第43話 銀色の翼

 グランニッヒは連邦軍進攻部隊のパルクフェルメ首都にある空軍基地の格納庫no

の中で、ある機体を見上げていた。


「少将殿……その権限を使えば、この戦闘機よりも高性能な機体も……」


「こいつは十分に高性能だ。どんな敵でも堕とせる戦闘機だ。それだけのパイロットがこいつを操れればな」


「しかし……! いや、それ以前にこれはおかしいのです! やはり、お止めになられた方が! 少将が前線で……!」


 尚も食い下がろうとした部下の言葉は、突如、蹴とばされるように開き放たれたドアの音によってかき消される。

 彼は、少将閣下の前で無礼だと叱咤しようとしたが、その騒音の主の顔を見て絶句し、思わず後退っててしまった。

 顔の大部分を包帯でグルグル巻きにされ、僅かにはみ出ている皮膚は赤く焼けただれている。何よりも恐ろしいものは獣のような目だ。


 グランニッヒはその男の憎悪の視線を受けつつも、興味なさげにタバコを咥えながら横目で見る程度だった。


「ほう、これは、これは毎日毎日、世界中のワイドショーを賑やかせている連邦の英雄では無いか」


 グランニッヒの襟首をアルフレッドは掴み上げる。


「……き、貴様! 俺が堕とされたのは、お前の指導が悪かったからだ! 何が英雄だ、何の役にも立たない死にゆくだけの老いぼれめ!」


 だが、老兵は動じず、一笑する。


「だから言ったではないか、二度と私の教え子を名乗るなと。 そうだ、安心するがいい。お前の言う通り私はお前に何も教えていない。


 それに、私の教え子はちゃんと空を飛べているようだ」


 周囲の観衆たちは彼らの言い争いの意味を理解できていない。が、新旧英雄同士の乱闘騒ぎだ、止めるほかない。グランニッヒの部下たちがアルフレッドを引きはがす。


「お止めください、大尉殿!

 仮にも少将閣下に無礼が過ぎるではありませんか!」



「何が閣下だ、少将に抜擢されたぁ……? 厄介者を掌で転がす為なんだよ! 勘違いするな、何の後ろ盾も無い老人が! 」



「お前にも無いようだが? 」




 グランニッヒを助ける為に多くの部下が飛び出したのとは対照的に、アルフレッドはたった一人だった。

 アルフレッドは憎悪に満ちた表情で叫んだ。


「何が教え子だ……! 奴は敵……テロリスト風情に寝返った気違いだ!

 ああ、お前も気違いだ!


 狂ってるのはお前達だ! 何が、空を飛ぶのが好きだ! 狂ってる、その先のキャリヤも考えない能天気野郎が俺の道の前でいつまでも突っ立ってやがる! 父も、母も、奴も、俺以外狂ってる!


 俺は狂ってない……狂ってる、狂ってる、狂ってる、やめろ、撃つな……あぁぁぁぁぁあああああああ!」


 そして、アルフレッドはいきなり頭を抱えると、痛い痛いと叫び、格納庫を走り去っていった。

 唖然とする周囲の人々。 そんな中、グランニッヒは悲しげな眼をしていた。


「麻薬か……。


 親が無くとも、脚を無くしても人間であろうとした男と、全てを持ちながら人間を投げ捨てた男か」


 そんな中、格納庫の受話器が鳴り響いた。


「……作戦本部より緊急伝令!


 我が軍はシャッキール工業地帯の放棄を決定! 友軍の撤退を支援せよ! 」


「何だって!? あれだけの戦力が居たのに!?」


「そんなところに行けって言うのかよ!?」


「やれやれ、老いぼれとひよっこ集団の初任務が殿とはな……いつの時代も上は私を嫌っているようだ」


「少将閣下、本気なのですか!? 本気で出撃……!」


グランニッヒはのデータを基に作り上げた耐Gスーツを着込みながらこう言い放った。



「訂正しろ、少尉。

 私は少将でも、閣下でもない。……今の私はただの飛行隊長だ」





 ◇


 数日後、シャッキール市の市役所の旗が、連邦国旗が降ろされ、パルクフェルメ国旗が掲げられた。

 連邦の増援も最初こそはかなりのものだったが、段々と数が少なくなり、やがては絶えた。

 取り残された連邦軍はじわりじわりと防衛線を後退し続け、そして決壊した。


 これを追わない手はない。勝利を確実にし、次の戦いをものにする為、スワロー隊も追撃を続けた。

 何時しか天候は変わり、大雨が降りだしていた。


「ハ、連邦も大したことないじゃないか!」


「当然だ、奴らには英雄がいない。こっちには渡り鳥達が居るんだ。負ける筈がない!」


「おいおい、威勢は良いが、飛び出すぎだ。 あれは何処の軍だ? なぁ、ウィンドメイカー、あれはとめた方が良いんじゃないか?」


 窘めるジャックの声もそう緊張感は無い。慢心しているわけではないが、この状況を打破してくる連邦軍機がいるとは思えなかった。


「ああ、わかってる……再度警告する、ソワジ共和国……であってるのか、ソワジ空軍機、一旦攻撃の手を緩めろ。危険だ。


  ……待て、敵編隊接近……数は7! 」


「ほら、言わんこっちゃない。

 まぁ、大した数じゃないが……いったん後退して合流し――」


「……!? 違う、8機だ!

 一機の新手を確認、近い! 一体何処から……!


 まさか、あの積乱雲を通ってきたのか。


 ソワジ軍機、回避だ! ブレイク! ブレイク! 」


「何を言って……敵なんてどこにも――」


 友軍機の断末魔、そして黒い雲を掻き切り、たった一機の戦闘機が現れた。

 シュワルツはその機体のカモフラージュに見覚えがあった。


「……大丈夫だ、脱出の猶予はあったらしい。

 チッ、あの積乱雲の中を飛んでくるなんて、一体どんな機体なんだ!?


 ――敵機解析完了……嘘だ、ただのフルクラムだと!? 」


 忘れる筈がない、シュワルツは彼のことを思い出していた。

 高性能迎撃機などの高価で一方的な戦闘機を嫌い、最前線で前線戦闘機のみでキルスコアを叩きあげたまごうこと無き英雄。


 連邦の英雄、もしくは彼の好む機体のカモフラージュからこう呼ばれた。


 銀翼と。




<シルバーアロー1より各機へ、これより状況を開始する。


  ……赤翼か、どれほどのものか、確かめさせてもらうぞ>




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