第35話

 連邦の防空指揮所、その大型レーダーは彼らの動きを捕らえていた。

 山中に入り乱れる複数の光点。


「……やけに活発だな、がむしゃらだ」


「ふん、最後の足掻きか。

 あと10時間には本国で式典が始まるというのに。

 負けを認められんのか、カス共」


 連邦の士官たちはそれをスナック菓子を食べながら眺める。

 実際、最後の抵抗に相応しい程、多くの小国の戦闘機が飛び回っているが、レーダー上では連邦空軍が防衛ラインを死守している。

 そして、それを押し切ることが出来ず、また一つの集団が撤退を開始した。


「はっ、終わり、終わり。

 お前らは連邦の養分になればいいのさ、ははは」


 ただ、彼らが見ているのはあくまでレーダーだ。



 レーダーの死角では。


「空中給油完了!

 グッドラック、スワロー隊!」


「感謝する」


 シュワルツ達、スワロー隊はレーダーに捕捉されないよう山肌に隠れながら、空中給油を受けていた。

 何処の国かもわからない古い型式の給油機に翼を振って別れを告げる。


 連邦が最後の足掻きだと一笑したパルクフェルメを含む7カ国の空軍は彼らを連邦まで送り届ける為の囮だったのだ。

 随時入ってくる無線によると、こちら側陣営に少なくない被害が出ているようだ。

 だからこそ、彼はスロットルに力を入れた。


「スワロー隊、燃料は十分。

 このまま連邦まで一直線だ」


「了解!」


 ◇


 そして、この男も戦闘機のコックピットに収まっていた。

 アルフレッド達の曲芸飛行隊、アルタイル・ナイツは式典会場に向かう為に離陸の準備をしていた。

 だが、部下が聞いたのは着いて行きたくなるような勇ましい隊長の号令ではなく、狂った男のおどおどしい声だった。


「俺はエースパイロット、エースパイロット、エースパイロット、エースパイロット、エースパイロット、エースパイロット……エースパイロットォ!」


「た、隊長……? 如何なされました?」


「そうだ、俺が隊長だ!

 そうだ、そうだ、そうだ、この国史上初のアクロバット飛行隊のフライトリーダー! 隊長なんだ!

 ハハハ、アヒャハハハ、ハハハハアッ!」


 そう言い放つと離陸の宣言も無しに、部下を取り残して空へと飛び立った。

 だが、仕方のないことかもしれない。

 こうして狂わないと自我を保てないのだ。

 アルフレッドの顔面には大きな傷跡が二本、それも火傷で変色している。

 自他とも認める美形は台無しになった。

 だが、運のよいことに上層部はその傷跡を利用して彼を英雄に仕立て上げた。


 だから、アルフレッドは戦闘機にすがるしかないのだ。

 皮肉なことに、彼も彼と同じ考えに行きついた。


 ◇


 <journalist report>


 その日はいい天気だった。



 私はそこに居たのだ。


 連邦の平和式典の取材に来た大勢の記者の一人だった。


 多くの人々がこの平和式典が連邦の茶番だというのは分かっていた。


 連邦に対して批判もあった、だが、それは無視できるほど小さな声だった。


 私もだ。


 式典会場周辺には記念飛行を見ようと大勢の人々が居て、そこで多くの出店が開かれていた。


 彼らの祖国は幾多の命が失われた戦争を強引に終わらせようとしているのに、彼らは何も思わないのか?


 だが、私も殆ど無関心だった。


 ジャーナリストとして駆け出しの頃は、悪をさばいてやると息巻いていたが……実際は不可能だった。


 様々な理不尽にぶつかり、燃え尽きてしまったのだ。


 もう、私は給料と保身の為に無難な記事を仕上げるつまらない男だ。


 強者が勝つというのは、自然なことだ。何もおかしいことではない。


 そう言い訳した。


 円卓上での和解の握手の場面を捉えた私は、記事の目玉にしようと、これから始まるアクロバット飛行の写真を撮ろうとしていた。


「皆さま、海上正面上空をご覧ください!

 我らが愛する祖国の栄えある騎士達、アルタイル・ナイツの登場です!」


 壮大なBGMと共に、式典会場の前方、巨大な湖の方から戦闘機の轟音がこだました。

 会場上空をぐるりと横方向に白いスモークで大きな円を空に描くと、会場後方にへと消えていった。


 凄い、大したものだ。市民達はそう歓声を上げるが……私は首をひねった。


 あの一番機のパイロット……編隊の中、一人だけ飛び出しすぎている。


 確かに鋭い旋回で威勢は良いが、これでは美しい編隊演技ではない。


 私が辛口なだけか?

 そう思った矢先、また湖の方から何かが轟いて来た。

 事前の発表ではアルタイル・ナイツだけの曲芸飛行だった筈、サプライズだろうか?

 そう思い、カメラの望遠レンズを向けた。




 私のレンズは、翼端を赤く染めたラファールを捉えた。




 ◇


「……?

 まずいぞ、式典会場に不明機接近!」


「何、敵襲か!?

 レーダー部隊は何をしていた!?

 式典は中断、中断だ!

 対空戦闘用意! 撃ち落とせ!」


「だ、駄目です! 式典会場上空に侵入するようです!

 対空ミサイルで下手に撃ち落とせば、破片が会場に……!」


「クソ、やられた!

 ……まて、確か例のアクロバット部隊は一応の対空兵装はしていた筈……。

 6対3ならいける。 しかも精鋭部隊だ!

 よし、アルフレッド大尉に連絡だ!


 下の避難が完了するまでの時間を稼ぐんだ、その後不明機を撃墜せよ!」




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