第34話 夢の続き

シュワルツは眠っていたフィオナを叩き起こすと、すぐにとある計算をさせた。

そして、彼はコンピュータに示されたその答えを凝視する。


「わかった、行けるんだな?」


「理論上は……ね?」


「なら、十分だ」


「……理論では無く、私の感情的な問題で言わせてもらうなら・・・・・行ってほしくはない。あなたがやろうとしていることの意味は理解できる。

 ただ、他の人達がそれを理解できるかと言うと……ごめんなさい、私はあなたを飛ばすことを約束して、此処まで連れて来たのに、私はただ……」


 フィオナは目を伏せる。

 コンピュータに映し出されたのは、此処から連邦領内への航路図。それは機械で計算できる、そして可能だ。

 問題はその後、向かった先の空でシュワルツがやろうとすることはコンピュータで計算できるものではない。

 端的に言うと、彼女は心配なのだ。


 しかし、シュワルツの決心は揺るがなかった。


「理解とかそういうことじゃない。

 確かに、俺は連邦で空を飛ぶ夢を持っていることを何度も嗤われた。わざわざ勉強して死にやすい仕事を選ぶのとか、適当に飛んでいるだけで給料は一緒なのに、何故そんなに頑張ろうとするのかとか……。

 それでも、俺が初めて戦闘機を見た時に志した夢は変わらなかった。

 分からない奴には届かなくていい、届く人に届けばいい。

 そういう人たちに希望を届けたい、それが俺の夢だったんだ。


 ……頼む、俺にもう一度だけ、夢を見させてくれ」


「……わかった」


 フィオナの心の何処かでは、しつこい位に無理にでも彼を止めるべきだともう一人の自分が騒いでいる。

 ただ、あくまで論理的に考えるなら、シュワルツの帰還率はこれまで100%なのだ。


 ◇


 日が昇り始め、連邦の策略が伝わり、ガルム基地は騒然としていた。


 誰もが声を荒げる中、召集命令が掛った。


 多くの人々はこういう時にリーダーシップを発揮するジャックが集めたのだろうと思った。

 しかし、彼はブリーフィングルームの席に座っていた。


「ジャック、どうすればいいんだ。教えてくれ!」


「……俺にもわからん」


「なんだって、俺達を集めたのはお前じゃないのか!?」


「いや、違う。

 シュワルツの野郎だ」


 何時もジャックが立っているところに、立っていたのはシュワルツだった。


「何か考えがあるのか、何でもいいから言い聞かせてくれ!」


「ああ、俺に考えがある。

 ……だが、その前に伝えないといけないことがある」


「……?」


 彼は暫く俯き、何かを考えていた。周囲はそれをかたずをのんで見守る。

 が、何かを決心したように顔を上げた。


「俺は……アルタイル連邦生まれの人間だ」


 反応は様々だった。

 知っていたという顔をするものや、信じられないという顔をするもの。


「同情を誘うようなことは言わない。


 ただ、俺の敵は連邦……いや、俺はパルクフェルメの味方でありたいと思っている。

 黙っていてすまなかった。

 少しでも不満があるなら言ってくれ、この場をすぐに降りる。

 責めるような真似はしない」


しかし、罵声も暴言を飛んでは来ず、静寂が続いていた。


「……時間の無駄だったな。お前はとっくの昔にこの国の英雄だったんだよ、残念だったな」


 ジャックの言葉に同調するように頷き、エリシアも続いた。


「その通りだ。……私達は皆貴方に感化されたからここまで来れたんだ。

 聞かせてくれ、隊長の考えを」


 シュワルツは皆を見渡す、誰もが頷いていた。

 この空に来たのは間違いでは無かった、やっとそう確信できた。


「確かめたかったんだ。

 ……今なら、絶対の確証がある。


 連邦の式典に乗り込む……式典のプログラムのエアショー中にな。

 これを見てくれ」


 モニターが切り替わる。


 そこにはこの基地から連邦の式典会場までの航空図が示されていた。

 その図は曲がりくねった図で滅茶苦茶だった。

 此処から連邦まで直線ならまだしも、レーダーを避けなければいけないため、そうはいかない。

 かなりの迂回が必要だ。パルクフェルメ、ハイルランド以外の空も飛ばなければならない。

 実際に辿り着ける確率は限りなく低い。


 だが、それを見た彼らの反応はシンプルだった。


 わかった、何をすればいい?



 ◇


 添付資料

 とある国の航空兵の日報。


 連邦のふざけた発表会のせいで、みんな凄く苛立っていた。

 当然だ、ほとんど壊滅状態でも国を護る為に頑張っていたのに、テレビの画面の向こうでは、見たことも無い俺達の国の代表おっさんがニコニコと連邦の書類にサインしてた。


 裏切られたんだ、俺達は。


 もうどうにでもなってしまえ、そう思ってた時に電話が鳴った。

 パルクフェルメとかいう三つ隣の国からだった。

 手を貸せ、奴らはいきなりそう言ってきた。

 

 だから、俺はテレビを見てないのか、戦争は終わったよと受話器を振り下ろそうとした。

 でも、奴らはめげずに、逆に俺にテレビのニュースを見ろと言ってきた。


 つけてみたら、そこには連邦軍と交戦する共和国パルクフェルメの戦闘機っていうタイトルの映像で、そのカメラの中央には赤い翼のラファールが映ってた。


 まだ終わってない。俺達には彼がいる、頼む、手を貸してくれ……身勝手にそんなことを言ってきやがった。

 馬鹿馬鹿しい、たった一人を飛ばしたからなんだ? 

 だから、俺は一笑して、こう言ってやった。










「何をすればいい?」








 馬鹿は嫌いじゃない。


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