第5話 最大の敵

「どう?

 ……慣れるまで、時間がかかると思うけど。

 いずれは、膝の筋肉の動きでかなり自由に使いこなせるようになると思う」


 それから数日後、シュワルツの切断してしまった右足の膝下にアスリート用の義足が付けられた。

 戦闘機の操作に不可欠な水平上の左右異動を行うラダー、その操作にはペダルを使う、脚が無ければそれが出来ないのだ。

 激しいGを想定した上での義足と皮膚との兼ね合いなど、まだ調整しなければならないことはあるが、とりあえずは彼は戦闘機を飛ばせることが出来る身体を取り戻した。


「……ああ、ありがとう」


「……」



 だが、彼の瞳に光が戻ることはなかった。

 フィオナは彼の心が完全に蝕まれてしまったことに気づいていなかった。

 子供の頃のからの夢、戦闘機パイロットになり、アクロバット飛行隊を設立するという叶う筈だった夢が砕け散り、脚を失った彼の願いはとにかく空に戻りたいというものに変わった。

 そこまでならよかった。


 しかし、軍からは見放され、親友の裏切り、様々な悪意、押し寄せて来た理不尽の波に彼の理性は壊されてしまった。


 今の彼の望みは、祖国への復讐にシフトしてしまっていた。

 戦闘機に乗るということは、それの手段に過ぎなくなってしまった。


 そんなことを考えているとは知らず、フィオナは彼を励まそうとしていた。


「大丈夫、そう遠くないうちにまた飛べるようになる筈。

 そしたら……!」


 が、彼女は言葉を続けることが出来なかった。

 彼は生きる希望を失っていた、だが、脚を取り戻し、再び翼を取り戻した。

 だが、その翼で飛んでいく先は死地、戦場なのだ。


 それから更に数日後、事態が動いた。


 ◇


 <journalist report>


 ある日、パルクフェルメを占領していたアルタイル連邦空軍が動いた。

 彼らは少数の爆撃機、攻撃機、護衛戦闘機をパルクフェルメ内の前線基地に集合させた。

 目的は、パルクフェルメ空軍の最後の砦であるガルム空軍基地への空爆。

 空軍を制圧すれば、航空支援、補給支援も途切れ、連邦の勝利は決定的なものになる。

 特別な戦術も必要ない、ただただセオリー通りの空爆作戦。


 彼らとって日常と化した勝利を目指し、爆弾を積み、大して緊張もせずにガルム基地へと向かったのであった。


 その先に、元連邦のエースがいるとも知らずに。


 ◇


「レーダー上に多数の敵機、爆撃編隊だ!」


「くそ、ここまでか……」


「黙ってろ、弱音を吐くな!

 対空砲、使える奴全部出せ!」


「スワロー隊の離陸を確認、グッドラック!」


 荒っぽい声が上がり、慌てふためく管制室の中で、フィオナは立ちすくんでいた。

 敵の進攻、逃れることは不可能……何時かこういう日が来るとはわかっていた。

 所詮、彼女は研究者なんなら軍属でもない、実際にこの状況に陥ると、怖くて仕方が無かった。


「……フィオナさん!

 フィオナ・ユリウス女史!」


「は、はい!」


「しっかりしてください、お願いします!

 あの新型機は、あるんでしょう? ラファールとかいう……一機でも戦力が欲しいのです!

 ほら、あなたが連れて来たテストパイロットにも空に上がってもらって!」




 必死の形相の管制官の言葉、だが、彼女は首を横に振るしかできなかった。




「それは……出来ないわ。

 まだパイロットの方もリハビリの途中だし、ラファールの制御プログラムもまだインプットされてない。

 あれで空戦なんて出来ない……ごめんなさい」


 実はあの機体は裏ルートで仕入れたものだったのだ。

 機体自体は完璧なコンディションだったが、制御プログラムは消されていた。

 ラファールの両翼の翼端は赤く塗られていた、もしかしたらなんらかのテスト目的で使用されていた機体だったのかもしれない。

 確かなことは、彼女の言う通りそんな戦闘機で空戦出来る筈がないということだ。


 しかし……今の話を無線で聴いていた地上整備士から驚きの声が上がった。


「なんだって!?

 あの戦闘機はまだ使えないのか!?

 だったら……おいおい、不味いんじゃないのか!?」


「次は何……!? 何があったの!?」


「あの義足のパイロットが行けるから乗せろって言ったから……つい……」


 フィオナは驚愕し、そして管制塔の外から聞こえてきた爆音の方に目をやる。

 そこには双発のエンジンの咆哮を響かせながら、空高らかに突き進んで行くラファールの姿があった。


「……シュワルツ!?」


 ◇


 雪山の上空、迫り来る連邦の爆撃機群を迎撃する為、パルクフェルメの戦闘機達が編隊を組んでいた。

 とはいえ、寄せ集めの戦闘機ばかりで心もとない。


「やれやれ、俺の命運もここまでかね?

 なぁ、どう思う、子猫ちゃん」


「う、うるさい!

 パルクフェルメが負ける筈がない、わ、私が全部倒す!」


「威勢もいい、顔もいい、声もいい……でも、お前さんは腕がなぁ……。

 まぁ、あまり期待しない方が良いぜ、遺書でも書いて……。

 ……ん? 後方からの機影?


 IFF《識別信号》不明……誰だ? おい、所属と氏名を明らかにしろ」



「……シュワルツ・アンダーセン。


 俺は……アルタイル連邦の敵だ」


 シュワルツは久しぶりに飛ぶ空に目をやることなく、連邦爆撃機がいるであろう方向に鋭い眼光を向ける。


(悪い、フィオナ。だが……どうしても堕としたいんだ、俺は。


 空に希望があると思ってた。だが、それはただの勘違いだった。

 もういい、空はただの戦場でいい……それで構わない)


 今、この瞬間、アルタイル連邦最大の敵が誕生した。






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