第3話 歴史が動く瞬間
退役届を出した、その日の早朝。
シュワルツは人気のない公園を訪れていた。
彼は丈夫な縄を持参していた。
当然、縄跳びではない……それを太い木の枝に括り付ける、彼が行おうとしていることは自殺だ。
何故、此処を選んだのか、彼が戦闘機と言うものを初めて見たのが、此処だからだ。
此処からは空軍基地が、しかも、つい先日まで自分のホームベースだった基地が見える。
せめて最期に、自分が戦闘機パイロットだったという事実を思い返しながら死にたかったのだ。
適当な遊具を足場にし、縄を首にかけ、一瞬目を閉じた後……彼は足場を蹴った。
息が出来なくなり自分の意思と反して、身体が暴れる。だが、それも時間の問題だった。
(諦めろ、俺の身体……生き残ったって苦しみが続くだけだ)
「……駄目!」
そう、時間の問題のはずだった。
突然、苦しみは終わりを迎える。
死んでしまったのではなく、その逆だった。
身体に奇妙な浮遊感を感じ、閉じた目を開く。
その視線の先には、彼に抱き着くようにして何とか自殺を阻止するしようとする全く見覚えのない、同い年くらいの金髪ショートカットの容姿端麗な女が居た。
危ういところだった。
彼女が宗教的に自殺を禁忌としている考えを持っていなければ、この物語は此処で終わるところだったから。
◇
<journalist report>
ユーラシア大陸解放戦争。
昔、そう呼ばれる戦争が勃発した。
大陸の東部に位置する中小国は隣国同士で領土問題等で長い間いがみ合っていた。
ほそぼそとした小競り合いのような紛争を繰り返していたある日、彼らは予想だにしない国からの進攻を受ける。
彼の祖国アルタイル連邦だ。
世界有数の大国であるアルタイル連邦は、その巨大さから来る財政不安定期に入っていた。
地下資源が枯渇してきていたのだ。
その打開策として、大陸の端で争っていた国々を紛争から解放するという大義名分で武力侵攻を開始。
不意を討たれた中小国達は、彼らの侵攻になすすべもなく敗走を続けた。
その中の一つ、パルクフェルメ共和国もその哀れな国の一つだ。
◇
それはともかく……。
ひとまず自殺を止めることにしたシュワルツはベンチに座っていた。
自殺を止められた事に怒りは沸いてこなかった。
また、明日にでもすればいいやと、上の空で考えていた。
自販機でドリンクを買って来た、名前も知らない女を見て不思議に思う。
自分を助けて何になるのだろうか、宗教の勧誘だろうかと。
もう、彼は人の善意など忘れてしまったのだ。
「自殺なんて……どうしてそんなことを?
幾ら死にたくなったからって、自殺は……」
「死にたくなったからじゃない、ただ、生きたくなくなったからだ」
「……。
足を無くしてしまって……その、悔しかったり、悲しかったりすると思うけど……きっと生きていればいいことはある。
安っぽいことしか言えないけど。
ごめんなさい、私は大事な用事があるから行かないと」
そう、彼女には重大な使命があったのだ。
初対面のシュワルツに、後ろ髪を引かれる思いを残しつつも、別れを告げようとする。
その時、基地の方から咆哮のようなエンジン音が聞こえた。
彼の愛機と同じ機種の戦闘機、フランカーが飛び立ったのだ。
「……あれに、俺はあの戦闘機に乗ってたんだ」
「……えっ?」
「かっこいいだろう、戦闘機って、フランカーって言うんだ。
足が無くなったから、もう空は飛べないんだけどな。
戦闘機に細工をされて、どうすることも出来なかった。
でも、確かにあの基地から飛んで……空を……」
シュワルツはいつ以来か、静かに涙を流した。
惨めだった、あれだけ願ってやまなかった夢があんな終わり方をするだなんて。
誰かに自分が空に居たことを覚えていてほしかった、のかもしれない。
が、それは予想外の形で運命の歯車を回す事になる。
立ち上がろうとしていた彼女は、再び座りなおし、ごくりとつばを飲み込んだ後、彼の耳元にささやいた。
「あなたは、この国の首都防空隊に所属していたパイロット……なのね?
だとしたら、機体はフランカーの最新型、近代化改修Ⅲ形態の筈」
「……わかるのか、戦闘機のことが?」
シュワルツは驚いた。
そして、彼女は意を決したように、彼の手を握り、こう言った。
「私はフィオナ……あなたの敵国、パルクフェルメ共和国から来た、技術者、若しくは研究者よ。
義足も作れる筈……。
もしも、あなたがまた空を飛びたいなら……。
あなたを陥れたすべてに復讐がしたいのなら……。
本当にその気があるなら、一緒にこの国を出ましょう。
そして、私の国へ……」
◇
フィオナ・ユリウス。
技術者でもあり、研究者でもあり、この時は諜報員でもあった。
祖国の窮地を救うべく、どうにか第三国の民間技術者に扮し、アルタイルの軍事企業の機密を探ろうとしていた。
だが、アルタイルの情報セキリティの壁を破るのは不可能だった。
そんな途方に暮れる日々の中、気を紛らわすために散歩をしていた彼女は敵国の人間の自殺を見て見ぬふりは出来なかった。
この瞬間、歴史は動き出した。
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