第33話 終戦(ゲームオーバー)


 シュワルツはほぼ一日ぶりとなる奇跡の生還を果たした。


「おい、着いたぞ。

 どうした、着陸のやり方を忘れちまったのか?」


「大丈夫だ、わかってる」


「なら、どうして着陸しないんだ?

 着陸脚でも破損したのか?」


「いや、そういう訳じゃない。

 考えてるだけだ。少しだけな」


 だが、奇妙なことに基地上空へとたどり着いた彼は直ぐに着陸しようとはせず、基地の上空をグルグルと回っていた。


 シュワルツの脳裏にはとある情景が浮かんでいた。

 草木が突風で飛んで行ってしまうような低空から、雲を突き破るように急上昇する。

 それを下から見上げる人々が歓声を上げる。


 あれほど望み、あれほど努力しても、彼が成しえなかった夢だ。


 しかし……彼は下を覗き見る。

 眼下の基地には、彼の飛行を見上げる多くの人々がいる。

 整備兵、パイロット、何時しかの作戦で助けた難民達もいた。


 自分が何を望んでいるのか、それは分かっている。

 ただ、その為に何をすればいいのか、それを理解するのはもう少しかかりそうだ。


 その一方、奇跡の生還を果たした英雄が中々降りてこないのをざわつきながら見守る下の人々。

 そんな中、フィオナは一人、黙々と何かの設計図を書き続けていた。


 ◇


 生還から翌日のことだった。

 久々に、本当に久しぶりに目覚めのいい朝を経験したシュワルツは、特に意味もなく基地の中を散策していた。

 が、とある一室、多目的室の中からこんな早朝だというのに複数人のざわめき声や困惑の声が漏れ出していた。

 シュワルツは疑問に思い、部屋の中を覗き込んだ。


 そして、言葉を失った。


「引き続きお知らせします。連邦政府が終戦を宣言しました。

 大陸解放戦争の終戦を宣言しました。

 ご覧いただいている映像は連邦の外務大臣と各国の臨時政府代表との対談後の様子です」


 番組が切り替わり、次に映し出されたのは連邦の大統領のにこやかな演説の様子だった。


「皆さま、我々、アルタイル連邦は武器の力だけに頼らず、話し合いにおいての平和意的解決を達成しました。

 再度、宣言いたします。

 終わりです、戦争は終わりました。

 パルクフェルメ、ハイルランド、それに……ええ、その……。

 失礼、とにかく戦争はお終いです。

 明日から人々は平和の日の元に、日常を取り戻すことになるでしょう。


 そして、今もなお、祖国の為にと大義名分を掲げ、戦い続ける愚か者たちよ。


 観念したまえ、


 諸君らは、我々とそして君たちの祖国の民達が望む平和に完敗したのだ」


 次に映し出されたのは、平和万歳と喜びの声を上げる人々の映像だった。

 連邦は一方的に勝利、そして自分達の正義を声高らかに叫んだのだ。


 更に次に読み上げられたニュースは、シュワルツにとって最悪なものだった。


「尚、連邦政府は来週の正式に終戦協定を締結するとのことです。

 それを記念し、連邦空軍によるアクロバット飛行隊の初飛行が予定されています」


「……連邦のアクロバット飛行隊……?」


 連邦国営放送の映像に切り替わった。

 その映像には、シュワルツのラファールが映し出されていた。


「連邦空軍は諸国解放の為に全力を尽くしてきました!

 ですが、それを阻む者の為に苦戦を強いられてきました。

 しかし、皆が望む平和を妨害する平和への反逆者は一人の男によって打ち滅ぼされました!

 負傷したのにもかかわらず、平和への執着心が勝り、ついに敵のエースを撃墜した英雄!


 彼こそが連邦空軍の新たなる英雄、アルフレッド中尉です!」


 そこには、シュワルツの元親友が映し出されていた。


 シュワルツは知らないことだが、映し出されたのは姿ではなく、少し前の姿だ。

 とにかく、6機のフランカーがスモークを出しながら優雅に空を飛んでいる映像が映し出された。

 部隊名はアルタイル・ナイツ(祖国の騎士達)。


 テレビを見ている人々は、混乱の極みだ。

 なにせ、ほんの少し見えた希望の光を強制的に消されたから、しかも戦いに敗れたわけでは無く、強制的に降ろされたのだから。

 あろうことか、平和への反逆者テロリスト扱いだ。


 だが、彼ら以上にシュワルツは打ちひしがれた。


 あんまりだ。

 夢を奪われ、戦争もこんな形で終わらせられる。

 この国が連邦の手に堕ちれば、当然この空軍も解体、幾らかの者は抵抗を続けようとするだろうが、その今期はいつまで続くことか。

 もう飛ぶことすらままならない。


 尚も続く連邦の自画自賛プロパカンダを見続けることが出来ず、シュワルツは当てもなく走った。


 そして、無意識の中着いた先は愛機の格納庫だった。


 いっそ、これに乗って祖国を空爆しに……現実的に考えて、単機で防空網を突破できるわけがないし、燃料も足りない。

 頭を抱えるシュワルツ。

 と、彼の眼に作業台に突っ伏して、すやすやと寝ているフィオナの姿が目に入った。

 なんで、こんな時に寝ているんだ。

 そんな八つ当たり気味な苛立ちを覚えながらも、彼女を起そうとした際、あるものが目に入った。


 何時しかの書きかけの図面……いや、もう描き終わっていた。


 今ならシュワルツでもわかる。これはスモークポッドだ。

 アクロバット飛行隊が空に線を描く為に使う非戦闘用の装備。



 それを目にした瞬間、シュワルツの脳裏でパズルがかみ合った。


 テレビに映し出されていた自分のラファール。

 勝利を宣言する為に空を飛ぶ裏切りの親友。

 誰かの為に懸命に戦う者。

 それを平和への反逆者と一笑する元祖国。 

 そんなことに特に関心もない世界。




 そして、果たせなかった彼の夢。






「……これだ」




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