vs謎の美少女ゾンビ鮫遣いZ 1

 魔叉煮まさにデス☆ビーチ、殺人的な太陽の下、どこまでも広がる海原と、そのほぼ中心にある半径10mほどの白い砂浜で、最初の戦闘会場は構成されていた。


 事前に何も知らされたなかったパレイドリアは、転送されるとほぼ同時に落下、

 そして水に触れると同時に『アッ!』と短く悲鳴を上げた。


「この海、『深い』ッッボボボボボボボボッ!ボゥホゥ!ブオオオオバオウッバ!

 どぼじで!流されっ、ちゃボボボボボ!」


 降り立ったのは海の上、如何に邪眼を持つ令嬢であろうともダイブは避けられず、当たり前のこととして海中に沈む。


 加えて肌の露出を最小に抑えた豪勢なドレスは、海水を吸うことによって鉛のように重く絡みつき、より深淵へと引きずり込む。


 溺れるのは無理からぬことだった。


 いきなり即死では神が手を下し殺したようなもの、だから最初の一歩は安全にしてあります、天使の説明、あった。


 よくもぬけぬけとあの天使め、言ってのけましたわね。頭の中でぷりぷり怒りながらも、パレイどんなの手足は酸素を求めて暴れ掻いていた。


 しかし一向に酸素は遠く、海中に広がるスカートが腕に絡み、ブーツを履いた足は水を蹴れず、邪眼はただ太陽の光を見るばかりで、いたずらに酸素と体力が消耗していった。


 ……このままでは、死にますわ。


 本能が冷静さを叩き起こし、思考が巡って邪眼が活路を見出す。


バンジョグンバリザ感情の涙


 邪眼より発射される黒いビーム、間の海水をわずかに泡立てさせて、その先にある邪魔なスカートを一閃、切除した。


 同時に履いてたブーツを脱ぎ捨て、サーベル抜き捨て、その他重いもの全部を海中へと沈めて身軽に、まともに犬かきができるようになってようやく海面へと上がることができた。


「ぷはぁ!」


 令嬢とは思えない大口を開けて目いっぱい酸素を取り込み、呼吸を整え、そしてようやく、すぐそこに砂浜があることに気が付いた。


 ……手で四掻き、泳いで何とか足がついた。


 いきなりの命の危機、脱して、荒い呼吸を整えつつ、それでもまだ始まったばかりと砂浜へと歩いてく。


 その背後、端のない視界のどこかで映る海の中に泳ぐ大量の鮫、認めながらもまだ距離はあると、無益な殺生はいいでしょうと、ともかく今は休みたいですわと、無視して歩き続けて砂浜に上がった。


 濡れたわかめのように張り付くドレスの残骸を引きはがすように脱ぎ捨て、気が付けば下は下着だけ、上も濡れて張り付いたブラウスとかなりきわどい格好になっていたが、それを恥じることなく全身を震わせ海水の雫を払い落とす。


 そうして一望する海岸には、これと言って目ぼしいものはない。


 砂浜にあるのは中央にヤシの木が一本、生えているだけで、他に影もなく、ただ上からと照り返しの下からの太陽光で焙られるだけだった。


 対戦相手はどこかしら?


 頭の中で自問しながら濡れた髪を絞るパレイドリア、その邪眼が砂浜の向こうの水しぶきを見つける。


 他にいるのは鮫ばかり、行く当てもないらとそちらに歩いていくと、女性の声が、断続的に聞こえてきた。


「この鮫、『強い』ッッボボボボボボボボッ!ボゥホゥ!ブオオオオバオウッバ!

 だずげで!流されっ、ちゃボボボボボ!」


 ……これが邪眼令嬢と謎の美少女ゾンビ鮫遣いとの第一接触だった。


 ◇


 見た限り、その女性は溺れているというよりも、鮫に齧られていた。


 例えるなら犬が骨を手に入れて興奮し、咥えたまま首を振り回すように、女性は鮫に齧られ振り回されていた。


 その肌は青白い。


 痩せた体に青色の花をあしらったシャツ、顔には不釣り合いな色眼鏡、その細い右腕と胸の半分を鮫に齧られながらも出血は少なく、しかし海中と海面を往復させられている顔は必至の形相、悲鳴と共に泡を吐き出すその口は生きていると叫んでいた。


 この、食い殺されるのが先か、溺れ死ぬのが先か、ともかく死にかけている女性こそが、この世界に来て唯一接触できた人物である。


 あの天使の言う通りならば彼女が敵となるわけで、だとしたらもう決着はついているようなもの、ほっとけば自動で勝利となる光景だった。


 だが、パレイドリアの自尊心はそれを許さなかった。


 それではただの『拾ったチートで粋がるやろう』ですわ。


 心に思うやパレイドンナはすぐに行動した。


 湿ったブラウスの裾を絞りながら一歩二歩と近づき、海中の彼女を見下ろす距離まで近づくと、ぱちりと一度、瞬きした。


 そして煌く邪眼、凡眼にも力が集まっていくのがわかる。


バンジョグンバリザ感情の涙


 先ほど己のスカートを切り裂いた黒色のビーム、ためらいも警告もなくぶっ放し、海中で暴れる鮫諸共彼女を吹き飛ばした。


 沸騰する海水、ミンチになった肉が拡販されて海水が赤く泡立つ。


 ビーム終了と共に登るむせ返るような生臭い臭いにパレイドリアの顔がわずかに歪む。


「じょっごいまのはないべしょうよ!」


 一声、ごぼぼと水の吐き出す音と共に言い放ちながら、這いずりながら海岸に打ち上げられたのは先ほどの彼女だった。


「ぶつう! 溺れでる可愛いハロウィン系女子いたら助けるでしょ何でぶったなしてんのさ!」


 足を海水に付けたまま、仰向けに寝そべり、上を見上げるように溺れてた彼女はパレイドンナを見上げる。


 これにパレイドリアは邪眼の眉を吊り上げ見下ろし返した。


「何をおっしゃいますの。これは理不尽ながら殺し合い、ならば最善手をもって戦うのが礼儀でございましょう。それを、失礼、お名前を伺っても?」


「えーっとここではZ]


「それをココデハゼータさん、あなた様は勝手に鮫とお戯れになられて、それが終わるまでアタクシに待てとおっしゃいますの? それこそ無礼ではございませんか」


「ばっきゃろい! あれはお戯れじゃなくてじゃれ合ってただけで……あってんのか? とーにーかーくー! こういうバトルは最初に名乗り合って、互いの準備が整うまで待って、それからいざ尋常にってのが普通でしょ! ほら今はやりの『誉』ってやつー!」


 唇とがらせ言い放つZ、その言葉に、パレイドリアは凡眼でもわかるほど大きく動揺して見せた。


「ほ、ほまれ」


 パレイドリアは人よりもはるかに優れた種族から転生してきた、との自負がある。


 人よりも尊い存在、だからこそその人の中でみっともないとされることをするのは更に堕ちることを意味し、嫌ってきた。


 殺し合いに情けは無作法、そう教わってきたパレイドリアにとって、誉ある一騎打ちというのは、長らく赤派の革命家どもと血で血を洗う抗争を繰り返してきた学園生活の中で、知識としては知っていても、あこがれるだけで実践できるものではなかった。


 それを、今、こんな場所で、実行できるだなんて、突然のサプライズにパレイドリアの顔は邪眼でなくても見破れるほどに嬉しそうだった。


「そうですわ。誉は大事ですわ。何せ誉は、誉ですわ」


 態度を急変させたパレイドリアに、Zはあからさまに悪いこと思いついた笑顔を浮かべる。


「よーしじゃあ最初から、誉ある自己紹介から」


「モチロンですわ」


「あーでも、ほら、あたしたち一度やっちゃったじゃん。それをもう一度やり直すのって、粋じゃないじゃん」


「粋なんて下賤な発想、どうでもいいですわ」


「いや、そこは、大丈夫。ちょっと待ってて」


 言うや起き上がり、パレイドリアに背を向けて座る格好でZ、何やらパンツの辺りをガサゴソやる。


 そして引っ張り出したのは小さな笛だった。


 それを手に、一瞬考えた後、海水で洗ってからパクリを咥えて、Zは空目掛けて大きく吹き鳴らした。


 パーポパーポパパラパーンパァンポン♪


 どちらかというとキテレツな小学生が江戸時代の発明を紹介するような音色が響き渡ると、ざばぁんと海より浮かび上がり、空中を泳ぐ鮫が現れた。


 そしてぐんぐんとこちらに迫って来るとぐるり旋回、Zとの上で優雅にその姿を見せつけた。


「喋れないから代わりにあたいが紹介、この子はベンゾー、それじゃあお姉さん、初めてのチュー、じゃなかった自己紹介、いってみよー!」


 寝そべりながら進めるZ、それでも乗っかるパレイドリアはコホンと喉を鳴らす。


「お初にお目にかかります。アタクシ、名をゲシュタルト=アイ=パレイドリア、人呼んで『邪眼令嬢』とも呼ばれております。


 スカートの代わりにブラウスの裾を広げ、右足を後ろに、左足だけで立ちながら背筋はまっすぐ、深々とお辞儀する。


 もっともお行儀のよい挨拶カーテシーを前に、ベンゾーと呼ばれた鮫は一度尾ひれを震わせると、そのままするりとその下げられた頭へ向かい、ガバリと大きな口を広げた。


 鮫の腹は誉では膨れず、ただ肉を求めるのみだった。

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