第2話 1920x1080の空
「シュワルツ少尉、着陸せよ」
「……了解」
あの忌々しい事故から数か月後、シュワルツは空を飛んでいた。
ただし、仮想バーチャルの空をだ。
「終了だ。
……まったく、馬鹿馬鹿しい、ゲームをして血税をもらう輩の監督をしなきゃいけないとはな!」
「申し訳ありません……」
もしも、彼が事故を起こしてなければ、今頃アクロバット飛行隊の隊長として、大空にスモークで希望を描いていたころだろう。
しかし、今彼はゲームのコントローラーで、1920x1080モニターの空を飛んでいる。
彼の脚は完全に切断されてしまったので、軍用シミュレーターのテストを命令されているのだ。
シュワルツの目は虚ろだった。
上を見上げても無機質なコンクリート、こんな物置を小改造して作られたシミュレーター室では、空を見上げることは出来ない。
彼は容態が回復すると同時に、直ぐに軍法会議に出頭させられた。
ねぎらいの言葉など一切なかった、前輪が突然折れたと主張したが、事故調査官の調査結果では、機体に一切の不備はなかったと一蹴され、それ以降の発言はまともに聞き入れられなかった。
それどころか、延々と自分の事故現場を映し、憤っている周辺住民たちのインタビューを見せられた。
そして、そのテレビの中で、自分の叶う寸前だった夢が貶されていた。
"墜落した操縦手は、空軍で近日設立が予定されていたアクロバット飛行隊の隊長として着任する予定でした"
"アクロバット飛行隊……?
いや、私は軍備増強とかには反対しませんが……税金で空にお絵かきですか……"
"偶然、民家に衝突する前に止まったから、良かったものの……。
若いパイロットが自分の腕を過大評価して、乱雑に戦闘機を扱ったのかもしれませんね"
好き勝手に喋る、モニターの中のキャスターの声を呆然と聞きながら、シュワルツに言い渡された判決は戦闘機ライセンス剥奪並び、二階級の降格処分、3年間の減給処分。
そして、こんな世論ではアクロバット飛行隊の設立は容認できないと宣言され、彼は自分の夢が木っ端みじんに砕け散ったのを知った。
アクロバット飛行隊のメンバーになる予定だった同僚からは殴られた。
「アンタのこと、尊敬してたのに。
今じゃ、俺達も笑いものだ」
「聞いてくれ、突然車輪が……!」
「でもよかったよ、着陸すらもまともにできない、だらだら言い訳する隊長の下につかなくてさ」
義足さえ取り付けることが出来れば、再び空を……だが、この国の医療事情ではそれはとても高価だった。
公務中に負傷した軍人なら、補助金が受けられる筈だったが、事務局には貴方のような人に支払う金はないと拒否された。
住んでいたアパートには、何処から聞きつけられたのか、中傷の張り紙がたくさん張られていた。
それを知った管理人は一言、出ていかないなら警察を呼ぶと警告して来た。
今は、おんぼろアパートに住んでいる。
そして、今ではすっかり窓際部署。
基地の人々はシュワルツの姿を見ると、後ろ指を指してコソコソと嘲笑い噂話をする。
シュワルツの瞳は荒み切っていた。
彼は自身が新人時代のときの初老の教官のことを思い返していた。
時に厳しく、時に優しく……実際、教官になる前は連邦屈指のエースパイロットだった。
彼は自分に叱咤しつつも、一人前になれた時は優しい眼をしていた。孤児である彼はその教官の後姿に居ない父を思い浮かべていた。
だが、今は何処に居るのかすらも……教えて欲しい、自分はどうすれば、再び空に上がれるのか。
その時、シュワルツの目に一人の見知った姿が目に入った。
「……アルフレッド!」
「シュワルツか、良かったよ、元気そうで」
アルフレッドは心底安堵したような笑みを浮かべた。
事故時の彼の二番機、だが、彼が飛べなくなったおかげで、今は飛行隊長を務めているアルフレッド。
シュワルツは事故と、自身の周囲を取り巻く環境のせいで、彼の存在を忘れていた。
アルフレッドなら、事故の状況を知っている。
証言を頼もうと、人気のない廊下で二人きりになった時、アルフレッドの表情が変わった。
「……だから、俺の弁護をしてほし――」
「いや、あれ仕組んだのは俺だから」
「……は?」
「もう、お前に用はないから短く説明するけどな。
お前は薄汚い孤児、そんなものが軍の花形になろうだと……馬鹿言うなよ。
本当に察しが悪い奴だ、お前が花形になるのを阻止せよって言う軍上層部からの刺客なんだ、俺は。
もう、アルタイル空軍にお前の居場所なんてないんだ。
残念だったな」
「アルフレッドッ!」
シュワルツは嘲笑うアルフレッドに殴りかかろうとしたが、示し合わせたように奥の通路から憲兵達が隊列を組んで歩いてきたのが、目に入り、拳から力が抜けた。
「アルフレッド隊長、此処にいらしたんですか、早く行きましょう!」
「ああ、今行くよ、ナンシー。
……まぁ、お前の思いは俺が引き継ぐさ、俺がいずれアクロバット飛行隊の隊長になる。
お前はそれを下から指をくわえて見ていろ」
若い女性パイロットの肩に手を回し、歩き去るアルフレッドの姿を見ても、シュワルツは怒りを感じなかった。
いや、もう何も、感じなかった。
だって、彼はもう抜け殻なのだから。
翌日、彼は退役届を郵送した。
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