第16話 3 Aces

 作戦は失敗だった。

 味方との合流は叶わず、正体不明の敵に踊らされていたということも知った。

 強いて言うなら、戦果はハイルランドが敵から中立になった事か。

 とはいえ、多くの者が生還できた。


 そんな喜べもしないし、落胆するわけでもないガルム基地の外では轟音が響いていた。

 アクロバット飛行のような機動を繰り返すラファール、パイロットはもちろんシュワルツだ。

 その飛行を心配げに見つめながら、フィオナはエリシアにあることを頼んでいた。


「シュワルツを止めさせることは出来ませんか?

 確かに、彼が戦闘機パイロットで、鍛錬の為に訓練を重ねる必要性も、ただ単純に彼が空を飛ぶというを好きだということも知っています。

 ……ですが、飛び過ぎです。


 あんなGをかけてしまえば、彼は疲労困憊してしまいます」


「参ったな……私も以前彼にはそれとなく、そう伝えたんだ、フィオナさんだって再三と言ってきた筈。

 しかし、同じ飛行隊である私が言っても駄目なんだ。

 この前の一件で、少しは関係性を築けたと思ったんだが……難しいな」


 この基地が誇る紅一点ならぬ、紅二点も顔を曇らしてしまえば台無しだ。


「まーた飛んでるのか、懲りない奴だ」


「ジャック、お前も少しはまじめに……」


「いいじゃんか、飛ばせてやれよ、アイツはタフだ。

 男にはな、理由もなくかっ飛ばしたくなる時があるんだよ。

 悩んだっていいじゃねぇか、少年よりもあれぐらいの歳の方が悩むにはいい時期だ・


 世間って奴は背負わせすぎなんだよ、色々と。


 かくいう俺もあのぐらいのときには、高速道路を300kmでかっ飛ばしたもんだ」


 と、識者のように、語るのは今年29歳のジャックだ。


「ジャック大尉、後半はともかく……おっしゃることは理解できます。

 ですが、悩みを抱えたまま飛んでいては危険です。

 私にだってわかります。これは戦争です、少しのコンデションの変化が……」


「凡人ならな、だが、アイツは普通じゃないから問題ない。

 見ろよ、あのアクロバット、前よりキレが出てる。

 事情は知らんが、あいつはちゃんと前を向き始めてる、多分な。

 その先に何を見ているのかは、知らんがな」


「……アクロバット飛行。


 もしも、この戦争が終われば、そういった曲芸飛行専門の飛行隊の設立も可能だと思われますか?」


「あ? なんだ、興味あるのか?

 科学者とかそういう曲芸とかは興味ないと思ってたんだが……」


「いえ……もしかすると、彼が欲しているのは……」


 窓の向こう、三人が見守る中、再び彼のラファールが螺旋を描きながら、急上昇するところだった。




 ◇


 一方、此処はアルタイル連邦の首都の空軍基地。

 先日、死者が出た。

 不幸な事故が起きたのだ。


「聞いたか、アルフレッドの隊の奴が死んだって」


「ああ、可哀そうに。

 ……空戦演習中に酸素マスクの故障なんてな、ついてないったらありゃしない」


 不幸な事故、戦闘機パイロットという過酷な仕事では立て続けに続くことも珍しくない。

 だが、同時にある噂が広まっていた。


「それについての噂なんだが……アルフレッドが仕掛けたんじゃないかって。

 ほら、あの死んじまったシュワルツ隊長も」


「……貴様ら、一体何を話しているんだ?」


「こ、これはアルフレッド大尉殿!?

 いえ、違います、これは……ただそう聞いたというだけで」


「……黙れ。

 憲兵、こいつを営倉に連れていけ……早くしないか!」


「り、了解!」


 アルフレッドについての黒い噂を語っていた兵は全員、営倉送りにされた。

 だが、それでも怒りが収まらないのか、アルフレッドは近くの机に蹴りを入れる。

 シュワルツの時は平静を装っていたというのに……今はまるで余裕がない。

 これでは、駄々を捏ねる子供だ。




 事実から言うと、僚機を死の罠に嵌めたのはまたしてもアルフレッドだ。

 因みに死んでしまったのは、ナイス・ランディング、サーの彼。

 シュワルツの時のような策略の為ではなく、ただただ気に障ったから。

 他にも、隊のパイロットをコバンザメのようなイエスマンと若く美しい女性パイロットだらけにしたりと……やりたい放題だった。


 だが、それでも憤りが抑えられない。

 教官に見放されたのが、いや、認められなかったのが自身の中で認められないのだ。



(ふざけるな、何故、俺の思う通りにならない。

 比べるな、俺と奴シュワルツなんかを比べるな。

 俺が一番なんだ……!)




 これは何故、上層部が彼を押しているかにも関わる話なのだが……。

 実は彼の両親はこの国でも有数の大企業の役人、アルフレッドは所謂御曹司なのだ。

 だが、それ故に兄弟と争いを求められた。

 厳しい家庭環境で育ち、結果的に経営者の道は歩めなかった。

 自分が落ちこぼれだと認めたくなかった彼は、軍の花形である空軍のパイロットから幹部を目指し、家族を見返そうとした。

 新人時代、素質はあったもののプライドが高く、感情の制御が出来なかった彼を導いたのが、あの教官だったのだ。

 そして、もう一人、何をどう努力しても勝てなかった相手、それがシュワルツだ。


 苛立ちを覚えながら、自室に戻った彼。

 が、その郵便受けの中身を見て、彼は打って変わって上機嫌になる。

 その内容はシュワルツの志半ばで途切れた夢……計画が再開したアクロバット飛行隊隊長への推薦状だった。


(奴が成し遂げられなかったことを成し遂げられる……。

 クク……消えてしまえ、俺の中から。今度こそ、さようならだ。

 さらば、シュワルツ!)




 ◇




 そして、もう一人。


 地方飛行隊群の指揮官を辞任し、行方知れずになっていた彼らの教官、グランニッヒはこんなところに居た。


「え、ええ……確かに、空の英雄とまで呼ばれた少将閣下がお力添えしていただけるのなら、私達としてもこれ以上の光栄はありません。

 しかし……私がいうのもなんですが、何故、こんなものに協力して頂けるのでしょうか?」


「こんなもの……?

 いや、これは彼の遺したものだ、そんな言い方をするな」


 彼は今、次世代の耐Gスーツ開発の為の空軍が保有する小さな研究所に居た。


 モニター越しの空を睨みつけ、彼は独りこう呟いた。




「……確かめる必要がある。

 私が誇りを持っていた連邦空軍の現状を。


 その為に必要なんだ。

 老いた身体を再び空に上げてくれる翼が」


 栄光を自らの手中に収め、後はなだらかな余生を送る筈だったグランニッヒは、シュワルツの死を聞き、そんな気持ちも冷めてしまった。


 自分が居たあの栄光の連邦空軍がこんなものになっている筈がない。

 だが、居てもたってもいられず……老兵は自ら空で確かめようとしていた。




 かくして、役者は揃った。


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