vs ヴァイス・ヴァリエール4
パレイドリアの邪眼には大雑把に分けて三つの能力を有している。
邪眼ビームをはじめ色々と出せる
邪眼は
その反動としてパレイドリア自身の視力が一時的に封じられ一切モノを見ることができなくなるが、そこまでして得られる効果は、敵味方問わず、あまり有益ではなかった。
その理由は単純に、誰一人としてパレイドリア以上に
見たいものを見れるという力は、人が思うよりも強力だ。
例えば誰かの肌かを見たいと思えば距離など関係なしにスッポンポンが見られる。だからと言ってその裸が理想とは、例えばニセチチなどで、見たいものと異なっていた場合、邪眼は修正してみたいものに映しかえる。そうして真偽問わず、見たいもの、ポーズ、シチュエーションを思い浮かべる度にそれを邪眼は無限に見せていく。
そうして邪眼の力に魅入られて、飲み込まれ、中毒となればもはや何も見えなくなる。
……そんな邪眼を常に身に着けていながら飲み込まれないのは、ひとえにパレイドリアが持つ精神力と、それを支える前世での記憶があるからだった。
それをあえて、敵であるヴァイスに貸し出したのは、魅入られるのを前提で、そうなる刹那にでも邪眼のすばらしさを体験させ、屈服させようとの意地からだった。
普段なら、瞼を閉じても訪れることのない闇の中、パレイドリアは耳を澄ませていた。
「なんだ、これは」
驚愕の声、ヴァイス、誰でもこうなる典型的な反応、凡眼に比べて貸し出された邪眼でも見え方が異なるらしい。そうして驚き、戸惑い、これが邪眼だと実感するらしい。
「それが、邪眼が見る光景ですわ」
そこへ声をかけるのは普段はしないこと、だけれども促さなければなかなか先に進まないともパレイドリアは学んでいた。
「応えろ! これはいったいなんだ!」
闇の中、叫ぶヴァイスの声を聴き、若干びっくりしながらもパレイドリアは平然を装う。
「アタクシの邪眼の力を一時的にお貸ししましたの。いかがかしら? ご自身の色変わりの瞳よりも大分とよろしいのでは?」
「貴様ぁ! 俺の目を盗んだな!」
挑発に乗ったヴァイスの怒声、同時に闇の向こうから破壊音轟かせ迫ってくるのが聞こえてくる。
それをパレイドリアは言葉で止める。
「何をおっしゃいますの、アタクシの邪眼をお貸ししただけですわ。アタクシの邪眼は高性能ですの。いかがかしら? 今でしたら、あなた様のおっしゃっている五人の姿もお見えになられるんじゃないかしら?」
これは誘導だった。
……凡眼でもモノを見るのに意識はしない。
それでもちょっとした誘導で目線がいってしまうことはよく見られる。そのちょっとが、邪眼の場合は途轍もなく遠いのだった。
「…………これは」
破壊音が止み、愕然とする声、見えなくてもヴァイスの驚きの表情がパレイドリアには見てとれた。
「馬鹿な、なぜこんなことが、お前たちは、ありえない」
声を聴きながら、パレイドリアは邪眼を誇り、闇の中で微笑んだ。これが邪眼なのだと、見せつけられてご満悦だった。
「やめろ」
それがこの一言で曇る。
「やめろ、俺に、見せるな、あの光景を、あの瞬間を、見たくない見たくない見たくない。見せるな、俺に、見せるな! やめろ! やめろ!」
響く声は、最早悲鳴だった。
「俺の目を返せ! あいつらを返せ! あいつらが残した瞳を、俺の唯一残されたものを! 俺から奪うな!」
そして続く慟哭に、パレイドリアは見間違いをしていたと気が付いた。
……邪眼は見せたいものを見せる。
ここまで悲痛な声を上げるような光景、目を反らしたいなら邪眼は自然と目線を反らす。
そうさせず、邪眼が見せ続けているのは、本人が見たがってるからにほからなない。
ヴァイスの過去に何があったか、パレイドリアに知る由もない。
だけれども慟哭するほどの光景、見続けるのは、自傷行為に近い行為を続けているのは、それだけ自分を責めている証拠だった。
「……こんな目よりも、お前らに生きていてほしかった」
絞り出す声を聴いて、パレイドリアに光が戻った。
「こんなの、アタクシの主義に合いませんわ」
誰に言うでもなく呟いて、
「あぁんもう」
悪態、こちらに来て馴れてしまったスカートの早や脱ぎ、ズボン姿となるまで、ヴァイスは立ち上がらなかった。
……その瞼は赤く千切れ、ひっかいたらしい傷が痛々しく血を流す。
どうやら邪眼を抉り出そうとしていたようだった。
その姿に胸を痛めながらも、パレイドリアは邪眼を反らさなかった。
そしてヴァイスも、その瞳を黄色に変えて睨み返す。
「これで、オワリにいたしますわ」
「あぁ、もう、殺してやる」
パレイドリアとヴァイス、両者同時にその目を見開いた。
一言では形容しがたい立方体、ただ鋭角が収縮した鋭い先端が槍の穂先にのようにパレイドリアに向けられる。
刹那に接触、甲高い音と共に邪眼ビームが引き裂かれた。
それだけの強度、黄色いバリアは誇っていた。そこからなお前に進み出ようとするヴァイスとバリアに、パレイドリアはなお一層の力を邪眼に注ぐ。
太く鋭くなるビーム、負けず輝く黄色いバリア、邪眼と黄色い瞳、力と力、正面でぶつかり合う。
バリアに裂かれたビームが周辺に飛び散り木々を、草を、燃え残った熊の亡骸を吹き飛ばしていく。
優勢はパレイドリア、されどもただ押し勝っているだけ、ヴァイスは後退こそしているが、その身にダメージはないままだった。
そしして閃光、邪眼でさえも目が眩みそうな特大の光を放った刹那、ビームとバリア、同時に消えていた。
荒い呼吸、大粒の汗、疲労困憊、両者とも大きく消耗した中で、先に動いたのはアレイドリアだった。
「で! す! わ!」
掛け声、気合を入れ、残る力を振り絞り前へ、ヴァイスへ突撃する。
対するヴァイスは見えていなかった。
ぶつかり合いの最後の閃光に目が眩み、そん回復に手間取る間、パレイドリアの接近を無防備に許していた。
それでも、左目を青色に変え、右目を黒に、右手を人狼に変えてヴァイスは向かい討つ。
そして両者の距離が必殺に届く刹那の前に、またもヴァイスは驚きの表情を見せた。
その青い瞳と黒い瞳に映ったものを邪眼は見ていた。
それはパレイドリアの姿、力を使い果たし最後の余力として搾り取られ、形を維持できなくなったニセチチの跡地、平坦な胸だった。
その間違い探しにもならない絶対的変化を前にして、ヴァイスがまた己の目を盗まれたと錯覚した、そう看破しておきながら、パレイドリアの攻撃はとめられなかった。
踏み込み、全体重を乗せ、全力で振りかぶり、投げつけたのは、スカートだった。
燃える布、広がって、パレイドリアでさえも驚くほど綺麗に、ヴァイスの頭からすっぽりと覆いかぶせられる。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
一瞬の迷い、判断の遅れ、己の瞳を信じられなかったために、ヴァイスは回避できなかった。
その姿は、まるで先ほどまで自身が熊たちに行っていたかのように凄惨で、見るに耐えない地獄、だけれどもパレイドリアは目を反らさず、だけれども見ている以上のことはできなかった。
ヴァイス、己の炎に巻かれ、暴れ、狂い、パレイドリアから距離をとるようにふらふらと歩いていくと、ほどなくしてぱたりと倒れた。
決着、だけれどもパレイドリアに喜びは薄かった。
「やはり、主義に合いませんわ」
ぼそりと呟くと、それを待っていたかのように転送が始まる。
光に包まれ、透明になっていくパレイドリアの体、疲労と虚無感を感じているその邪眼が、一瞬にして消えるスカートの炎を見逃さなかった。
そしてその下から現れたヴァイスの、恐らくはその五人から受け取ったのではない、本当の眼の目を見つめて、まだ生きていると見てとった。
…………その仕組みを、パレイドリアがちゃんと理解できたのはだいぶたってからだった。
そもそもの話、最初にヴァイスが炎を出したとき、熱がる様子は見られなかった。
これまで聞いてきた断片的な情報を集めたならば、その炎などは大事な五人から受け渡されたものだとわかる。
そこまで思われている相手が受け渡したものならば、ヴァイスを傷つけないのは不思議ではない。
だけどもスカート越しとはいえ、炎はダメージを与えた。
加えて最後は生きていたのに決着となっていた。
この二つの矛盾、考えられるのは場外負けを用いた降参だった。
あの戦いは、広範囲に火を点けたり、ビームとバリアで押し合ったりしてかなりの距離を移動していた。
最初のルール説明では一定範囲内から出たならば反則負けとのこと、それが直接の勝因でしょう。
そして疲労困憊し、それでもまだ最後に絞り出せるニセチチのあったパレイドリアに対して、本当に何もないヴァイスと戦い続けていたのなら、命を失っていたのはヴァイスの方だった。
それを避けるため、あえて炎が苦しめた。恐らくは毒ガスの方が呼吸を乱し、体を縛り、死んだふりをさせていた。
そう考えると、色々と説明がつくとパレイドリアは感じていた。
結果から見れば勝利、実際は生き残られて、だけれどもパレイドリアがヴァイスに与えてしまったダメージは計り知れなかった。
最後の一瞬、ヴァイスは自身の目が邪眼かと迷った。それはそこまで大切にしていた瞳を、疑ったということ、あれだけ思っていた思いに、ケチが付いたということだった。
それを長らく引きずるのか、あるいは忘れて次に行っているのか、今のヴァイスの様子を、パレイドリアは邪眼を通して確認する勇気が、未だになかった。
……ただ、それだけ大切にしていたヴァイスの瞳を、精神的に潰してしまったのではないかという罪悪感が、パレイドリアのニセチチの下の胸に棘を残していた。
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