vs オルコット枢機卿4
邪眼では見えていたはず、だけども連続での見逃し、それほどまでに疲弊していると自己分析できないほど、パレイドリアは疲弊していた。
「何勝ち誇ってるんですかー!」
そこへ声を上げるのはオルコット、不機嫌を通り越して怒りを隠しきれておらず、見れば向こうはまだ倒れることなく、ゲロもなかった。
ざっくりとしたパレイドリアの想像、笑いを隠すのに覆っていた口が、図らずも粉塵の侵入を防ぎ低酸素から逃れたのだろう。そう見切ったところへ第二の光線、オルコットの頭上に浮かぶ魔方陣より発射され、これにも当然のように反応できずに胸元に直撃、そしてへたり込んだ。
襲い掛かる倦怠感、熱も息切れもないのに全力で走った後のような猛烈な疲労、へたり込んだらもう立ち上がれず、このまま寝転べば瞬きの間もなく寝てしまうでしょう。
必死に邪眼を見開いて、パレイドリアは休息の誘惑に抗った。
「あーもう。せっかくの天使支部がゲロまみれじゃないですかー! 何か耳も痛いしー! これは大罪ですよ? 地獄に落ちちゃいますよ? ちょっと聞いてますか!」
思いのほか元気なオルコット、足元に転がる天使たちを足蹴りしながら頭上に浮かべた魔方陣に光を集める。
「でも幸運ですね令嬢様。これでまた洗脳の機会が与えられました。これからは私の指導の下、ずーーーっと善行を詰めるんですよ。よかったですね」
オルコットの浮かべた笑みは、その内心の闇をありありと表していた。
どうしようもない悪人、反省というものを一切感じられない人でなし、野放しにすればするほど被害を広げる厄災だった。
負けるわけにはいきませんわ、そう頭に浮かべるのが精いっぱいだった。
「それでは、今までの自分にバイバイしてくださいねー」
そう言って放たれた光線を前に、直撃するのは顔面だと見切っておきながら、だけれどもパレイドリアの手足はピクリとも動かなかった。
代わりに、邪眼が動いた。
顔を覆っていた分とニセチチ空気袋の分、解除して、回復した力でまた黒い物質を作り出し、伸びた先は右腕、覆い包むと同時に外から無理やり動かした。
伸ばした先は腰、へたり込んでなお前を向いてたサーベル、これを引き抜き真横へと掲げた。無意味に宝石を散りばめられた綺麗なだけで切れない刃、それでも磨き抜かれたその腹は、曇り一つない鏡となった。
……反射し弾くまではパレイドリアの計算の内、だけれどもそれがオルコットに命中したのは偶然でしかなかった。
「はへ?」
それでも、直撃したオルコットには効果があり、その長い髪を巻き込むように腰を抜かし、へたり込んだ。
これが最後のチャンス、回復した体力を振り絞り立ち上がる。
同時にオルコット、へたり込んだまま右手の杖を高く掲げる。
光、洗脳、更なる攻撃、させませんわと邪眼ビーム、ダメージなんか微塵もない単発発射、それでもへたり込んだ手あら杖をはぎ取ることはできた。
同時に一気に重くなる体に、それでもパレイドリアはサーベルを杖に身を支え、まるで腰の曲がった老人のようなゆっくりな足取りで、確実に、オルコットへと向かっていった。
対するオルコット、たった一撃で演技する余裕も消し飛び、はぎ取られ転がっていった杖に手を伸ばし、だけど遠すぎて諦めて、次に頭上に魔方陣を作ろうとして、だけれども光もしないで諦めて、だったら逃げようとしてだけども立ち上がれなくて、ただへたり込んだままだった。
「何を、こんな」
呟くだけで何もできないオルコットへ、サーベルを捨てたパレイドリアは最後の数歩をふらつきながら飛び掛かった。
そして邪眼令嬢が枢機卿の上に覆いかぶさる。
まるでベットの上に飛び込むように、オルコットの胸に顔をうずめるパレイドリア、まるで寒い朝の掛布団のように、パレイドリアをどかさなければならないのに肩を掴むだけで剥がせないオルコット、低酸素で苦しむ天使たちの何人かはその光景に『あら~』とつぶやいた。
傍から見れば女の子同士がいちゃつくだけの光景、だけれどもそれでも当人たちは必死だった。
このまま組み付き、あわよくば首を絞めて失神を狙うパレイドリア、それをさせ時と抗うオルコット、命のやり取りでありながらだた互いにもぞもぞと体を触り合い、時折剥がれたかと思ったら真剣な眼差しで見つめ合ったかと思えばまた沈む。
ピンク色に見られていると当人たちはわかっていても、それを打開する余裕すらなかった。
このままではいけませんわ。
疲労の中でも考えを止めないパレイドリア、その考える動作さえも体力を消耗させる中、正解なのか間違いなのか、答えを見出し、即時に実行した。
リゲスヂバサ、邪眼の視力を他者に貸し出す力、同時にパレイドリアの視力は封じられる。
普通の凡眼であっても『見る』という動作、目に与えられた膨大な情報をリアルタイムで勝利し、理解し続けるのはそれだけで大量の体力を消耗する。だから定期的に休職を得るために瞬きをする、とも言われているが、それが邪眼ともなるとけた違いにつかれる。
ましてや何でも見れる邪眼を操るには精神力や集中力もけた違いに消耗する。
それを相手に押し付ける。
この不毛な消耗戦の中ででしか有益ではない攻撃、訪れる闇の中、感触だけでオルコットを感じながら、ふと思い出す。
……洗脳と似て非なるものにマインドコントロールがある。
拷問などの当人にもわかる影響で思想を変える洗脳とは異なり、変えられる自覚すらないまま変えられるのがマインドコントロールだった。
その手法はいくつかあるが、その中でパレイドリアが実際出くわしたのは三歳の時、飛び級で入った学園でだった。
第一段階では疲れさせる。あるいは疲れたものを選んで次に進む。疲労は正常な思考を奪い、考える力を奪う。
第二段階では恐怖と安心を交互に与える。そうやって危機感を揺さぶることで安定的な不安状態に陥れる。
第三段階が最終段階、衝撃的な感動を与える。パレイドリアが受けたのは鎧を着た学園長の救出劇で、そのインパクトによりこれまでの酷い世界をこの人についていけばよりよくなると、妄信的な思考に陥ることになる。
……結果から言えば、パレイドリアは第一段階で脱走し、その余波で他の児童を救出し、結果第三段階をかっぱらう形となった。
そうして最初の取り巻きを手に入れたのだった。
◇
体力が回復した今、冷静な考えで、これは当然の結果でしたわね、とパレイドリアは反省する。
オルコット、その洗脳の力がいつから使えるようになったのかはわからない。けれども、枢機卿の地位にたどり着けるほどの長い時間はあったとはわかる。
その間、身近な人間は自分の操り人形、そこに自我は無く、つまりは孤独だった。
洗脳を施してない人間と触れ合っても、正体を知られれば拒絶されるか、例え受け入れられてもそこに洗脳がなかったかと不安が付きまとう。
自分の洗脳の力が届かない絶対的な存在が現れて初めて孤独から脱出できるが、そんなのが身近にいれば枢機卿になれなかっただろう。
それに、当てはまれる存在など邪眼令嬢ぐらいだろう。
「おかたずけ、終わりました令嬢さま」
片膝ついて、まるで頭を撫でて欲しい子犬のような混ざ無しで見上げてくるオルコットに、パレイドリアは引いていた。
あの光の体力の消耗は、半分が洗脳の延長線上らしく、疲れたと感じただけだったらしく、回復はあっという間だった。
だから冷静な頭で、目の前のオルコットが演技ではないと見えてしまう。
会場にはゲロが残されただけでもう二人きり、何もないので逃げも隠れもできなかった。
だから、パレイドリア、オルコットと向かい合うしかなかった。
「えっと、ご苦労様です」
「はい!」
元気な返事、煌く眼差し、これはこれまで邪眼令嬢に集まる下々と同じだった。
……あの時、狙っていなかったとはいえ、マインドコントロールの形になってしまった。
そして最後のリゲスヂバサ、貸し出された邪眼でオルコットが何を見たかは想像するしかないけれど、そのインパクトにより、心から喜んで膝を屈してしまった。
ちやほやされるのが好きなパレイドリアであったが、それでも相手が悪人だと宇尚に喜べず、だからと言って切り捨てられるほど冷酷でもなかった。
結果、パレイドリアは邪眼をもってしても着地点を見つけられない厄介な問題を抱えてしまった。
「えっと」
「はいわかってます。これからステンドグラスをぶち破って勝利を献上させていただきます。ですがその前に」
オルコット、言うだけ言って跪き、ゲロのかかってないまだ綺麗な大理石な床へ、舌を這わせる。
「あぁ令嬢さまの足跡、おしいですわぁ」
うっとりとしてるオルコットに、パレイドリアはドン引きした。
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