vsジャーニーとヒョウガのヒョウガの方 3

 凡眼であっても、状況が悪化したことは見て取れた。


 相手は強力な遠距離攻撃を行い、こちらを見ることができ、らしくない奇襲の天井落しは回避され、逆に空気を失う結果となった。


 邪眼を使えば、ここが密閉された空間で、外に空気がないことは見れとれるのだが、それを行う余裕と精神力とが伴わず、こうなった。


 絶望的な状況、しかし邪眼令嬢としてハイスピードライフを送ってきたパレイドリアにとって、この程度は見慣れた絶望だった。


 絶望の中でも希望を見いだせる視力が邪眼にはあった。


 乱射が止んだ後、砕け散った天井が落ちきる前、ガバリと立ち上がるや邪眼を男へ向ける。


 向けられた男、その凡眼では見えてるはずもないに、あるいは勘の類で反応し、その銃をパレイドリアに向けた。


 バガンバガンバガン!!!


 速かったのは男、乱射を再開し建物を打ち抜いていく。


 この過酷な環境の中、長い月日を放置されていたと思われる建物であっても、それを容易に撃ち抜く火力、人体に当たれば一たまりもない破壊の突風の中、邪眼は冷静に銃口がこちらを向いていないのを見切っていた。


 バガンバガンバガン!!!


 すぐ傍を掠め、熱い空気を流し、そして髪の一部を千切る弾に、だけどもパレイドリアは瞬きもせず集中した。


 そして次、銃口が確実にそのニセチチに向いたのとほぼ同時に、邪眼が光った。


 邪眼ビーム、極太。


 体温調整云々を投げ捨て、短期決戦を目指した渾身の一閃は、飛来する弾幕や残る建物を撃ち貫き、男の灰色の鎧に、直撃した。


 ……しかし、威力はいまいちだった。


 理由は様々散見できる。


 一つは乱射により新たにまかれた金属、そこから立ち上る湯気と凍り付いた霧、撃ち抜かれた建物に巻き上がった埃など粉塵が中空を舞い散り、それらがビームを霧散し、威力を分散させた。


 更に天井から入ってきたガス、無色透明ながらそこらの空気とは密度が違い、それが屈折を生んでいた。


 当然パレイドリア自身の体力の低下、先ほどの邪眼の複数乱用にこの低温、目立った激しい運動こそないけれど、体力を摩耗する要素ばかりだった。


 そして、何より灰色の装甲が、ビームに耐えていた。表面に塗られたごく普通に見える塗料、だけどもそれ自体がビームを受けて蒸発し、汗が体温を下げるのと同じ効果でビームの威力を弱体化していた。


 これは間違いなくビームを想定しての機能、偶然ではありませんわね。


 そう見破ったところで限界が来た。


 ぷはぁと止めてた息を吐き出し、黒のビームが途切れると一瞬熱せられた空気が前髪に触れ、そしてすぐに極寒に戻った。


 前よりも一段と寒く感じるのは、それだけ体力を消耗したから、加えてガスは水よりもさらりと流れてすぐ目の前まで迫ってきていた。


 だというに、男は諸々のガスの中、当然のように動き、その銃をパレイドリアに向け、引き金を引いた。


 パギャン!


 これまでにない破裂音、見れば銃身が破裂していた。


 金属を急激な加熱と冷却を繰り返すと熱による膨張にひずみが産まれ、耐えきれずに割れる。


 学園の科学の授業で出たテスト問題、現象の名前は忘れてしまったが、実際に見るのは初めてだった。


 その破裂のダメージか、男の体がガガガと震えている。ただしそれは鎧の関節に破片が挟まった結果であって、本体にダメージは見られない。


 同時に、その体は完全に落ちてきたガスに包まれているのだが、だというのに苦しむ様子は無い。それどころか、口の周辺からは白い息が漏れ出てなかった。


 ……凍える中で、パレイドリアは驚きを隠せなかった。


 あの鎧、あそこまで警戒に動けるにも関わらず、機密性が高いのだ。そうすることで外界の低温を遮断して体温を維持し、かつ透明なガスから呼吸を守っている。


 驚きから閃き、閃きから発明へ、開眼した。


 パレイドリアは自身の長所として邪眼をはじめ色々あると自負しているが、客観的な意見での長所の中に『素直さ』が挙げられた。


 例え相手が身分の低い相手であっても、自分よりも優れていれば褒めたたえ、良い考えならば積極的に採用していく。


 それが遺憾なく発揮された。


 ドロリ、邪眼より黒い液体が溢れ出る。


 粘度は高く、量は多く、あっという間にその顔を、髪を、首を、首から下を覆い隠していく。


 そうしてすっぽりと、全身を覆い包み隠した。


 ビゾンンバリザ基本の涙ザンギャンバリザ反射の涙の合わせ技、表面を固体でカバーしながら内側は液体として吸収して体力を向上させる。新たに名前を付けるべき新技の開眼だった。


 ……ただ、閃いた時は、体にぺったりと張り付いた、裸に絵の具を塗ったようないかがわしいながらも美しいものになると思っていたパレイドリアだったが、実際は全くの別物となった。


 着ている服も巻き込んでしまったために細いはずのシルエットは半端な小太りに、その服の皺が表面に出てしまって古木の樹皮みたいに、だというのにニセチチの胸だけは立派で、だけどここに空気を貯めてしまったため弄ることもできなくて、顔などはただ邪眼だけがぎょろりと覗いているだけだった。


 みっともない格好、人前に出られない姿、次やるときは全裸からですわね。反省しながらも、手足を動かし、問題なく動けるのを確認する。


 問題なし。ただし呼吸は胸の分だけ、時間はあまりない。


 それでもあえて呼吸を整え、パレイドリアは男の元へと駆けだした。


 この状況、解除すれば助からない。つまりはビームは不可、接近戦しか残されてない。あんな大男、どうやって倒すか考えてもいないが、必ず距離は詰める必要がある。


 判断し、足早に、転ばぬ程度の速度で、来た道戻り、公園方面から、雪が積もる広い道を抜け、塔の前へ、思ったよりも広がってなかった天井の瓦礫の中、男は動かなくなった鎧を脱ぎ捨てようとしてるところだった。


 その口にはよくわからないものが加えられている。原理までは見れても理解できないが、ただそれがこのガスの中でも呼吸ができるカラクリであるとは見えた。


 そんな男、カラクリを咥えたまま不意に顔を上げ、パレイドリアの唯一むき出しの邪眼と目は合った。


「ば、化物が!」


 合うや叫ぶ男、咥えたあれは呼吸もできるし会話もできるらしい。


 観察に一瞬を使ってしまったパレイドリアへ、男は銃らしき金属の塊を引っ張り出すも慌ててるからか腰のあたりで引っ掛かり抜けないでいた。


 それを見て観察きり止めて加速するパレイドリア、皺のよった服が肌を擦ってくすぐったいが気にする暇もなくただ走る。


 それに男は銃を諦め、別の銃を取り出した。


 前よりも小型で片手で使えそうな後、左手一つでブレもなしに狙いを付けて、発砲した。


 パン! カン!


 軽い発射音、そして命中、パレイドリアは大きくのけ反った。


 ……ただしその足は止まらず、ただ当たった邪眼の裏側に刺さるような痛みを感じながらも、一切のダメージがなかった。


「きかねぇとか映画かよ!」


 怒鳴りながら連射する男、その大半は大きく外れたが、一発が足に、一発が胸に命中した。


 ……足のダメージはさほどではない。鈍い痛み、絶対青あざ、だけども出血骨折無く、密封する黒が想像以上に丈夫であった。


 しかし、胸は弾けた。


 中に空気を詰めて膨らませた、いわば風船、そこに弾が刺されば、弾ける。


 一瞬脳が沸騰しかけるも、入ってきた冷たい空気に冷やされ、クールになれた。


 暴走は回避、だけども空気は失われて、短くなった残り時間、いやでも足が速くなる。


「こんなの聞いてねぇぞ!」


 悪態吐き捨て鎧捨て、男は背中を向けて逃げ出した。


 現状最も困る時間稼ぎをされて悪態を吐きたいパレイドリア、それでも仕方なく後を追う。


 そうして入っていったのは塔の横、また別の建物だった。


 勝手口のような出入口にドアは無く、中に灯りもない。柱の少ない室内は天井が高く、一定間隔で金属の棚が並べられていた。


 倉庫に見える内部には荷物の類は少なく、ただ一番奥にその棚を倒してバリケードにしてある一画があった。


 その裏には金属の箱、男は棚の裏からちらちらと顔を出しながら、厳重に絞められた鍵を開けようとしていた。


 その後を追って中へ駆け込むパレイドリア、暗がりなど気にも留めずただまっすぐ、呼吸が止まるより先に男へと気があせる。


 と、糸を踏んだ。


 蜘蛛の糸よりも太くてしっかりとした透明の糸、その一端は左側の棚の足に、もう一端は反対右側の棚の足に縛り付けられた金属の何かに繋がって、間の通路を渡すように張ってあった。


 そしてその金属の何かの方から糸が、それと結んであった金属の輪が外れると、種ポンと何かが飛び上がった。


 それが胸の高さに来て、同時に男のしてやったりの笑顔を見て、ようやっとそれが罠だと気が付いた。


 ……それでもなお理解して切れないパレイドリア、困惑、混乱、恐怖、緊張、それら一切を本能がまとめ上げると、後は勝手に体が動いていた。


 全身の黒を装甲からエネルギーに変換、踏み込んだ足を踏みとどまらせ、振っていた腕を無理やり伸ばしそのなんだかわからない金属へ、動体視力は言うまでもなく、難なく掴むや、投げ飛ばした。


 方向は、男のいる方にだった。


 刹那に爆発、爆音と衝撃と爆炎と、遅れて無数の金属弾、パレイドリアと男とどちらとも取れない半端な位置で破裂した。


 衝撃で冷たい床に投げ出される二人、ダメージは、パレイドリアの方が圧倒的に大きい。


 投げた腕、平たくなった胸、足に腰のどこか、破片が降り注ぎこれまでで薄くなってた黒を抜け、服を抜き、肌に食い込んでいた。


 出血、外気にさらされすぐさま凍り付いてさほど流れ出なかったが、代わりに内部から容赦なく体温を奪い去る。


 対する男は無傷だった。


 距離と角度、それに棚の裏にほぼほぼ隠れていたおかげで大半の金属球はかすりもせず、ただ一発だけが、口に咥えていた何かに当たった。


 それだけ、だけども、男の顔色がみるみる変わる。


 ガバリと立ち上がり、両手て口と何かを押さえ、だけども抑えきれず、その場をいったり来たり、落ち着きを失った。


 どうやらあのカラクリ、壊れたらしい。


 逆に顔に被害を受けてなかったパレイドリアは、それでも痛みと寒さから立たずにじっとして、ただ男を冷静に見つめていた。


 対する男は目を見開いて焦りと恐怖とを映し出している。


 速くなる鼓動、荒くなる呼吸、男の空気が労委されていく。


 ……本来ならば、どちらも呼吸できない状況、むしろここまで走ってきた分とこのダメージとでパレイドリアが先に息が上がる。


 だけれども突如の呼吸困難に、戦いに勝てればすぐさま転送されると知っているはずなのに忘れている男の方が、圧倒的に窒息に近かった。


 こんな勝ち方、らしくありませんわ。


 自分で自分を小ばかにする邪眼令嬢だったが、この戦いだけは特別、あの靴を舐めてくれたかわいいもののため、あえて誉を捨てて勝利をとった。そんな自分を自画自賛しながら、男がばたりと倒れるのじっと見つめていた。

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