第4話 新しい戦闘機


 "君は……スパイなのか?

 たかが、戦闘機パイロットに身分を明かすだなんて。

 スパイとして赦されることなのか?"


 "訓練を受けたわけじゃないの、私の祖国にはもうそんな余裕すらない。

 だから、直感。私は、貴方のことを信用しようと思う。

 もう一度言うわ……楽な道はない、何もかも犠牲にしてでも、本当に空が飛びたいというのなら、明日の朝、港に来て"


 翌日の早朝、シュワルツは最低限のものを揃え、荷造りを終えていた。

 とは言っても、彼は独身、そして孤児であった為、思い出の品というものはない。

 あるとするなら……戦闘機パイロットとしての記憶。

 だが、それはもう真黒に塗りつぶされてしまった。


 未だなれない杖でゆっくりと歩き、おんぼろのアパートを出る。


(……今から、俺は敵国に渡るのか。

 だが、本当にいいのだろうか、此処は俺の祖国、今を我慢すれば――)


 揺れ動く心、当たり前だ、国を捨てるということは軍人としての今まで全てを捨てるということ、現実的に言えば敵に寝返った裏切り者、発見されれば今軍法会議で死刑判決を喰らっても何も言えない。

 初対面のあの女を信じてもいいのだろうか、やはり……。


 そんな時、シュワルツの目の前に幼い子供達が駆けて来た。

 彼には面識があった、確か航空ショーで市民との触れ合いイベントの時に話したような。

 もしかすると、純粋な子供達は足を失った自分の心配してくれて……そんな淡い期待を彼は抱いた。


 だが。


「このくにからでていけ、ばいこくど!」


「足のないぱいろっとなんて、きいたことないぞ!」


 彼らの口から飛んできたのはTVで覚えたであろう、口汚い暴言だった。

 子供達の目線に合わせようとしていたシュワルツは唖然として、動きを止める。

 彼の視界の隅には、呆然と立ち尽くすシュワルツを見て、笑みを浮かべながら談笑している子供達の親が映っていた。

 国民の血税を遊び道具にしようとし、着陸失敗というあまりに馬鹿げたことで職を失う、しかも軍は彼を庇う気はない。

 そんなシュワルツは、ストレス発散に丁度良かったのだ。



「「「でてけ!でてけ!」」」


「……ああ、出てってやるよ」


 大人げないかもしれない。

 でも、もう限界だった。


 全部無駄だった、そう確信した彼は捨てることを決心した。




 早朝の海辺、そこには白いワンピースを着たフィオナが彼を待っていた。



「来てくれたのね、ありがとう。

 ……薄々想像がついているでしょうけど、あなたにはパルクフェルメの義勇軍としてこのアルタイル連邦と戦ってもらうことになるわ。

 多分、勝ち目は殆どない。


 だから、よく考えて、これが最後の――」


「問題ない、行こう」


「ちょ、ちょっと――!」


 フィオナの言葉を遮り、留めてあった漁船風の船に乗り込もうとする。

 これからの過酷な道のりを説明しようとしたのに、それを遮られ、流石にフィオナは彼の行く手を封じ、非難しようとしたが、彼の瞳を見た瞬間、彼女は固まってしまった。


 「いいから、連れて行けよ」


 怖かったのだ、彼の瞳が。


 先日会った時にはあれだけ空虚だった彼の瞳、しかし、この時、隠し切れない憎悪が渦巻いていたから。




 ◇




<journalist report>




 彼らは外洋漁船に扮し、アルタイル連邦を脱出。


 その後、進路をパルクフェルメにとった。


 この時のパルクフェルメ共和国の戦況は酷いものだった。


 険しい山岳部を除く、首都を含めた全領域を支配されたパルクフェルメ共和国軍は僅かな残存勢力を山岳にある空軍基地に集結させ、どうにか反撃の機会をうかがっていた。


 だが、前回も紹介したように以前からの周辺国との対立もあり、増援は見込めない。

 地の利を生かして、何とか耐えているだけだった。




 もう敗北は時間の無駄だ、そんな空気が取り巻いていたガルム空軍基地に、二人は辿り着いた。




 ◇


 漁船から降り、ヘリでたどり着いたその基地は雪が降っていて、とても寒かった。

 シュワルツがヘリから降り立つと、フィオナは些か強い口調でこう警告した。


「いい?

 あなたはアルタイルで働いていた第三国のテストパイロット。

 此処はパルクフェルメ、アルタイル人は相当憎まれている。

 間違っても、祖国の名前を出しちゃ駄目」


「口に出したくもない」


 即答で答えた彼の瞳は新天地に来ても、一切変わることはなかった。

 フィオナはそんな彼を哀れに思い、本来なら即戦力が必要なため、すぐさま義足または義肢作成に取り掛かるつもりであったが、止めた。


「……見せたいものがあるの、ついてきて」


 末期の軍隊にありがちな人気が疎らな基地の中、彼女が向かったのは少し離れたところにある暗い格納庫だった。


「いろいろと準備が出来てないんだけどね。

 いずれはちゃんと飛べるようになる。

 この戦闘機のテストをあなたにおねがいしたいの……これがあなたの戦闘機よ」


 言葉と共に明かりがともされる、そして、その戦闘機が映し出される。

 機体前方の大型補助翼、後方の大型三角翼デルタウィング、それらが織りなす芸術品のような美しい曲線美。

 シュワルツはこの機体の事を知っていた。




「……ラファールか」



「そう。


 私は……あなたに命を懸けて戦ってもらう。


 その代わり、私はあなたを空に上げる。 


 絶対に。


 だから、希望を捨てないで……私を信じて」


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