第39話 狂気の翼

 彼ら、渡り鳥達が与えた衝撃は大きかった。

 幸か不幸か、撃墜若しくは損傷したアルタイルナイツの面々が全員生還し、撃墜された機体は湖の中へと堕ち、民間の犠牲者はいなかったのもプラスに働いた。

 非難するわけでは無いが、あれだけ宣伝された隊長機が国際映像で撃墜の様子を写されたというのはかなりインパクトがあった。


 ただ、一番はやはり大空に描かれたリボンだろう。


 世界中の大手報道機関の多くは手のひらを返したように、それを見だしに連邦の正当性を人々に問いかけた。


 その騒動から数日後、連邦は平和協定締結式を再度執り行った。

 今度は、さながら野外イベントだった前回と異なり、防空兵器や直掩戦闘機で固められた軍事施設の中で行われた。

 まさしく、臆病者だと非難され、笑われた。

 それでも、何と言われようが、締結さえしてしまえばいいのだ。


 だが、締結されることは無かった。

 パルクフェルメ、そしてハイルランドの臨時政府代表が一転、署名を拒否したのだ。

 和平にはまだ早かった、彼らはまだ空を飛んでいる。

 まだ戦っているものがいるならば、彼らを支持すると。

 連邦は国際中継の場で、その代表ら二人の背後に小銃を持った大勢の兵を立たせるという前代未聞の脅しを行ったが、彼らは首を縦には振らなかった。


 これでは、戦争を終結させることが出来ない。

 そもそも、何故、彼らは此処までして終戦を望んでいるのか?


 理由は連邦の現状にあった。


 地下資源の伸びしろの無さから始まった連邦の経済不安定期、それが当初の予想以上に酷いものだったのだ。

 一刻も早く打開しなければ、最悪の場合経済崩壊。

 それだけではなく、長い歴史の中で多くの国を自治区にしてきたアルタイルだ。

 それらの一斉独立からの連邦崩壊もありうる話だ。


 だからこそ、戦争という金のかかる行為を続けずに、この偽りの平和協定でお茶を濁し、すぐさまパルクフェルメ等の利益を連邦のものにしなければならなかったのだ。


 だが、連邦の嘘を見抜いた国際社会からの非難、逆に反逆者に対する称賛の声。

 連邦の道は一つしか残されていない。


 正々堂々と戦い、勝利を収めることだ。




 ◇



「この失態はなんだね!? 」


 ドンと拳が振り下ろされる。

 ここは連邦軍事裁判所。

 被告人はアルフレッドだ。



 彼は脱出に成功したものの、前回の出撃の時点で手負いだった為、さらに傷が悪化してしまった。

 顔面には包帯がぐるぐるまきにされている、心ないもの達はそんな彼をマスクマンと嘲笑った。

 とはいえ、アルフレッドの横暴の数々を鑑みる限り、自業自得とも言えるのかも知れない。


 そんな傷だらけの状態にも関わらず、裁判所に出頭させられ、彼を弁護するものは誰もいない。皮肉なことに今この状況はシュワルツが味わった苦痛と同じだ。


 誰も弁護するものがいないので、彼は喉の痛みを堪え、声を震わしながらこう弁解する。


「シュ……シュワルツが奴が……あいつが……! 」


「シュワルツ、シュワルツ、シュワルツ・アンダーセン……!

 またそれかね!? あの男は死んだ、君が陥れたのだろう?

 悪霊にでも取り憑かれたのかね!? 」


「閣下から直々にお怒りの声が来ているのだぞ! 」


 高みから自分を見下ろす高級士官たちの大声が、アルフレッドの片頭痛を引き起こす。

 こんな連中に媚を売っていたのが信じられない、プライドをずたずたに引き裂かれ、アルフレッドはこめかみに青い癇癪筋を走らせ、奥歯をかみしめる。


 そんな彼をみて、裁判官席の中央に座る最も階級の高い将校が、落ち着いた様子でこう言った。


「君が言う通り、あのパイロットが彼だとしよう。だが、それが何だというんだ? 君のやるべき任務は変わらない。

 我々は寛大だ、君に最後のチャンスをやろう。アルフレッド、確認する。


 君の任務はなんだ?」


 もう、アルフレッドは自身の輝かしい将来予想図などどうでもよかった。

 心に渦巻く感情は……強い怒り、若しくは狂気。


「こ、ロス……殺す……奴を、赤翼を殺すッ! 」


 上官に敬意を払うことすら忘れてしまったアルフレッド。だが、寛大な将校たちはそれに声を荒げることは無かった。

 静寂の中、中央の例の男が演技らしく拍手をした。


「諦めない闘志……素晴らしい、まさに連邦軍人じゃないか。

 よろしい、曲芸飛行隊アルタイルナイツはただ今を以って、要撃飛行隊へと任務を変更。なんとしても、あの紛い者の英雄を撃ち落としたまえ。


 そして、そんな勇気ある君に餞別を送るとしよう。 我ら連邦が試験中の最新鋭機を君に譲渡する。


 ……だが、その傷ついた身体に無理をさせるのは心苦しい。

 そこで、だ」


 男はペンを回すように、何かを掌で弄んだ。



「本当はオリンピック選手向けに造られたちょっとした栄養剤なのだがね……。特別に君にも使わせてあげよう。


連邦の才能あふれる科学者たちが作ったこれならば、君は全身全霊以上を発揮できるだろう」



 それは、何か不気味な黄色の液体が入った注射器だった。


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