはフルクラムから切り離され、宙を舞う武装に気が付いた。

 グランニッヒは左主翼の兵装を切り落とすことで、急激な荷重移動を引き起こし、あのハイGターンを可能としたのだ。


(模擬戦でも見たことがない……全盛期の教官の戦い方か……! )


<少将……隊長殿!? その新型短距離ミサイルは虎の子ですぞ! >


<当たれば、な。

 奴の前では虎の子も子猫同然だ。 兵装に頼るな、撃ち落とすのはお前の殺意だ。

 それより、ヒヨッコ如きに心配される覚えはない。 ヒヨッコらしくおどおどと群れで飛んでいればいいんだ>


 そして、銀の翼は向かってくる。 太陽が銀の塗料に反射して眩しい。そういうところも計算しているのだろう。

 シュワルツは彼の下の高度を飛んでいる。地の利はとられた。

 だが、シュワルツは真っ逆さまに逃げようとはせず立ち向かった。

 一直線に向かい合った二機の戦闘機。

 が、シュワルツの機体が一転、反転した。


 余りの恐怖に逃げだしたように見えた。

 だが、反転したラファールは、そのままホバリングのように一瞬空中を漂った。そして、フルクラムはその急激な機動を追いきれずに、ラファールを追い越し、再び追われる立場になったのだ。

 そう、彼もエアポケットを利用したのだ。


<……ふっ>


 かつての教官のほんの少しの驚きの感嘆と、短い笑みが聞こえた気がした。

 いつも勝てなかった、何をしても勝てなかった。

 だが、今日、この空では自分は確かにあの教官に近づいている。


 この手の震えは、空を飛べるという無邪気な歓喜かもしれない。

 だからこそ、シュワルツは復讐だとか、元祖国だとか……そんなことは今は忘れ、ただただ無我夢中で追いかけるのだ。

 魂の命ずるままに。

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