第9話 ナイスランディング

「隊長、やはり納得いきません!

 あの時は回避に専念し、全員が合流したところで挟撃を……シュワルツ隊長ならそうやっていた筈――」


「くたばった男の名を出すな。 

 黙れ、戦犯はお前だ、二流の雑魚が」


「なんだと……!?」


「止めてください二人とも!」


 アルタイル連邦上空、基地に帰還中の戦闘機編隊間の無線は穏やかでは無かった。

 シュワルツが友人だと思い込んでいた人物、アルフレッドだ。


 何もかも上手く行っていた。


 上の人間を丸め込み、シュワルツを着陸失敗という惨めな形で軍から退場させたアルフレッド……これで花形、初代アクロバット部隊隊長という二度と得られない名誉も、その先にある軍上層部、果ては政治家への道も開ける筈……だった。




 が、そう順風満帆にはいかなかった。


 彼は飛行隊長というものを理解できていなかった。


 自分に少しでも歯向かった馬鹿には、容赦ない態度で接した。だが、戦闘機乗りというものはプライドの高いもので自分のやり方が一度否定されたからといってそれで引き下がるような連中ではなかった。

 そうした亀裂は徐々に広がり、シュワルツが隊長だった頃は模擬戦負けなしの文字通り精鋭部隊だったはずなのに、今では負けが目立ってしまっている。


 今日もまた、負けた。


 そして、再び対立。

 腕は悪くない、何故ならあのシュワルツと主席を競ったほどのパイロットなのだ。

 だが、隊長の器ではない。

 苛立っていたアルフレッドは隊長として上手くやれていたシュワルツのことを一瞬、凄い奴だったと考えそうになった。


 そんなことを考えているから、目の前のことに気が付かなくなる。


<Over Speed Over Speed pull up pull up!>


(そんなわけあるか、士官学校でのことも、奴が教官に認められたのも全部何かの間違い――!)


「――長、隊長! 上昇を!」


「は? し、しまった――!?」


 頭の中の葛藤に夢中で、前方に気づいていなかった。


 アルフレッドのフランカーは滑走路にオーバースピードで侵入、更に事態の把握に遅れた為、滑走路上でバウンドした後、着陸に十分な程の減速もし切れず、再離陸に必要な程の速度も稼ぐことが出来ず……滑走路の先の草原まで飛び出してしまった。


 細工されて、機体が分解してしまったシュワルツの事故程ではないが、オーバーランは重大事故の一つだ。

 コックピットの中、放心状態で肩で息をするアルフレッドの耳に部下から嘲けきったような口調の無線が入った。


「……ナイス・ランディング見事な着陸、サー」



 ◇


 彼の災難はまだ終わらない。


「クソ……おい、次持ってこい」


「し、しかし……もうやめになさった方が……」


 基地内の酒場にジョッキが割れる音が響き、宥めていた担当兵は諦め、次のおかわりを急いで持ってくる。

 でなければ、次にジョッキが飛んでくるのは自分の方向だからだ。


 結局、先日の事故は、大事になる前に片付けることが出来た。

 だが、やはり精鋭部隊の隊長がオーバーラン……その度目の出来事に基地の兵達は嗤い、溜息をついた。

 そのうっぷんを晴らす為、太陽が天辺に登っているような真っ昼間、そんな時間に一人酒を飲んでいる。


 本来なら戒められるような行為、だが、軍上層部とつながりのある彼を戒められるものはそうそういない。


 いや、一人もいないという訳ではない。

 一人の中年を越えたような齢の連邦特有の彫の深い男が、酒場の扉を開けた。


「アルフレッド、日中から酒を飲むとは良い身分だな」


「誰だ、貴様は?

 何様のつも――教官? ハルトマン教官!?」


「今の私は教官ではない、少将だよ。

 やけ酒か、変わらんなお前は」


 アルフレッドの表情が憤怒に満ちた者から、年頃の青年の表情に戻る。


 グランニッヒ・ハルトマン少将……元の教官だった男だ。

 かつては鬼教官と言われた空戦の天才も、年老いた今は教え子を前にして優しげな表情を思い浮かべられるほどの、地方航空部隊群の指揮官の地位に落ち着いていた。

 たまたま用があってこの首都防空基地に訪れていたのだ。


 アルフレッドも若かりし頃のように矢継ぎ早に彼に教えを乞う。

 それに一つ一つ応えていく元教官……ここまではスランプから脱出する前兆の青春物語に見える。


 だが……。


「それで……シュワルツは何処だ? 此処にいると聞いたのだが。

 今頃、あいつは私を超えるようなパイロットになっている筈だ、多忙で無いのなら会いたいのだが」


「ああ、アイツなら死にました。

 自殺です」


 酒の入った勢いか、恩師の前で気が緩んだのか……あっさりと言い切ってしまった。


「何……?」


「馬鹿な男です、ニュースで見たでしょう?

 着陸失敗して、脚を切り落として……アパートに遺書があったようですよ」


 アルフレッドはシュワルツの無能をつらつらと語りだした。

 そして、全て語り終えたところで、彼は恩師に自分を認めさせようとした。


「ですが、ご安心ください、教官。

 この国には自分と言うエースが居ます。

 英雄である貴方を継ぐ役は、私が継ぎま――」


「もういい……帰る。

 それと、二度と私の教え子を名乗るな」


 ずっと黙りこくっていたグランニッヒが開いた口は聞いたことが無いぐらい冷たかった。


「……教官、何故です……?」


「誰にだってミスはある。そう教えてきたはずだ。

 何故、お前は奴を励まさなかった?

 何故、放っておいた?

 言った筈だ、常に僚機を護ろうとするものこそが真のパイロットだと……。

 それさえできない、あまつさえ友を突き放すお前は、二度と私の教え子を名乗るな」


 グランニッヒは冷たく、寂し気な眼差しを残し、酒場の扉の向こうに消えた。


(何故だ……?

 何故、認められない?

 部下からも、他のパイロットからも、教官からも――!

 いつも、いつもシュワルツだ、いつもいつもあいつが俺の邪魔を!

 

 ――死んでも邪魔する気か!? )


「……シュワルツ!」



 この日から、冷静沈着なエリートを装おうとしていたアルフレッドから余裕の笑みが消え、血眼が迸る憎悪に満ちた獣のような男になった。




 もう一人、連邦空軍かつての英雄、グランニッヒ・ハルトマンは地方飛行隊群の指揮官を辞任し、英雄という肩書を背負ったまま何処かへと消えた。




 そして、彼と彼らは再び相対することとなる。




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