第13話 英雄の証明

 <journalist report>




 地上部隊から通報を受けた連邦空軍の迎撃機フォックスハウンドが駆けつけた時には、時すでに遅かった。

 多くの物資は奪われ、捕虜は解放され、残されたのは、雪の下へと潜って機銃掃射から逃れた僅かな兵士のみだった。

 まんまとしてやられた。

 屈辱を味わったパルクフェルメ侵攻担当指揮官はすぐさま、報復をしようとした。

 今度は前回の倍の数の戦力を投入し、シュワルツのいるガルム空軍基地を襲撃する為に出撃準備すら整えていた。


 だが、指揮官にとっては悪夢、シュワルツ達にとっては幸運が訪れた。


 ガルム基地襲撃作戦の失敗、前線基地の航空防衛を疎かにしたこと……本国の軍上層部がその指揮官に責任があると考え、追及の為に本国へと召喚した。


 その間、指揮官不在となれば、全ての侵攻作戦は停止する。


 連邦は軍事大国。だが、規模が大きくなりすぎて、かつてのような臨機応変な対応が出来なくなっていたのだ。

 結局、原因の調査と代わりの指揮官の派遣、指揮系統が見直されるまで3週間余りもかかってしまったのだ。

 その悠長ぶりは、戦場でしていいものでは無かった。


 ◇



 一方、此方はというと。


 作戦成功から数日後、ガルム基地は活気で満ちていた。

 連邦からすれば些細な損失、少しばかりいら立ちが募る程度。

 だが、文字通り山際まで押しこまれ、ただただ防戦一方だったパルクフェルメの兵達にとってはこの作戦の成功は、実に大きなものだった。

 物資もなにか超兵器だとか、そんな戦況を一変できるものが手に入ったわけじゃない。

 じゃあ、彼らが得たものはというと、精々解放した人々ぐらいだ。

 しかし、人を救えたという事実は彼らの心を満たした。

 誰だって誰かの役に立ちたいのだ。軍人ならもっとも。


 基地の中では、国民を愛する軍人と、軍人を愛する国民との間でささやかな親睦会が開かれていた。

 だが、その輪の中に入れない男が居た。


 シュワルツだ。

 彼は独り、修復及びデータのインストールが完了した愛機ラファールをキャットウォークから見下ろしていた。


(俺の目的は復讐……アルフレッドに、俺を否定してきたすべての者達へ。

 だが、此処で戦って一機、一機と堕としていったところで……。


 たどり着けるのか、奴の元まで……)


 と、彼はドアが開く音に気が付いた。

 警戒に当たっている運が悪い面々以外は、パーティに出ている筈と、些か警戒しながら振り返った先にはフィオナが居た。


 いつも薄幸そうな雰囲気を醸している彼女だが、今日は何処か嬉しそうだ。いや……。


「酔っているのか、此処は格納庫内だ。

 少し不用心じゃないか?」


「大丈夫、大丈夫……。


 お酒持ってきただけ、貴方に……ほら……」




「いや、俺は別に……」




 先程までの葛藤、それに水を差す行為をやめてほしかったが……顔を赤らめ、少女のような笑みを向け、カップを差し出してくる彼女を冷たくあしらうことは出来なかった。

 溜息をつきながらも、ベンチに座る。

 久しぶりの酒だ。それに強い方だ、一杯や二杯程度じゃ酔わないと口に運ぶ。


「ねぇ、皆のところに行かないの?

 皆待ってるのに」




「……酔いすぎだ、知っているだろう。他の連中は知らないだろうが……。

 俺はアルタイルの人間だ、あそこにいるのは相応しくない」




 そんなことないと、ふらふらと頭を横に振る彼女を見て、彼はため息をつく。


 そんなことより、ラファールの具合を聞きたかったが、まともな回答は聞けそうになかったからだ。

 ならば、この際だ。いっそのこと言ってしまえ。


「俺はお前に確かに感謝している、復讐の機会を恵んでくれたことにな」


「私だって……貴方が来てから皆元気になったし、基地は爆撃されなかった、私は今もここにいる。

 全部、貴方のお陰、ありがとう」 


「……話を最後まで聞いてくれ。

 俺とお前は利害が一致しているからこうして共に行動しているだけだ。

 俺は国を捨てた男、英雄なんかになれない。

 所詮は戦闘機パイロット、空を飛ぶこと以外捨てたんだ」


「自分から英雄なんて言っても誰も着いてこないわ。

 誰かが、その人を英雄だと思うから、その人は英雄になるんでしょ?

 ふふ……英雄を求めるちゃんとした証明公式があるなら、解いてみたいものね」


 酔いが完全に回ってしまったのか、不眠不休で自身の責務をこなしていた為か、彼女は彼の肩へと身体を預けて来た。

 手でどかそうとするも、彼女の静かな寝息を聞いてしまい、流石の彼でも躊躇った。


 シュワルツは馬鹿馬鹿しいとつぶやき、酒を一気に煽り、自分の考えは正しい筈だと自身に言い聞かせる。

 だが、よく考えれば、戦闘機乗り以外の価値はないと不遇な扱いをされ、心無い扱いを受け、それを受け入れられずに今彼は此処パルクフェルメにいるのだ。


「……まぁ、一理あるというだけだ。

 俺は俺の飛び方をさせてもらうぞ」


 と言いつつも、彼はすやすやと寝ている彼女を一人放置しておくことが出来ず、彼女を部屋まで送るのであった。


 ◇


 <journalist report>


 指揮系統が断裂され、パルクフェルメ軍は互いの生存確認が出来なくなる事態に陥っていた。

 先日までのガルム基地の面々が考えていたように、自分達が唯一残された部隊ではないのかという絶望感。

 だが、それでも彼らは祖国を護る為に動いていた。

 連邦の進攻作戦中断は、合流を試みる彼らにとってまたとないチャンスだった。


 ガルム基地から遠く離れた空域でも、仲間を探して二機の戦闘機が捜索に出ていた。


「どこかの部隊が奴らの前線基地をやったって言うのは本当なのか?」


「無線傍受した班がそう言っていた、俺達の仲間が上手くやったんだろう。

 ……だが、警戒を怠るな、連邦のパトロールルートから外れているとはいえ――」


 再度レーダーを確認し、自分たち以外の何物も映っていないのを確認したその時だった。本当に短い電子音が流れた後に、彼らは火の玉となって落ちていったのだ。

 その爆発の後ろを、高速で飛び去って行く機体達、明らかに連邦の機体とは違うフォルムをしている戦闘機。

 その翼に国籍マークは無かった。


<ターゲットのキルを確認した。

 ……卑怯な手だと思うな、諸君、我らの正義は祖国が保障してくれる>


 当時、こんな噂が流れていた。


 連邦空軍内には通常の指揮系統から外れ、表向きには存在しないことになっている最高秘匿部隊がいると。


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