第30話 ニアミス―Ⅱ

 アルフレッドは激しい頭痛と共に、目を覚ました。

 しかし、視界は滲んでいてよく見えない。


(……ん?なんだこれは、何なんだ。

 確か、俺はハイルランドとかいう小国の空を……。 


 勝手に核ミサイルが起爆して……なんなんだ、この全身をハンマーで打ち付けられるような痛みは……?)


 目が慣れて来たらしく、風景がゆっくりと鮮明になり始めた。

 そして、聴力も戻り始めた。


 どうやら、ベッドに横になっているようだ。


「しかし……ショックを受けるでしょうね……」


「……言うな。

 命があれば……一命は取り留めたんだ」


 途切れ途切れに聞こえる誰かの声。

 白衣を着ている。ここは……病院?

 アルフレッドは鉛のように重い体をベッドから持ち上げた。


 と、顔全体に違和感を感じた。

 グルグルと、何かが巻き付けられている。

 ベッド脇に手鏡が置いてあった、これは包帯だ。

 何故、こんなものをしているのだ。

 未だ頭の回らない彼は、煩わしく思い、それを外そうとした。



「良いじゃないか、奇跡としか言いようがない。

 タイミングが悪ければ、放射線を浴びて……」


「おい……任務は成功……したんだろうな?

 上層部の方々が……お待ちのはずだ。

 急いで、車の、準備……」



「ん……!?

 アルフレッドさん、目が覚めたのか!?

 いかん、駄目だ、見るんじゃない!」


 ようやく、アルフレッドが意識を取り戻したということに気が付いた医師の必死の制止は遅すぎた。

 包帯を脱いだアルフレッドは、手鏡の中に自分自身の顔を見た。

 いや、それを自分の顔だと信じたくなかった。


「だ、誰だこいつは……?

 俺はこんな顔じゃない!

 こんな、こんな、こんなものじゃない!」


「落ち着いてください、アルフレッドさん!

 先生!」


「くっ、麻酔を持ってこい!

 患者が錯乱した!」


 絶叫。

 アルフレッドは血反吐を吐きながら絶叫した。

 彼は爆発に巻き込まれながらも、辛くも緊急脱出に成功した。そして、彼は連邦空軍の救難隊に救助された。


 だが、流石に無傷とまではいかず、端正な顔立ちはやけどで歪に崩れ、顔の中央にはガラス片でも刺さったのか、大きな亀裂が走っている。叫ぶたびに、口に激痛が走る。火傷の為身体中が痛い。


 医師の言う通り、奇跡的な生還だ。

 人によっては心から神に感謝するだろう。

 その後に待つ、リハビリの苦痛にも耐えられるだろう。


 だが、容姿ですら自分は誰よりも優れた域にいると思ってるほど肥大化したプライドを持つ彼は発狂した。


「この、俺が、作戦失敗なんて、ありえない!」


「落ち着いて、暴れないで!

 患者を押さえつけて、早く!」


(痛い、苦しい、何故!?

 あのラーファルだ……。

 赤い翼のラファール、あれが、あれが、あれが――!)


「……してやる、殺して――」


「注射を! 取り押さえろ!」


「殺して、殺してやる、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 ◇



 時は遡る。

 シュワルツだ。


 電波妨害を発動してから数秒後、敵機から放たれたミサイルは起爆した。

 爆発に巻き込まれないようにする為、シュワルツは自分の戦果をまじまじと見届けることなく、即離脱した。

 幸か不幸か、あの戦闘機のパイロットがかつての親友であり、最大の裏切り者であることをシュワルツが気付くことは無かった。



 敵機は当然追いかけられる状況じゃない、爆風に巻き込まれ、他の機体も落ちたのかもしれない。

 安全圏までたどり着くと、シュワルツは息を吐き、肩の力を抜いた。

 凄まじい脱力感……ただ、不快な感触では無かった。


 いつ以来か、何かを成し遂げた達成感を感じていた。


 そんな彼の頬を叩くかのように、ラファールが警報音を出した、


(……ポジションロスト……?

 クソ、電磁パルスの影響を喰らったか)


 シュワルツの置かれた状況を端的に説明するなら、自分の居場所が分からない。

 下は山々が連なる殺風景な山、帰るべき場所もわからない。

 レーダーも、無線も、電波式コンパスすら動きが怪しい。

 恐らく、電磁パルスの影響で、暫く味方もこちらの位置を特定できないだろう。


 その間に燃料切れだ。


 万事休す、その言葉がお似合いだった。

 シュワルツは空を見上げた。

 雪は何時しか止んでいた。


 警報が鳴り響く中、何故か、彼は落ち着いた気分でゆっくりと風景を見渡す。

 空に夢見て、空を飛んで、そして空に散る。……案外、悪い人生ではないのではないだろうか?


 だが……彼の優れた視力は捕らえた。

 山々の間の滑走路になりそうな平地を持つ小さな村を。




 フライトスティックを持つ右手に再び力を込める。

 空で散るのも悪くはない……だが、こんな空で相棒ラファールを散らせてしまうのも酷な話だ。

 シュワルツは名も知らぬ村へと進路を変えた。



 ◇



「ん……?」


 トラックの助手席に乗っていたグランニッヒは眉をひそめた。

 勝手に部隊を撤退させたグランニッヒは、非正規武装勢力の調査という確実に少将がやらないであろう任務に就かされていた。

 撤退した兵達も彼の部下としてこの任務に同行していた。


 だが、それに不満を持って、眉をひそめたわけではない。


「どうしましたか、少将殿!?」


「いや……今何か飛んでいたような……」



 ずっと、向こうに……彼らが今から向かうところの空に、何か見えた気がしたからだ。


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