第27話 何の為に
<夢で飛ぶ時代なんて終わったんだ>
感じたのは強い怒り。
だが、出てきた言葉は静かなものだった。
「……俺は言われたことはやった。喜んでやった。
あの国の空を飛んで皆に希望を届けたかった。
だが、俺は裏切られた」
<……何を言っているんだ?>
「俺はあの国を誇っていた、愛していた。
だが、国は俺のことを愛してなどいなかった。
捨てられたんだ、俺は」
<待てよ、その訛り……まさか、アルタイル人なのか……?>
いつの間にかエンジンの排気音に機銃掃射の音……そういった空戦の騒音は消え去っていた。
ただただ、静寂が広がっていた。
<ふざけているのか!?
連邦に居れば、勝ち戦など日常だっただろうに!
私が欲してやまなかった勝利を何故そんなに簡単に捨てられる!?>
「確かに連邦にとって、勝利なんて大したことじゃない。
だからこそ、平和が特別だなんて誰も考えてなかった。
連邦に……首輪につながれたまま空を飛んで何になるんだ?
俺は唯々自由に飛んでいたいだけだ。
だから、今ここにいる」
<それは我が儘だ。
軍人は任務を遂行する為に!
義務の為に飛ばなければならない!>
グリペンは足掻くように、急制動で迫り来るが先程までのキレが無くなっている。
パイロットの体力の限界だけではない。
明らかに動揺している。
いや、最初から彼は迷い続けていた。
そのグリペンの翼の上に無造作に上書きされた連邦国籍マークを見て、シュワルツは確信した。
「本心なのか、それは?
その戦闘機の国籍マーク。元あったマークを消したのではなく、上書きしたんだな。
本心では祖国を捨てきれていない、若しくは戒めの為、そうだろう?
お前には夢も無い、プライドも無いのか?
そんな気分で空を飛んで……お前は満足しているのか、それで?
何のために飛んでいる?
……教えてくれよ、俺にもわからないんだよ」
<……っ!
違う、迷いなどない!
私は祖国の人々の為に、合理的で最善な選択を!>
雪は降り止まない。
その雪空を掻き切るように、二機のデルタ翼が交差した。
だが、そこに一発たりとも弾丸のやり取りは行われなかった。
<……今のチャンスを逃すとは、二流だな……>
「邪魔する奴は排除する。
だが、自殺志願者を介錯する気は更々無い」
<そうか……負けたのか。
何もかも、全てにおいて>
傷一つないグリペンはパイロットは自嘲気味にそう呟くと、無線チャンネルを変えた。
<こちらクレイン隊、隊長オットだ。
クレイン隊、各機に告ぐ、戦闘行動を中止せよ。
彼らとの戦いに何の意味も無い>
<……了解、隊長。
自分はそれで間違ってないと思います。
<恩に着る。
ウインドメイカー……栄えあるハイルランド空軍の空中管制機へ。
我々は投降する。
ただし、軍事裁判にかけるのは私だけにしてくれ、頼む。
部下は私について来ただけだ>
ややあって、遠距離無線で返答が帰ってきた。
「投降は受け入れられない。
……王国空軍に戻れ、同志諸君」
<了解した……すまなかった>
先程までの憎悪の叫びは何処かへと、無線は静まり返っていた。
シュワルツは今になって、何故自分がそこまで苛立ったのか理由が分からないことに気が付いた。
今の発言が自身の本心だったとしたら、憎しみと復讐はどうなる?
まだ、彼の中のピースは合わない。
それよりかも、気になることがあった。
「誰か、今の会話が聞こえたやつはいるか?」
「……ん?
ああ、訛りがきつくて何言ってるか分からなかったな」
「それは……」
俺が連邦人だということを知っていたのか?
という疑問は緊急通知によってかき消された。
「待て……まだ終わっていない!
こちらウインドメーカー、高速飛翔体を確認!
これは……巡航ミサイルか?
当空域に接近中!」
◇
音速で近づく六機の編隊、機種はフォックスハウンドだ。
<―WARN
トリガーを引こうとしたアルフレッドはふと嫌悪感を覚え、手を止めた。
対空用にカスタムされた小規模核弾頭とはいえ、放射線をばらまく悪魔の兵器なのだ。
それを敵国とはいえ、美しい山々に撃ち込むなんて……。
いや、あり得ない。
そんなこと、この男が考える筈がない。
(撃てば間違いなく、パルクフェルメの赤翼とかいう英雄気取りは揚げ鳥になる。
……だが、それは偏に兵装の性能のお陰では無いのか?
気に入らない)
自身のプライドと格闘していた。
だが、その葛藤もすぐに都合の良いように書き換えられる。
(いや……祖国のトップエースとして、戦闘機を手足のように扱ってきたからな。
それを見越して、上層部もこれを渡してきたんだ。
俺がへりくだってきたからではない、俺がエースパイロットだからだ)
それに……と彼は兵装パネルに目を移す。
コードネーム、イエーガーと名付けられた空対空核弾頭。
空の戦場を混沌と共に一変させる連邦の切り札となりうる新兵器。
だが、核搭載の為、電子機器を積み込むスペースが少なくなり、短射程というデメリットを抱えていた。
そこで、連邦空軍は下準備をした。
事前に点滅するビーコンを放っていたのだ。
「……誇りに思え、貴様らの死は俺の栄光の序章となるのだ。
目標、クレイン隊一番機、最終信号ビーコン発信地。
イエーガー、発射!」
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