第15話 戦闘機乗りの流儀
「東の方角……いや、南からもだ」
シュワルツとジャックは、高速で突っ切ってくる黒い影、いや、4機のライトニングⅡの姿をはっきりととらえた。
「ライトニングⅡだと……ハイルランドがそんな最新鋭機を!?」
「いや、よく見ろ。
こいつら……国籍マークを塗りつぶしている、ハイルランドでもパルクフェルメでもない」
と言った直後、無所属であることを宣言するかのように、その戦闘機達は同じく事態に戸惑いを隠せないハイルランドの機体を撃墜する。
そして、羊たちを囲む狼犬のようにぐるりと回り囲む。
<殲滅作戦だ、包囲しろ。
誰も生かして帰すな、我々の存在を外部に知らせてはならぬ>
シュワルツはその戦術に見覚えがあった。
「この包囲の仕方……教導部隊の戦術と同じだ。
間違いない、こいつらは連邦空軍の精鋭部隊だ……。
あの噂は……国家紛争を引き起こす工作専門部隊は本当に実在したのか」
「くそ、じゃあなんだ!?
俺の国とハイルランドはこいつらに踊らされてたのかよ!」
苛立ったように叫ぶジャック、それに流されるように一人のパイロットがライトニングに猪突猛進で突っ込むものの、通りすがり様に撃墜される。
<他は大したことはない、私はラファールを狙う。
奴が一番の問題だ、排除する>
通りすがり様に、互いに機銃を乱射するも命中しない。
今度は夜の山肌を縫うように近距離の空中戦が行われる。何度もクロスする飛行機雲。
長引く戦闘の中、シュワルツとジャックはほぼ同時に同じことを考えた、撤退だ。空戦の準備もしていないのに彼らと戦うのは無理だと考えたからだ。
そして、シュワルツが無線のボタンを押した瞬間だった、偶然にも混線した。
<その機動、連邦空軍の教本通り……やはりか、元同志。
誰だか知らんが、愛国心を失った祖国の裏切り者め、私が粛正する>
その瞬間、彼の中で何かが弾けた。
(愛国……? 裏切り者……?
国を愛した俺を見捨てたのは、裏切ったのは、お前達だろう……!
……!)
「クソ、全機、難しいと思うが撤退を……。
シュワルツ! 何をしている!?」
「離脱すればいい。
俺は撃ち落とす、全部殲滅する」
「お、おい!
くそ、またかよ!? ……離脱するぞ、お前ら、俺について来い」
シュワルツの脳裏から仲間とか、作戦とかの概念は消え、頭の中は冷たい殺意で満ちていた。
敵の隊長機はシュワルツの追撃をひらりひらりと蝶の様にかわす。
が、シュワルツは圧倒されるどころか、逆に鬼神の如き機動で追い詰める。
機銃の照準が敵機に覆いかぶさる――しかし、その絶好のタイミングで、背後の別の敵機が忍び寄ってきた。
もらった、と連邦のパイロットは勝利を確信した。
そのパイロットがミサイルを放とうとした瞬間、彼の視界は雪に埋もれた。
次の瞬間、彼は理解した。
前面の雪山で雪崩が起きたこと、それが人工的に起こされたもの、そしてそれを仕掛けたラファールが一瞬のうちにこちらに向き、機銃口が発光したことに。
<……堕とされたのか?>
呆然とした呟き――それが彼の最期の言葉だった。
◇
<journalist report>
――ハイルランド王国パイロットの証言を元に。
「ブレイクだ! 避けろ!」
何が何だか分からなかった。
暗闇の中、突如現れたのは共和国の連中だった。
会敵と同時にミサイルが飛んできたから、俺達は反撃するしかなかった。
激しい空中戦の中、いきなりパルクフェルメの攻撃が止んだ。
俺達も呆気にとられ手を止めた。
それでようやくモグラが出てきやがった、国籍マークのない機体……国際法違反の完全にブラックな奴らだ。
だが、そいつらは強かった。
そいつらが真犯人だと気づいたころには、仲間の半分が死んでいた。
どうしようもなかった。
こっちは旧式のドラケン、片やあっちは360度ロックオンが出来る最新鋭機だった、しかもへばりついてきやがった。
だが、俺が今此処にいるということはそういうことだ。
黒い雲の中から出て来た一機の戦闘機が、多分違うんだろうが……結果的に俺を助けてくれた。
あんな飛び方、教本には乗ってなかった。
怒りに満ち溢れたような強引すぎる機動、でも完璧に制御してたんだ。
ああいう奴のことを鬼神エースパイロットって言うんだと思う。
◇
シュワルツは単騎で二機堕とした、だが、状況は二対一、そして……。
(燃料がもうない……クソ、あと少しで堕とせるというのに……!)
燃料をセーブする必要に迫られたシュワルツのラファールとは対照的に、敵機は有り余る推力で彼を翻弄する。
<勢いはよかった、腕もな。
だが、周りを見ろ。そして、一人孤独に飛んでいるということを自覚しろ。
国亡き者の末路。惨めだ、これが祖国を捨てた者の末路だ>
他は撃墜されたか、逃げたのか、雪山の上空にはもうこの三機しかいない。
「……俺を捨てたのはお前達の方だ……!」
<それだけの存在では無かったというだけだ、忌み子め。
もういい、2番機、仕掛けるぞ。四回目のマニューバで蹴りをつける>
彼らは連邦の精鋭、燃料の少ないシュワルツに対し、巧みにリスクのない戦闘を仕掛ける。
自身の撃墜は確実……それでも彼は抗った。
復讐の為か、それとも、少しでも空を飛んでいたかっただけか。
<むう……粘るな。
かなりやる、堕とすには惜しい存在だが……。
背後に着いた、撃墜す……何?>
運命の瞬間は訪れず、その代わりにレーダー警報が鳴った。
新手を知らせる警報音、その二つの信号は友軍のものだった。
「スワロー1、隊長、シュワルツ!
生きてるな、私だ! 助けに来たぞ!」
「――今だ、シュワルツ、やっちまえ!」
エリシアの祈るような叫びと、ジャックの鋭い声。シュワルツには彼の意図が理解できた。
ほんの一瞬だけ動揺したライトニングⅡの二機、その意識的な隙を狙い、ラファールのエアブレーキを全開にし、機種を鋭く上に上げた。
<し、しまった――>
「遅い」
そして、自身の直ぐ上を通り過ぎた二機を、無慈悲な人差し指で撃墜した。
「間に合ったか……。
ほめてやれよ、隊長。
このアイディアはエリシアのものだ。武器の再装填をしている時間は無いが、燃料だけを積んでお前のところまでにはたどり着けるはずだってな。
その隙さえあれば、お前なら勝てる――これは俺の考えだ」
シュワルツは火を噴いて堕ちていく二機を見ながらも、隣に着けた僚機に疑問を投げた。
「……何故だ?
俺を助けて何のメリットになる、何が狙いだ?」
「メリット、狙い……?
……すまないが、士官学校上がりじゃないんだ。そういう戦術的な話はよく分からない。
ただ、空で助けられたのだから、空で借りを返す。
それが、戦闘機乗りの流儀というものだろう?」
何処か誇らしげにな声でそういうエリシア。
ややあって、シュワルツの無線から息を吐くような音が聞こえた。
溜息か、ただの深呼吸か、少しだけ笑ったのかは……わからなかった。
◇
ライトニングⅡは山肌に堕ちたようだ。
彼らが脱出できたかどうかは分からない、だが、雪山上空での脱出は悲惨極まりない。
凍えて苦しみながら死ぬことを避けるには、助けを待つことしかできない。
だが、その空域に救難ヘリが来ることは無かった。
それが友軍にすら存在を知られてはならない隠密部隊の宿命であったとしても。
"一人孤独に飛んでいるということを自覚しろ。
惨めだ、これが祖国を捨てた者の末路だ"
なんとも、皮肉なものだ。
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