第7話 二番目のエース

<何……?オメガ隊の二機が堕とされたのか?

 こんなちっぽけな国でも少しは出来る奴がいるようだ。

 作戦に変更はない、全機警戒を厳となせ!>


<りょ、了解!>


 慌ただしくなった連邦の無線をよそに、シュワルツはスロットルを最大まで押し込んだ状態で、操縦桿を手前に引く。

 雲ベイパーを引き、しなる主翼と共に、ふわりと一瞬上に持ち上がるような機動をした後、ラファールの二つのエンジンが轟音と共に彼を大空へと押し上げる。

 しかし、機体が微量に震えている、調整で大分マシになったとはいえ、エンジン全開で動かせるほどではない。


 そうこうしている内に、またしても敵機が彼の背後を伺い始めた。


(ちっ……せめて僚機が居れば……!)


 そして、思い出すのは僚機、アルフレッドの顔。

 シュワルツは苛立ちを抑えきれずに、舌打ちをかました……と、背後の敵機は何処かから伸びてきた白煙に追いつかれ爆散した。


 雪の舞い散る空、上昇する彼の機体の真横に、突如現れたイーグルが位置取った。

 その機体の尾翼のエンブレムはデフォルトされた燕だった。



「よお、傭兵野郎、シュワルツとか言ったな。

 改めて自己紹介するぜ、最強のイーグルドライバー、ジャックだ。

 久しぶりにまともな戦闘機パイロットと会えて嬉しいぜ。

 見ろよ、栄えある我が軍を」


 その声に促され、シュワルツはちらりとそちらを見る。

 奇襲を受けたのにもかかわらず、再度編隊を組み、爆撃機を護るように整然と飛行するアルタイル空軍に対し、パルクフェルメの面々は恐々とした様子で遠巻きに見守っている。

 機体性能もだが、兵の質でも差を開けられているようだ。


「お前は中々やるみたいじゃないか……が、俺の方が上だ。


 勝負だ、実は我がスワロー隊は現在隊長不在なんだ、俺は繰り上がっただけ。

 とんだ臆病者でな、戦闘機に乗ってどっか逃げちまったんだ。

 せっかく戦闘機に乗ってるんだ、少しスリルのあることをしよう。撃墜スコアで隊長の座を……エースの座をかけて勝負しようぜ」


 垂直に上昇しているシュワルツは、挑発するように翼を左右に振るイーグルを一瞬横目で眺め、息を吐いた。


「好きにしろ。

 俺は俺の飛び方をするだけだ」


「へっ、面白れぇ。クソみたいな日常にとんだスパイスが降りかかった。

 ……やってやろうじゃねぇか!」


 二機の戦闘機は遥かな高みへ上り、限りなく速度が落ちたところで、エンジンの排気ガスで大空にハートを描くようにして左右下方向に散開した。

 そして、敵編隊に向け、死のダイブを決行した。

 瞬く間に視界いっぱいに広がる爆撃機に向け、彼は暴れ馬と化したラファールをどうにか操り、トリガーを容赦なく引く。


<マロン3、直上、直上だ!>

<左に進路を変更だ! 駄目だ、間に合わな――!>


 超音速の弾丸の如き戦闘機の奇襲に、重たい爆撃機は反応することが出来ず、護衛機銃の弾幕も空しく、数機が火達磨になり、それを避けきれなかった列機も同様に堕ちていく。

 シュワルツの機はまたしても山脈付近で危うい動きをしながら、ぎりぎりで上昇に成功する。


「なんだ、今の翼の動き、電子系統がイカれているのか?

 待てよ、その機体はついこの間まで配線がむき出しだった。

 まさか……シュワルツさんや、そのラファール未完成品とか言うなよ」


「……問題ないと言った筈だ」


(勘のいい奴。

 だが、戦闘機の軌道を読めるのか。口ばかりではないようだ。

 ……無線?)


「シュワルツ、聞こえる? フィオナよ。

 言いたいことも、怒りたいことも山程ある。

 ……だから、私のところへ帰ってきて。


 エンジンモードを二つ下げれば大分安定する筈、雪山は気温が低いから出力低下はそこまで心配しなくていい」


「すまない、助かる」


 フィオナの助言、それから先程の戦闘からのフィードバックを元に機体の設定を変更する。

 機体を左右に動かす……今度はそれなりに満足できる機動をしてくれるようだ。

 それを証明するかのように、迫って来た敵機を鮮やかな回避機動マニューバと反撃動作カウンターで一蹴する。


「じゃあ、今までのは全部マニュアル……冗談だろ?

 おいおい、今からお前の本気の飛び方が見られるって訳か。

 楽しみ、いや、恐ろしいものだな」


 二人のラファールとイーグルは、お互い激しい機動を繰り返しながら、敵編隊を切り崩していく。

 鉄壁と思われた大編隊が、瞬く間に小編隊へとケーキのように切り分けられる。

 そして、ついに彼らも動き出した。


「い、今だ!全機、私に続けぇ、突撃!」

「了解、今しかない! ハウンドドッグ隊、仕掛けるぞ!」

「あの二人の真似……とまではいかなくていいから、あれぐらい攻めるぞ!」


 二人の戦闘に鼓舞されたからだろうか、彼らの戦いも悪くはない。

 だが、やはり飛び出ているのは彼のラファールだ。

 電のように敵機の間を縫い、爆炎だけを残していく。


<こちら、フォード1!

  敵の攻撃が激しい、攻撃続行は不可能だ!

 撤退を進言する!>


<……承知した、進路180、撤退する!

 クソ、カスパルクフェルメの蛮族風情に!>


 かくして、なんやかんやで精鋭の連邦空軍である彼らは撤退を選択した。

 アルタイル連邦は予想だにせぬ敗北を味わうことになった。


 背中を見せて逃げかえっていく祖国の飛行機たちを見て、シュワルツは空戦の高揚感とそれを急激に冷ますような苦い気分、加えて足に鈍い痛みを味わった。

 その彼の右隣に、イーグルが張り付いた。


「わかったぜ、お前……あそこから来たんだろう?」


「……。 違う、それはもう過去の話で――」


「戦闘機星だ……お前、戦闘機星から来た戦闘機星人だろう?

 人間以外と戦うだなんて聞いてない。

 どっちがエースかなんて勝負、無効だ、無効」


 ジャックと言う男……実はこの男こそ敗色濃厚な戦線でイーグルを駆り、アルタイルの多くの戦闘機を狩り殺してきたエースパイロットだ。

 アルタイル連邦軍も彼の事を把握していたが、所詮はたった一人と重要視はしていなかった。

 だが、それはあまり問題ではない。彼は後々有名になるからだ。

 パルクフェルメ空軍の撃墜数を誇る男として。


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