第38話 反逆の翼
<journalist report>
澄み渡るような青空の下だった。
だが、その下ではどうしようもない程の混乱が広がっていた。
突然の侵入者、連邦の広報官はご安心をと言ったが、安心などできる筈がない。
ましてや、頼みの綱であるアルタイル・ナイツがやられてしまったのだから。
悲鳴を上げ逃げる観衆、残っているのは、度胸のある野次馬と、我々プロの野次馬だ。
多くの取材陣は歴史に残るスクープだと、制止する連邦の士官を無視して必死にカメラを回した。
私もその一人だ。
ビデオモードのカメラを携え、必死に空の上の三機を狙った。
何だ、何をする気なんだ?
何か燃料タンク、若しくは爆弾のようなものが見える。
3機は綺麗に編隊を整える、式典を爆撃する気か?
確かにそうすれば、出席している連邦の要人、それに降伏を認めた敗北主義者ウラギリモノを一掃することが出来る。
しかし、仮にも平和の祭典、市民も、別の国のお国賓もいる中でそんなことをすれば、国際社会は彼らを平和への反逆者として大きく非難するだろう。
それとも、別の連邦軍機が迎撃に来るか?
と、レンズの向こうの戦闘機が煙を吐いた。
「神経ガスを使う気か!?」
誰かがそう叫んだ。
だが、私はそうは思わなかった。
そう恐ろしいものに見えなかった。もっとこう、クレヨンの様な何か……。
あれは。
「……スモーク?」
結果として、それは正しかった。
3機の戦闘機は、それそれが積んだポッド上のものから、7色の色とりどりのスモークを出す。
そして、唖然とする取材陣、第三国の国賓、平和式典の当事者たちの前で。
いや、それだけでは無い。
◇
「スワロ―、ループ、ナウ」
下には式典に参加していた人々が唖然として上を見上げていた。
奇妙だ。
こうして、誰かに見上げてもらいたいと思って飛んできて、こうして夢がかなうだなんて。
だが、今飛行を見て欲しいのは彼らではない。
シュワルツのラファールは、優雅に上向きに上昇していく。
ジャック、エリシアもそれに追従する。
バックミラーでは二人が追従してくる様子がありありと見て取れる。
自分等の通った後には、7色のスモークが残されている。
パルクフェルメ、ハイルランド、ウィルランドを始めとする連邦と戦争をしてきた国々のナショナルカラーだ。
正義を謳い上げる演説をする気なんてなかった。
だが、これはメッセージだ。
そして、先程自分が描いたスモークの跡を潜り抜け、それは完成した。
「ふぅ、やれやれ、下から見たいもんだ。
どう見えるんだろうな?」
「きっと上手くいってるさ、そして届いている筈だ。
任務は終わった。隊長、帰ろう」
「……了解、スワロー隊、ミッションコンプリート。
基地に帰還する」
◇
轟音が響き、彼らはスモークを引き、彼らの空へと帰っていく。
さらに描かれたのは巨大なリボンだった。
7色のナショナルカラーで、平和の象徴であるリボンを空に描いたのだった。
彼らの機体にはパルクフェルメの国章が載っていた。
だが、この空まであんな遠くの国からは来られない。
7か国、多くの人々が協力して、ようやく彼らはこの空までやってきたのだろう。
連邦よりか、小国よりか、どういった記事にしてやろう、そう様々な思考を巡らせていた私は空に心を奪われていた。
比べるのはナンセンスかも知れないが、先のアルタイルナイツとは違う、完璧な感覚を保った大空にかかるリボン。
いや、私だけではない。
同じようにスクープを狙い、我先にとカメラを向けていた記者達も放心したように、ただただ空を見上げている。
そして、連邦が用意した国際中継を通して見ている世界中の人々もだろう。
理解した。
何故、彼らが戦闘機という人殺しの道具を使い、空にリボンを描いたのか。
支配者が押し付けてくる平和など、平和とは言えない。
平和の名の下に、土地、地下資源、言語、更にはパイを切り分けるように愛するものごと国境線が引き裂かれるかもしれない。
少なくとも、連邦が彼らに与える平和の中に、今までの平穏はありはしないだろう。
彼らは平和の為に、この偽りの平和を拒絶したのだ。
そして、彼らは自分の正当性を薄っぺらい言葉で世界に主張するのではなく、ある人々へと届けようとしているのだ。
彼らと同じく、偽りの平和という名の支配に屈しず、かつての日々を、平穏を諦めない者達へ。
希望は潰えていない、共に行こう、と。
彼らの機影が遠くの空に消えていく。
レーダーから身を隠す為か、チャフ電波欺瞞紙をばらまきながら飛んでいた。
さながら、それは天使の羽のように映った。
今の私は給料と保身の為に無難な記事を仕上げるつまらない男だ。
だが、こんな童心に帰ってしまうような、美しいフライトを見せられてしまっては。
……私も何かしてみたくなるじゃないか。
思わぬ形で式典が中止に追い込まれた連邦は、国営報道機関を使い、平和を拒絶した彼らを平和への反逆者と痛烈に非難した。
同時に彼らの飛行に魅せられた私、別の記者たちも動いた。
軍事専門家らの監修のもと、彼らが飛んできたであろう航路を割り出し、これを公表したのだ。
この歪な程にグニャグニャと曲がった空路図。
パルクフェルメから、ハイルランド、そしてウィルランドからまた別の国へ。
連邦の防空網を避けるように、健気に飛んでいた彼らの道筋を。
彼ら三機だけではない、たった三機の為に大勢が散っていた、
これを見れば、誰だってわかる。
どの国も、何処の誰も連邦の押し付ける平和を望んでいない。
それどころか、団結してその平和を拒絶している。
自身こそが平和の使者と名乗っていた連邦は真っ赤な嘘をついていた。
そして、戦争を継続するもの達、だが、彼らこそが真の平和主義者。
彼らこそが、平和の為に、誰かの為に国を越えて渡り飛ぶ渡り鳥たち。
反逆の翼なのだ。
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