第17話 慣熟飛行

 尚も連邦軍の活動頻度が停滞している今、彼らはそこに活路を見出そうとしていた。

 シュワルツは出撃の為にラファールに乗り込む。

 彼が乗り込むたびに、この機体は少しづつ変化を見せている。




 誰でも扱える優秀な多目的マルチロール戦闘機ファイターであるラファールだったが、この圧倒的劣勢ではその実力を発揮できない。

 そこで、シュワルツの機動データ、それにフィオナの電子的調整により、このラファールは安定性をかなぐり捨て、その代わりにパイロットの操縦を限界まで発揮できるというエース専用の暴れ馬と化した。

 外見に関しても、新型機を敵機と誤認されないよう両翼の赤は赤く塗りなおされ、無印だった尾翼にはスワローのエンブレムが描かれている。


 チェックリストを確認しつつ、滑走路に向かうと、既に滑走路で待機しているジャックからの通信が入る。


「よし、任務を再確認する。

 ……ってこれは、もう俺の仕事じゃないだろう。

 ほら、お前の出番だよ」


 作戦を立てているのはジャックだろうにと内心不満に思いつつも、飛行隊長としての役割を果たすことにする。


「……任務を再確認する。


 今回のスワロー隊の任務は、慣熟飛行、及び、王国ハイルランド空軍との接触、そして……防空圏奪還作戦だ」


 ごくりと、唾をのむのはエリシア。

 当然の反応、やることが多すぎる。

 だが、これは合理的で必要なやり方だ。

 彼らは燃料の余裕が無いのだ、燃料を使って訓練飛行だなんて贅沢が過ぎる。燃料を使うなら一機でもいいから敵機を堕としてくれ、そんな切実な理由だ。


 慣熟飛行はエリシアの為、彼女は正規訓練が完了する前に前線へと駆り出された。幸運と勇気、更には才能の片鱗も見えないことも無い……しかし、彼女の飛び方は危なっかしい。そして、一切のキルスコアを持っていない。


 だが、この前の判断は素晴らしかった。あの成功体験から自信を持ったうえで、更なる経験を積み、そのまま一人前になってもらおうというのがジャックとシュワルツの考えだ。


 王国空軍との接触。


 これまでは敵同士だった彼らだが、この前の件でそれは誤解だったかもしれないという疑惑が立った。だが、長距離無線を使えば連邦軍による傍受の恐れが在る。そこで航空機同士でのモールス信号を介した意思疎通を数日前から行っている。


 そして……防空圏奪還作戦。


 とは言っても、大進撃という訳ではない。彼らの基地であるガルム空軍基地の安全圏を増やす為、日々我が物顔で哨戒を続けている連邦空軍を退かせ、制空権を確保しなければならない。指揮系統の止まった連邦空軍は、いつも決まって同じ時間、同じ高度の進路を取り続けている。そこを奇襲するわけだ。

 毎回毎回、残存空軍全機出動させるわけにはいかない。これからは効率的に敵を迎撃することが求められる。

 これは、スワロー隊のみに割り当てられた任務だ。


 滑走路に着いたシュワルツの元に管制官の声が届く。


「周辺空域クリア、スワロー隊、離陸を許可する。グッドラック!」


「ラジャー、スワロー隊、離陸」


 滑走の為、スロットル全開……にする直前、シュワルツは自身の機体を格納庫から祈るように見守るフィオナの姿に気づいた。

 彼は無意識に翼端灯を点滅させた。

 この行為は、整備兵や送り出してくれるものに感謝を伝える行為だ。

 彼が悪意に呑まれる前、純粋に空が好きなパイロットだった頃にしていた行為だった。




 ◇




 空戦動作、編隊連携等の慣熟飛行 済み。


 王国空軍とのコンタクト、済み。




 そして、残すは敵への攻撃だ。


 いつもの雪が降る山脈の上空、シュワルツの目は胡椒粒代の敵機を捉えていた。

 爆撃機ベアを改造した哨戒機、それの護衛戦闘機フルクラムが8機。


「敵を補足、レーダーを切れ」



「……えっ、えっ……!?ど、どこに?

 それにレーダーを切ってしまえば、敵を見失ってしまう!」


「これ以上は逆探知される、切れ。

 飛行機を探しては駄目だ、空に浮かぶ黒い点を探せ」


「わかった、レーダオフ……あっ、見つけた!」


 何処か無邪気に叫ぶエリシアの声に、シュワルツは心配になる。

 とはいえ、キル無しの彼女だってこの戦場で上手く生き残ってきたのだ、かみ合いさえすれば上手く飛べる筈だ。


「俺の後ろを離れるな、スワロー3。

 30秒後に無線封鎖を開始する、60秒後に攻撃を開始するまで封鎖するように。


 何か聞いておきたいことは?」


「わ、私は上手くやれるだろうか!?

 今までは他にも味方が居たから、上手くそれに紛れられてきたが……!


 どうだろうか、私はできると……思うか?」


「60秒経てば分かるさ」



「鬼教官だな、お前」


 ジャックはそう笑い、機体を翻し、攻撃アプローチを始める。

 エリシアもかえって覚悟が決まったのか、無線を封鎖し、親鳥にくっつく雛鳥のように後ろにつける。


(俺は新米の囮をする為に此処に来たのだろうか……?

 何か違うことをしているような……。


 いや、今は空戦か)


 雲に身を隠しながら、エリシアが自分を見失わないよう翼端を光らせ、迅速かつ隠密に敵へと近づいていく。

 アプローチポイントは斜め右上方から、速度差は50キロノット、ぐんぐんと敵の姿は大きくなる。

 やがて、ミサイルの射程圏内に。

 しかし、シュワルツはアクションを起こさない。


<しかし、こんな山奥の地形なんて調べて何になるんだ?>


<さぁ? お偉いさん達に聞けよ。

 勝敗はとっくについてる。それより未来のことだ。

 石油発掘か、若しくはリゾート地を作る気かもな>


<リゾート地ですか、そうなったら彼女を連れてこよう!

 へへ、実は花束も買ってあったりして……>


 敵の無線が混線し始めた。

 エリシアはパニックになっているだろうか……いや、彼女はタフだった。

 と、彼はバックミラーでしっかりとついてくる彼女の姿を視認した。


 なら、接近を止めない。

 哨戒機の後方機銃手の人影が視認できるような距離まで来た。

 その時、唐突にシュワルツのラファールがスピードを上げ、機首を上げた。


<……ん? 何か映ったか?>


<ああ、それで……なんだ!?

 あれは……敵だ! 敵だぞ!>


 哨戒機ベアの後方銃手、そして一機の護衛機が同時に二人の存在に気づいた。


「駄目だ、気づかれた! 奇襲は失敗だ!」

<撃ち方始め。撃ち方始めッ!>

<ラウンダー4、敵機を確認、ブレイク!>


 エリシアの悲鳴染みた叫び、敵兵の怒号……そして、此方を向くベアの後方機銃。

 唐突に訪れた混乱の中、ラファールに対応しようとしたベアの銃手が機銃を乱射する。

 と同時に、同じく迎撃しようとしたフルクラム。

 それのプレッシャーを受けても、挙動を乱すことなくラファールはロールを決める。


<まずい、撃つな、銃手!>

<しまっ――翼が!>




 ラファールの鋭い挙動に惑わされた二機。

 かくして、フルクラムはベアの射線に割り込んでしまった。


 もがれる翼と、断末魔。


 その混乱をものともせず、シュワルツは動きの鈍った一機のフルクラムを撃墜する。


 そして、上昇する。




「なっ――狙ったのか、フレンドリーファイアを!?」




「……まだ無線封鎖解除まで2秒あるぞ。

 まぁ、いいか。


 ここまでよくついて来た。よくやった。


 スワロー隊、交戦を開始する」

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