第37話
シュワルツのコクピットのバックミラーには、自らを鬼神の如き機動で追い詰めて来る深紅のフランカーが映し出されている。
ラファールとフランカーの二機を比較した場合、どちらが圧倒的に有利だ、とは言えない。
ただし、純粋な空中戦能力ドックファイトでは、機動能力世界最強とまで呼ばれるフランカーに分があると言わざるを得ないかもしれない。
その戦闘機がぴったりと後ろに付いている。
第三者から見れば、シュワルツにはもう後がないように見える。
だが、シュワルツは冷静だった。
焦らず、負荷を掛けすぎず、3手、4手先を読んで回避行動を続ける。
何故なら、彼はそのフランカーのパイロットがどういう人間なのかを知っているのだから。
一瞬、彼の思考は過去へと飛ぶ。
◇
互いにルーキーだった頃、二人ともエースとしての頭角が現れだしたのは、ほとんど同じだった。
だからこそ、彼らの模擬戦は本気だった。
アルフレッドはシュワルツを己の野心を阻む敵として、シュワルツはアルフレッドを良きライバルとして見ていた。
理由は違えど、彼らは負けたくは無かった。
だが、いつも、何度やっても結果は同じだった。
「……もらった、
あの時もそうだった。
アルフレッドは鬼神の如き攻めで、シュワルツを一気に追い込むと模擬弾の発射をコールした。
しかし、シュワルツが待っていたのはそれだった。
(上手い、だが、甘い……)
必死なアルフレッドとは対照的に、空を飛ぶことを純粋に楽しんでいるシュワルツは一瞬笑みを浮かべると、機体を減速させ、捩じるような機動をとった。
これで攻撃を回避する。そして、そのまま反撃だ。
アルフレッドの攻めは相手のパイロットを錯乱させるほど激しいものだ。
だが、彼には弱点があった。
空戦が長ければ長い程、身体に高い負荷をかけ続けている彼自身も錯乱してしまうのだ。
その隙にねじ込む。
シュワルツは、アルフレッドの機体を前に押し出すようにスロットルを素早く調整し、即座に射撃位置に着く。
一方のアルフレッドは心身ともに消耗し、自分が追われる立場となったという事態がまだ把握できていおらず……シュワルツはその隙を逃すことなく照準を合わせ、引き金を引いた。
「ちっ……偶然だ、差があったわけじゃなかった」
「ああ、あの追い詰め方は凄まじかったよ。
いい訓練になった。次も頼む」
「……了解した、俺はいずれお前を堕とす」
「楽しみにしてるよ」
諦めの悪いことを言うアルフレッド、その言葉に滲み出る憎悪に気づくことなく、素直に賛辞を送るシュワルツ。
共に更に上を目指せば、いつかは英雄と呼ばれた教官さえも超えられるパイロットになれると信じていた。
シュワルツは、良きライバルとして共に成長するものだと思い込んでいた。
◇
時は流れ、目の前には同じビジョンが映っていた。
目の前には押し出されたアルフレッドのフランカー、自身の手はトリガーに添えられている。
そして、ロックオンのマーク。
一つ違うのは、実弾が装填されていると言うこと。
<――お前、まさか!>
無線に流れ込んできたのは、紛うこと無き元親友の驚愕の叫び。
その声を聞いて、一瞬、様々な考えが頭を巡った。
どうして裏切ったんだ。
話がしたい、問い詰めたい、酷く苦しめてやりたい。
だが、逡巡する視界の中、自身の右足が目に入った。
そして、トリガーを引いた。
この翼は、恨みを募らせたまま、悶々とのたうち回るように飛ぶ為ではない。
ただただ、魂の命ずるままに。
かつての訓練とは違い、トリガーを引くと同時にミサイルが標的を求め、瞬時に飛び去って行く。
アルフレッドの回避機動は甘い、混乱、驚愕、若しくは恐怖の為か、以前よりも甘すぎる。
そんなものでは避けれはしない。
アルフレッドのフランカーのエンジン部から火柱が上がり、その数秒後にバラバラと空に散った。
その爆風の中、一瞬パラシュートのようなものが見えた気がした。
シュワルツは追わなかった。
此処で決着はつかない、何となくそう思っていた。
その機会は恐らく、また今度だ。
だが、これでいい。
夢の舞台はおぞましくなくていい。
自身の背後から二機が迫ってくる。敵ではない、仲間だ。
「全部片づけておいたぞ、今日のキル数は俺の方が上だな!」
「敵の増援だ、接敵まで2分!
隊長、今だ! 今しかない!」
「やっちまおうぜ!」
コックピットの中でシュワルツは目を閉じ、そして頷く。
武器変更、スモークポッド。絵の具の試し塗りのように空にほんの少しだけ浸す。
行ける。
今なら、あの日の夢を追いかけられる。
「スワロー1、スモークオン。
……行くぞ、スワロー隊」
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