vsジャーニーとヒョウガのヒョウガの方 1
転送された瞬間、ずぼり、と沈み、またかとパレイドリアは思った。
しかし今回降り立ったのは雪の上、足首が埋まる程度で止まりほっとする。
途端、震える。
第一戦と打って変わっての極寒の地、薄暗く、ものすごく寒い。
今のドレスは秋口から初夏に着るやや暖かなデザイン、それでも室内でを想定しており、こんな雪の中を進む服ではなかった。
両手で肘を掴み、その場で素早く足踏みしながら、急いでここはどこかを見極める。
周囲は開けた空間、ベンチ、あと何かの枠組み、その向こうには高い塔、その天辺は空つ繋がり、つまりは飢えには天井があって、ここが広大な室内であるとわかる。
その塔の一階部分は入れるようで、雪の間にドアが見えるとほぼ同時にそちらへと踏み出していた。
吐く息が白く氷り、吸う息が肺を傷つける。
絶対氷点下の気温、その場に留まれば凍死は免れない。
敵と戦う前に低温と戦いながら、あぁもうと走るのに邪魔なスカートに手をかける。
滑らかな肌触りのシルクを青く染め上げ、内側に鯨の髭で骨組み通してふっくらと膨らませたスカート、腰のボタンをはずして脱いで、そして一瞬迷ってから頭からかぶった。
邪眼を通さなくとも想像できる令嬢の姿、好意的に表現すれば、散発の時に付けるエプロンのようで、だけども実際は首から下がこんもり膨らんだ得体のしれない面白生物に成り下がっていた。
それでも寒さは少し和らぐ。
加えて邪眼を発熱させ、
ここは走れない。
雪山遭難の経験などないパレイドリアであったが、文献でその悲惨さは読み解いていた。
低温の場所で激しい運動をして、うっかり汗をかいたらその水分が凍り付いて死ぬ。
だから焦らず走らず、汗をかかない程度の運動で済まさなければならない。
頭ではわかっていても、現実は焦るもので、雪に足をとられ、低温に体が強張り、そしてなぜだかふらつく視野に気持ちの悪さを感じながらも、途方もない、だけど実際はそうでもない時間をかけてようやく塔の根元までやってこれた。
近くで見るまでもなく、塔は長い間放置されてきたようで、両開きの扉が半開きに開き、その中の暗闇がぽっかりと口を開けている。
しかし邪眼にとって光も闇もあってないようなもの、関係なしに中へと入る。
……放置されている外見とは打って変わって、中は綺麗だった。
チリ一つない床、染み一つない壁、ここはレストランなのか円形のテーブルと椅子とがいくつも並んでいた。
そして、室内だからと言って温かいわけではなかった。
これは、まずいですわ。
凡眼の左目に焦りの色が浮かび上がる。
今はとにかく熱がいる。
そのためには、火だ。
思いつくも、ここのテーブルも椅子もどれもが見慣れぬ材質、金属ではなさそうと見ることはできても、だから何だと理解は別の邪眼では燃やせるのかどうか、燃やしても安全なのかまではわからない。
だったら手持ちを燃やすしかない。
首を通してたスカートを投げ捨て、邪魔な椅子とテーブルを蹴り退かし、そして腰に差してたサーベルを引き抜くや、その刀身に微調整を施した邪眼ビームを放つ。
ビームは光、だったら反射しそうなものだし、闇属性なら逆に冷えそうなものだが、狙った通り見た目だけ豪勢で一切切れないサーベルは赤く発熱した。
それをスカートに押し当て、ダメ押しのビームを咥えて、フーフーしたらぽっと炎が灯った。
残念ながら赤い普通の火、それでも一気に気温が安全なレベルまで上げることができた。
サーベル投げ捨て両手をかざし、暖を取る令嬢、ふとその上がる煙を見て、先ほどから感じる気持ちの悪さの原因がわかった。
重力が軽いのだ。
だから光の曲がり方がこれまでと違う。
凡眼ならば気が付けないほど些細な変化、だけども邪眼だからこそわかる変化で、それを脳が上手く処理しきれずに気持ち悪くなってるのだ。
そう思って、だったらどれくらいかしらとその場で垂直に飛んでみる。
天井に頭をぶつけた。
軽くのはずがこのジャンプ力、これまで気が付けなかったのは寒さと汗をかかないじれったさとのせい、ここは間違いなくこれまでいた場所とは根本的に異なる場所だった。
……とはいえ、ここは室内だし、そもそも相手はよくわからない女神だし、重力の強さくらいは平然と操れるでしょう。
思っていたら、不意にこの一階に動くものが現れた。
素早く動き、焚火を挟んで相手と向き合うパレイドリア、だけどもそのシルエットから、身構えることはなかった。
程なくして、現れたのは、床の上をすべる円柱状の『何か』だった。
魔力もないが生命力もない、恐らくは未知の技術で動いているゴーレム、その表面の感じ、周囲と似通った材質から、ここを作ったものと同じ作者だろうとまでは見破れた。
そして武装の類も、戦う意思もなさそうな円柱を、邪眼令嬢は可愛いと判断した。
「突然の来訪、及び室内での焚火、これらのご無礼、お許しください」
焚火の向こうに出ながら両手を上げ、敵意のないことを示しながらできる限り優しく話しかける。
ぽーぱ。
それに対して返事なのがただ鳴っただけなのか、円柱は独特な音を鳴らす。
「アタクシ、ゲシュタルト=アイ=パレイドリアと申します。どうかお見知りおきを」
目は良くても耳は良くない邪眼令嬢、それでもその音を友好的な挨拶と解釈し、ブラウスの裾を広げてやうやうしくお辞儀する。
ぷーぱぽ。
またも音、これをパレイドリアは挨拶の返事と取った。
こちらに来てから初めての友好的な相手、ここが戦地と知りながらも、友情を深めずにはいられなかった。
「それでは、友情の証に」
故に、すくりを足を伸ばし、傾ける。
「存分にお舐め下さい」
……これまで、こう言って足を差し出すと、九割が『何が?』と聞き直した。
事前に伝え聞いていたり、あるいは何度もわかりやすく丁寧に説明しても多くのものは理解できず、終いには怒り出すものさえもいた。
だけどもその大半は、パレイドリアの偉大さを知ることで、その靴を舐めることが如何に栄誉なことか、そして舐めさせる彼女の慈悲がどれほどのものか、涙を流しながら、あるいは血反吐を吐きながら、ようやく理解するのだった。
……だか、この円柱は少し違った。
差し出された足に、靴に、ぴぽぽぽと鳴らした後、ブシュ―と空気を噴き出し宙に浮くや、クルリとひっくり返って下が上になった。
そして上から角ばった腕が伸びると足になり、逆立ちの体勢になると、その下の、ぽっかりと開いていた、細かな髭がブラシのように並ぶ口を押し当て、ぶるぶると震えだした。
邪眼令嬢、歓喜する。
一発目、一言目で、テレも何もなく素直に靴を舐める存在に、出会えた。
人知れずパレイドリアは顔を赤らめ、にやけていた。
そうとは知らず、円柱が靴より離れると、白い靴は磨かれたようにピカピカだった。
「もしよろしければ、もう少しいかが? 味変もできますのよ?」
言いながらいそいそとレモンソルトの小瓶を取り出すパレイドリア、それを前にして、またぴぽぱぽとなる円柱、このじゃれ合いを、弾幕が引き裂いた。
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