第31話

 無事に帰還したパルクフェルメ空軍は、全ての作戦行動を中断し、彼の捜索に当たっていた。

 ハイルランド軍も捜索に参加している。

 この二つの国が共同で何かするのは、もはや珍しい光景ではない。


「で、何処にシュワルツの野郎は着陸したんだ?」


「……ジャック大尉。

 この雪山だ……無事に着陸できたとは限らない、あまり期待はするな」


「楽観的な期待なんかしてない。

 俺はあいつなら出来ると確信してる。論理的に考えてな」


「そうだ、彼が死んでいるわけが無い。

 ……ガルム基地からデータが送られてきた。

 これは……?」


 送られてきたのは地表データだった。

 戦闘機が安全に緊急着陸が可能な地点がリストアップされている。

 と、画面が更新された。

 "シュワルツ・アンダーセンの飛行データを基に"と注釈が書かれた更新データは、数えきれないほどのポイントがマッピングされていた。

 彼程のエースパイロットならば、非常に小さな平地をも滑走路として使えてしまうのだ。

 それは彼の生存確率を上げる一方、捜索範囲を広げなければならない、ということでもあった。


「……行くぞ、エリシア。

 それだけ生きてる可能性も高いということだ」


「ああ、何も心配していない。

 彼なら大丈夫だ」




「クレイン隊は東を捜索する。借りは返す」


「アルガス隊は西を! 燃料が尽きるまで探しますよ!」




 ◇


 シュワルツは間一髪の連続だった。


 燃料が付きかける寸前の着陸、着陸のやり直しは出来ない。

 しかも舗装されていない、不整地への着陸……成功率は五分五分ではあったが、彼の優れた飛行技術、ラファールが脚の硬い海軍機であったため、それに加えて彼の境遇を知っている誰かが更に強化したこともあり、無事に着陸できた。


 そして、二度目は今まさにだった。

 戦闘機を降り、廃村と思わしきところに寒さをしのごうと歩いて行ったシュワルツ。

 だが、その村には人がいた。

 その村があったのはハイルランドでもパルクフェルメでもない国、ウィルランドという先の二つよりも小さな小国だった。


 その国の敗残兵がその村にまで後退していた。そこに突如として飛んできた連邦人訛りの男。

 シュワルツは彼らのアジトまで連行され、こめかみに銃口をつけられていた。


「連邦人、最期に言い残す事はあるか? 」


「違う。……いや、確かに俺はアルタイル連邦で生まれた。

 だが、そこは古郷ではない」


 銃をつけられても、動揺せずにはっきりと言い切ったシュワルツに、その兵は思わずたじろぐ。

 と、そこに幸運が訪れた。

 付けっぱなしだったテレビにあるものが映っていた。


 "アルタイル連邦とパルクフェルメ共和国の武力衝突の映像"と題されたニュース画面には、シュワルツのラファールが映し出されていた。


「――映像からはパルクフェルメとハイルランドの両国が共同しているように見えますが、連邦政府は否定。連邦と両国の臨時政府は交渉のテーブルにつき、平和的な解決を模索しているという主張を――」


 恐らく、敗残兵たちの隊長であろう髭面の男はため息をつくと、部下にこう命じた。


「……解放しろ」





「まさか、パルクフェルメとハイルランドが手を組むとはな」


「そこまで酷い仲なのか?」


「知らないのか。おかしな話だ」


 一先ず解放されたシュワルツは、出された非常に味の薄いコーヒーを飲みながら、ひげを生やしたベテランの隊長と話をしていた。

 薄いコーヒーに、半分の兵がライフルを持っていないという事実が、彼らもひどく困窮しているということを生々しく伝えて来る。


「理由は聞かないが、連邦から来た男が二つの国をまとめるとはな。

 いや、事情を知らない部外者だからこそ、か」


「俺は飛んでいただけだ。 大したことはしてない」


「戦争音痴のジャーナリストがカメラを向けるぐらいだ。

 それだけの飛び方をしたんだ。

 戦争が長引くにつれ、おかしくなってる。

 政府は無茶苦茶。他国でいがみ合っている場合じゃないだろうに。


 そんな中、そんな憂鬱な雰囲気お構いなく飛んできた奴がいたら、もうそいつに着いて行きたくなるだろう」


「……」


「正直、俺の国もパルクフェルメと仲がいいわけでは無いが……。

 分かった、彼らの助けが来るまで此処で保護しよう

 燃料も……あまりないが、帰れる分だけは入れさせておく」


「感謝する」


 一先ずは落ち着けるようだ。

 ほっと息をついたシュワルツ……だが、まだ間一髪は終わってなかった。


「まずい、連邦兵だ!」


「何、どのくらいだ!?」


「50です!」


「ちっ、駄目だ、とてもじゃないが……!」


 突如、再び切迫とした状況。

 シュワルツは原因が自分にあると気づいた。


「そうか、クソ、俺のせいか……戦闘機で着陸してばれない筈がない」


 此処で自分が投降すれば、彼らは見逃されるかもしれない。

 だが、投降したら自分は敵国への逃亡兵……いや、最早政治犯クラス、死刑になるかもしれない。

 それ以上に、もうパルクフェルメの彼らと共に飛ぶことは敵わない。

 シュワルツは顔を俯かせ、奥歯をかみしめる。

 だが、彼がその迷いを断ち切る前に、髭の隊長はこう言った。


「お前はいい。

 考えるな、愛機のところまで行け」


「しかし、それではあなた方は……!」


 どうなるんだ、と反論する前に、肩に手を置かれる。


「俺達は負け続けて来た。まるで勝てなくて、こんな山まで来ちまった。

 作戦失敗、失敗、大失敗……戦果なんて一度もあげられなかった。


 だが、俺達は今日初めて戦果を上げられる。お前さんを飛ばせば、誰かが助かる。


 ……全員、民間人を装え、時間を稼ぐ。

 連邦兵達を欺く、いいな!」


「了解!」


 シュワルツの中に堪えきれない感情が流れ出した。

 だが、止まっている場合ではない。

 配置につく為、走り出す彼らに敬礼を送り、シュワルツもまた走り出した。


 ◇


 村の方で銃声が聞こえた。


 だが、止まらない。

 止まってはいけない。


 あと、少しでラファールの元へとたどり着く。

 あと少し、少しで……。


 しかし。


「止まれ……動くな。

 連邦空軍の者だ、両手を上げろ」


 背後からの声。

 シュワルツは振り返れなかった。


「貴君がこの戦闘機のパイロットか?

 こんなところに着陸するとは……部下は私の言うことを信じてくれなかったが、当たり前だ。

 驚異的なパイロットだ。

 よろしければ、名を教えていただきたい」


(この声は……)





「……教官?」


「……シュワルツ?」




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