vs ヴァイス・ヴァリエール1
空は夕暮れ、風は秋、広がるは広葉樹の森、一瞥して今度こそ安全な場所に出られたとパレイドリアは安堵した。
直後、足を滑らせ落下した。
「ほわあああああああああ!!!」
転送直後、降り立ったのはここら周辺で一番背の高い木の、上の方に位置する枝の上だった。
パレイドリアが乗った程度では折れもしなりもしない太さだったが、滑らないわけではなかった。
「で! す! わ!」
広がるスカート抑える間もなく、考えるより先に目につく枝葉に手を伸ばし、触れる全てをへし折って地面へと墜落した。
「のは!」
衝撃で息を吐き、次いで尻の痛みに涙ぐみながらも、擦り傷打撲で済んでるのは、根元近くに生えていた草むらがクッションになったからだった。
落ちどころが悪ければ即死でしたわ。
この戦いでの扱いの悪さにぷりぷり怒りながら、パレイドリアは驚いて飛び出してきた虫たちを払いのけつつ立ち上がった。
そして改めて見回せば、森はやっぱり森だった。
背の高い広葉樹、草むらにキノコにカビと苔、それらが狭いエリアに密集して枝葉を伸ばし、天と地とで静かに縄張り争いを繰り広げている。
それらが密に重なり合って、視野を近くで途切れさせていた。
見通しの悪い場所、手の届く範囲でしか見えないこの場所で、パレイドリアは見えない何かを見ようとして、邪眼を覗き込んで辞めた。
……邪眼は、見たいものが見える。
見たいものが何でも見える、邪眼は最も優れた眼球だった。
そこに問題が、限界があるのは、使う方、人間でしかないパレイドリアの邪眼以外だった。
見たいものが見えるということは見たくないものは見えないということ、もっと言えば、こうであったらいいなという理想ですら見えてしまうのだ。
宝箱を見た時、宝が詰まっているといいなという理想と、実際は空っぽという現実、どちらを見れるかは精神力、その中の集中力に大きく依存し、そして質が悪いことに見えているものの審議は、皮肉にもそうした力がない凡眼の左目で見て初めて答え合わせができるのだった。
……そして現在、広々とした森の中に願望を抱いていた。
それは水浴びできる綺麗な泉だったり、美味しいベリーだったり、あるいはあるいはすでにこと切れている敵の姿だったりした。
そんな状況で
だから力を押さえて、光が届く見えて当たり前の景色だけに集中した。
木と木の間の隙間を通して、限定的に、それでも見られる様々な生き物、それらを食むシカっぽい生き物ととウサギっぽい生き物、それらを狙うキツネっぽい生き物、空に鳥の姿が見えないのは夜が近づいてるからでしょう。
見た限り人の手はほとんどは言ってはおらず、野生のままの森、その中で人工的な色を邪眼は捕らえた。
それは布、凡眼では五色に見える染め物、それを首に巻くのは狼だった。
黒毛黒目、大きな耳にふんわり尻尾、だけども体は人のもの、手足も肉球がありながら人に近く、かと思ったら獣に戻り、木の根と草むらの間を縫うように、あるいは存在しないかのように、こちらへと疾走して来ていた。
人狼、パレイドリアには見慣れた種族だった。
元の世界、令嬢として転生した世界ではその血筋を引く男爵家もおり、それなりに地位も権利も持っていたものの、その常人を超えた身体能力の高さが差別的だと、平等主義を人種差別に置き換えられて、改革派の攻撃を受け、それを助けた経験があった。
それ故、パレイドリアは人狼に対して親近感のようなものを抱いていた。
その人狼、ピタリと森の中で足を止める。
そして耳を動かし、鼻を引くつかせる。
途端に吹いた風、パレイドリアは風上で、人狼は風下だった。
悟られた。
身構えるパレイドリア、対して人狼は二足歩行に戻って、その姿を人間に変えた。
イケメン、なのかしら?
パレイドリアは人間よりも上位の存在からの転生者、なので人の顔の違いは分かっていてもその優劣については疎かった。
みんな同じ顔、美的センスが人とは根本的に異なるパレイドリアは、イケメン相手にもなびかず、不細工相手にも変わらない態度で、それが人気の一因でもあった。
それでも、人狼が顔を動かしストレッチし、そして何度か笑顔の練習をしているのはわかった。
その中で納得のいった笑顔を作り、人狼は残りの森を歩き出す。
友好的な、それを示そうとする動き、敵なんでしょうけど、それでもそんな相手にいきなり攻撃を仕掛けるのは無作法、パレイドリアは自重した。
木を避け草を乗り越え、そうしてやっとパレイドリアの前に現れた。
「やぁ、大丈夫かい?」
人狼だった男は気さくに挨拶してきた。
それはこの戦いの初めに学んだ『誉』、だからパレイドリアも挨拶で返した。
「初めまして。アタクシ、人呼んで邪眼令嬢、名をゲシュタルト=アイ=パレイドリアと申します」
まだ折れた枝が引っ掛かってるままのスカートを広げ、やうやうしくお辞儀すると、人狼は一瞬驚いた顔を、だけど次にはまたあの笑顔に戻っていた。
「あ、どうも。初めまして。えっと、ヴァイス、って言います。どうも」
たどたどしい挨拶、それでも挨拶は済んだ。誉はなされた。
「それでは、始めましょう」
「あ、いや待って!」
ヴァイスと名乗った元人狼慌てて両手を振る。
「僕は戦う気がないんだ! 見てほら! 武器も持ってない! それに痛いのも痛くするのも大っ嫌いだし、それに言われたまま戦うのって変じゃないか。だからここは協力、同盟、談合しよう。ね?」
命乞い、だけども部分的に筋は通ている。目は良くても交渉事は不慣れなパレイドリアは黙ってヴァイスの話を聞くことにした。
「実は僕、この世界の出口を知ってるんだ。あっちの方、彼らはどこでもゲートって呼んでたけど、それを使えば脱出できる。けどその周りにはゲートを守るクマがいっぱいいて、僕一人じゃとてもじゃないけど突破できなくて」
「そんなの、見えませんわよ」
思わず口を挟む。
世界間を繋ぐ門、その手のものが存在するのはこちらに来てから何度か見てきたパレイドリア、だけども少なくともこの森には、それが巻き起こす空間の歪みや重力の変動などが見られなかった。
「いや、あっちの方、見えないぐらい遠くに、だけど歩いて行けるぐらいの距離にあるんだ。だから一緒に来てほしいんだ」
説得、ヴァイスが嘘を言ってるかはわからないけれど、嘘なのは見ればわかる。
けれど、こうまでして必死に説得する相手を無下にすることは、パレイドリアの流儀に反していた。
「えぇいいですわよ。一緒に参りましょう」
応えると、ヴァイスの笑顔が大きくなった。
「ありがとうございます邪眼さん!」
嬉しそうな声上げてガサゴソと近寄ってくるヴァイス、その動作から、友情の儀式を執り行うものとパレイドリアは察して、先に差し出した。
「……これは、なんですか?」
何故だか右手を差し出してるヴァイスが、当然として右足を差し出しているパレイドリアに訪ねる。
「なんですかも何も、協力の証として、友情の儀式として、アタクシの靴をお舐めになられるのでしょう? さぁ、ご存分に」
他意はない。
パレイドリアにとって靴を舐めさせる行為は相手への賛辞、相手が泣いて感激するはずの行為であって、それ以下の意味はなかった。
だけれども、異世界通して世間一般的な意味合いとして、ヴァイスは受け取った。
「……安芝居には付き合えねぇってか?」
手を引っ込め、笑顔が消え、声に棘が生えて、ヴァイスは正体を現した。
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