第18話 何時かの空

 "こちら、シュワルツ!

 き、教官殿、模擬空戦いつでも行けます!"


 "ふん……ルーキー如きが粋がるなよ。精々空の荒波に揉まれるがいい。

 一つだけ教えてやろう、シュワルツ。

 空は広い"




 新米ルーキーだった頃のシュワルツの視界は狭かった。

 目の前だけを見て、戦闘機を飛ばすことに必死な未熟者の瞳……それでも、その瞳には空に対する強い憧れが抱かれていた。

 それは後のエースパイロットとしての片鱗だったのかもしれない。


 しかし、今の彼の目には暗い影が落とされている。

 ただ、その眼は――。


<哨戒機マコよりラウンダー隊、敵機に食いつかれそうだ!

 護衛を頼む!>


<待ってくれ、敵の位置がつかめない。

 わかった……了解!>


 スワロー隊に奇襲を浴びせられ、数的有利が上手く行かせない中、どうにか護衛任務をこなす為、哨戒機の元へと戻る敵編隊。

 が、その最後列の一機が密かに編隊を離れ、雲の中に入ろうとした。


 勇敢な味方を囮に、自分だけ逃げようとする――そんな悪意を上空のシュワルツの眼は見逃さなかった。

 操縦桿を捻り、機体を180度反転させる、そして急降下。


 敵機は教本通りに雲の中に逃げ込んだ。

 だが、シュワルツはそれで見逃すほど未熟者では無かった。

 雲の中の予測進路上に20mm機銃をばらまき、混線してきた断末魔で撃墜を確認すると、更に編隊に向けミサイルを発射する。

 回避の為に、編隊がばらけた。

 シュワルツの眼は敵機だけを捉えていたわけでは無かった。


「今だ。殺れ、スワロー3」


「――っ、り、了解、FOX2!」


 いつも何かに怯えているような声の彼女だが、今日、この瞬間は痛々しい程だった。

 だが、それでも彼女は確かに引き金を引いた。


<警告、警告! ミサイル接近、ブレイク回避、ブレイク!>

<うあああああああっ!>


 そのミサイルは、敵を文字通り粉々にした。

 が、それを見届ける前に、エリシアの機体がそのまま直進し、敵機の破片に突っ込みそうになった。


「スワロー3……エリシア、右、右だ」


「えっ……あっ、ああ!」


 間一髪で避けたのを確認して、シュワルツは目線を敵機へと移した。

 エリシアのカバーにはジャックが入ったからだ、心なしか息も荒い、彼女の出番は此処までだ。


「まぁ、初めてにしちゃあこんなもんだろ。


 俺の唯一の墜落は、初めて落とした敵機をじっくり眺めようとして、そのままぶつかったっていうのだからな。ははっ!」


「そ、そうなのか。

 ……なぁ、今の敵は脱出できたか?」


「いや、してないね。

 一緒だ、雪山に脱出しても結果は一緒だ。

 俺達の仲間が死んでいったようにな」




「……わかってる、わかってるんだ。


 口ではあんなに、勇敢なことを言ってたのに……たった一人殺めるだけでこんな!」




「なれるさ、そのうち。

 だが、勘違いするなよ。キルスコアを誇りにしてもいい、空戦を楽しむのもいいさ。

 ただ、自分の存在価値が殺人マシーンだとか考えるなよ。


 ……俺はお前にも言ってるんだ、シュワルツ」


「……説教は止せ、哨戒機を仕留める」


「了解。ただの雑談だ、気にすんな」


 そういった雑談の中でも敵機を追い込んでいく。

 数的有利は徐々に狭まっていき、何時しか隊長機を失ったのか、編隊間の連携も上手く行かなくなっていく。


<司令部、此方は攻撃を受けている! すぐに救援を!>


<駄目だ。数的有利ならば訓練通りに対処し、その場で待機せよ。

 現在、そちらの方面の指揮官が不在の為、南西指揮所を通じて、進攻作戦群中央本部に指示を仰いでいる。

 増援の手配が出来次第、通告する。待機せよ!>


<ク、クソ、敵は百メートル先に居るんだぞ! 事務手続きのつもりか、上の連中は何もわかってない!>


「所詮、お前達も首輪付きか。

 連邦に飼われ、用が済めば捨てられる犬に過ぎない」


「おっ、詩人だねぇ。

 その点、が消えた俺達は気楽なもんだ。

 一気に行くぞ!」


 最後の足掻きと言わんばかりに後方機銃を連射する哨戒機、それに護衛任務を達成せんと散開するフルクラム達。だが、先の誤射のせいか、どちらとも攻撃が甘い。


 隙だらけの弾幕では、二機のエースを止められる筈がない。

 彼らに一矢報いようとするも、逆に前に飛び出てしまったフルクラムは直ぐに火の玉に。


 哨戒機が真正面に来たタイミングで、二機は同時に散開した。


<編隊が、は、弾けた!?

 う、うわああああああ!>


 シュワルツは鋭く右上からベアの右主翼をもぎ取り、ジャックは自機をゆっくりと押し下げ、ベアの下部を撃ち抜いた。


<……哨戒機、マコが落ちた、生存者は絶望的。

 全機離脱する、責任は俺がとる>


<了解……>


 残された敵機は戦う理由を失い帰っていく。スワロー隊の燃料ももうない。


「状況終了、帰還する」


「……やはり、二人は別格だな。

 私にはとても……だが、せめて隊長のように誰かを導けるような人間になれるように藻掻いてみようと思う。


 だから、聞かせてくれないか、貴方が飛んできた空の事を。


 いつかでいいから」


 シュワルツは声には出さなかった。その代わりに自問自答する。

 俺が飛んできた空、祖国の空、軍事演習で行った先の空……。

 その中にこんな空があった、彼が初戦果を出した空。


 このパルクフェルメ






(いつかでいい、か。

 来ないなそんな日は)




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