vs イボット2

 武器とサーベル、かち合うたびに、パレイドリアはいら立ちを感じていた。


 かみ合わない。


 今までの戦いでは、どこで、何を、どう競い合うのか、ある程度わかっていた。しかしこのイボットとの戦い、有利不利とか、何をどうしたらいいかとかではなく、やりたいことができない歯がゆい感じ、つまりはかみ合わないのだ。


 それはイボットも同じか、不機嫌さが顔に出ていた。


 互いにやりにくい、だからかみ合わない、その理由を、パレイドリアは見つけられないでいた。


 ……二人の戦う距離は接近戦、パレイドリアの苦手分野だ。


 見よう見まね、棒立ちの構えからただ突き出しただけのサーベル、人に言われるまでもなく素人の構え、貴族に生まれたからには戦の心得、剣術の基礎はやってきたものの、才能というものが一切なかった。


 対するイボット、打ち合いながら効果が薄いと思えば迷わずその武器を捨て、新たに拾って取り替える。


 その全てが熟達していた。少なくとも何を使ってもイボットが上、間合い、構え、撃ち込み、回避、防御、どれをとってもパレイドリアが勝っているものが見つからなかった。


 にもかかわらず、パレイドリアがほぼ無傷で未だに立っていられるのは、イボットの戦闘スタイルと邪眼との相性の問題たった。


 イボット、ふざけた言動に似合って、その戦い方も一筋縄ではいかず、力押しの中にフェイントを多用した。視線、重心、呼吸、タイミング、あえて一定のパターンを作り、それを覚えさせて最後の最後で裏切ることで、釣られた相手は隙を作る、はずだった。


 しかし不運は相手はパレイドリアであったということ、敵であるイボットの動きをその邪眼は見てはいても、頭の方が覚えてはおらず、加えてその動きの先読みを、訓練や実戦による経験や気配ではなく、邪眼による力のみで行っていた。それも無意識に陥るほどの集中力により、未来予知に等しい先読みを知らず知らずのうちに実現していた。


 結果、全てのフェイントは無駄となり、その無駄が遅れとなって、お陰でパレイドリアでも何とか追いつけている。ならばフェイントを捨ててまっすぐ攻め立てればよいのだが、それでも意地のようなものがあるのか、イボットはあきらめなかった。


 結果、互いの長所と長所、短所と短所が打ち消し合い、互いにやりにくい戦いが続く、かみ合わない戦いが続いていた。


 それだけならば引き分けながら、色々試せる分、イボットの方が優勢ではあった。


 片手斧、振り下ろした勢いを手首のひねりで回転に変え、無限を描くことで連続のかち割りを絶え間なく放った。


 十文字槍、まっすぐな穂先に直角に生える刃、合わせて三枚刃、突く、斬る、薙ぐ、ひかっける、刎ねる、打つ、投げる、変幻自在に襲い掛かった。


 断頭剣、先端を瘤にして突きを捨て、重さを増して首を刎ねる大剣、振り回し、首と言わず足首手首乳首狙い唸った。


 よくわからないやつ、長い棒の先にハサミが、反対側にグリップが、握るとハサミが閉じて高い所の枝も楽々切断できた。


 ナイフと鉈の二刀流、主にナイフで防御を、鉈で攻撃を行い、大振りの鉈の隙をナイフで補い、畳みかけてきた。


 ヌンチャク、ホワチャ! アタタタッタタタタッタタタッタタタ! ホワチョー! ホーーアチョー!


 様々な武器、様々な攻め手、イボットが操るそれらのどれもが一流だった。


 けれども、そのどれもがパレイドリアに届かず、ただサーベルの刃をボロボロにするにとどまった。


 初見殺しを見切る邪眼、だけれども体が追いつかずに防戦一方、結果膠着状態に、先にうんざりしたのはイボットだった。


「おいおいおいおいおいないないないないない、いくら何でもこれはインチキっしょ。俺様の渾身フェイント術、何心でも読めてんの?」


 口を尖らせ、不満を口にしながらヌンチャクを高く放り投げ、代わりに刺さってたバスターソードを引き抜く。


 長めの剣身、長めの柄、片手でも両手でも使えるバランスの剣、右手一つで軽く素振りしてから、ぴたりとその先端をパレイドリアへと向けた。


 向けられたパレイドリア、天気雨と汗で顔に張り付く髪を剥がしながら邪眼を見開く。


 後から染み出る疲労、軽い息切れ、湿って冷たいドレス、だけども体は火照ってる。チラリと見たサーベルはボロボロ通り越してべこべこで、これでは鞘にも収まらないほどで、次にバスターソードと打ち合えば間違いなくボキリといきますわ。


 ならばと周囲を探すも、見つけるよりも先にイボットが叫んだ。


「これでどうだドンドコドン!」


 力強い突撃、右手一本による斬り下ろし、フェイントも何もない一撃、防御無理、見切ったパレイドリアはバックステップで回避する。


 が、これを読んでいたらしいイボット、振り下ろした腕を引いて腹部に当てて無理やり停止、そこからバスターソードを左手にスイッチした。


 そこからの突き上げ、回避不能、このサーベルでは防御も無理、背後で先ほど投げられたヌンチャクが岩に当たる音を耳にしながら、パレイドリアは覚悟を決めて右足を上げた。


 そして突き上げられた剣身を、踏む。


 柔軟な関節が繰り出した足を捨ててでも命を守る捨て身の防御、迷いや躊躇いがあればそれすら間に合わない一手、軽傷で終わったのはイボットのミスだった。


 腹裂きの威力を重視してか切っ先を横に寝かせた突きは刃の腹を無傷で踏むことができた。そのまま体重をかければ、いくらイボットとはいえ、左手一本で押し返せるほどの腕力はなかった。


 そして図らずも出来上がった隙を、パレイドリアは見逃さない。


 先ほどされたように右手を首に巻き付けるように振り上げて、全力をもってべこべこのサーベルを斬り下ろした。


「マジかよ」


 呟くイボットは回避不能、防御不可、この斬撃は逃れられないとパレイドリアは見る。


 刹那、イボットもまた捨て身の防御を選び、拳を握った右手を掲げて盾とした。


 ザン!


 嫌な手ごたえ、顔をしかめるパレイドリアの邪眼は千切れ飛んだ二つを見ていた。


 一つは終に折れて飛んで行ったサーベルの切っ先、そしてもう一つはそれでも斬り飛ばすことができたイボットの右手手首だった。


「ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 声にならない悲鳴、バスターソード手放し出血まきながらバックステップで距離をとるイボット、そして遅れて飛んだ三つ目を邪眼は捕らえていた。


 それはイボットの手首に巻かれていた糸だった。


 ガラスのように透明で、切っ先のように細い糸、それが解かれ、先ずは輪を作り右手の手首を縛って出血、続いて先端が伸びて飛ばされた手の先を掴まえ引き寄せた。


 べちゃり、まるで磁石に吸い寄せられた釘のようにぴったりと元の切断面に収まる手首、そして止血の糸を解くともう接着、五指が自在に動く。一瞬にして切断のダメージが回復したのを邪眼は無情にも見せつけてきた。


 高い再生能力、これは厄介ですわね。


 ため息を飲み込みながら同時に折れたサーベルを捨てるべきかを迷うパレイドリア、そこへイボットが怒鳴りつける。


「いい加減にしろよ何で今の反応しないんだよ」


 すっかりくっついた右手で指さしながら唾飛ばし、捲し立てる。


「今のタイミング完璧だろ? ヌンチャク、背後、物音、振り返らないまでも反応すんのが普通だろが! それを無視しやがってなんなんだよ!」


 言われて、何となく返事するのが誉とパレイドリアは判断した。


「それはこの邪眼の力ですわ」


「あ?」


「この黄金の眼ですわ。この目を通せば見えないものはございませんの」


「あーーーー? んなわけないだろいい加減にしろ!」


 怒鳴り、パレイドリアが返事する前に右手にも巻いてた糸を飛ばして、投げ捨てたはずの酒瓶に巻き付け、引き寄せ、受け取るとそのままラッパ飲みする。


 そして残ってたのの半分を飲み干すと、ゲップ吐き捨て、酒を投げ捨て零しながら、怒りとも狂気とも言える眼差しを見せる。


「だがこの水晶糸は別だ。喰らって死ね」


 両手を広げるイボット、そして糸が展開された。






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