プロローグ

「話が見えませんわ」


 真っ白な空間に薔薇のような声が響く。


 凛として美しく、だけどもいら立ちの棘を隠さない声だった。


 声の主、パレイドリアはこの空間に置かれたただ一つの椅子に腰を下ろし、長い足を組みながらその『邪眼』でじろりと、目の前に立つ天使を睨みつけていた。


「要するに、アタクシに戦え、とおっしゃいますのね?」


「左様にございます」


 天使、皺一つない白のスーツに金髪七三分けの頭上に光輪を浮かべた青年は、やうやうしくその頭と光輪とを下げながらパレイドリアへと回答する。


「これは我が主、偉大なる女神のご意思にございます。そしてその女神さまの御前にて、死闘を献上できること、この上なく名誉なことではありませんか」


「そこですわ」


 ぴしゃりと言い放ち、不自然にでかい胸を揺らしながら、足を組みなおす。


「アタクシ、こちらに召喚されたのも突然のことで、何の準備も引き継ぎもできてませんの。お陰で、色々と投げっぱなしで、アタクシだけでなく多くの方々にも迷惑をかけてしまいましたわ。それで戦えとは、無礼じゃございません?」


「無礼?」


「そもそも、アタクシその女神さまとやらを存じませんの。なのにいきなりその部下やら天使やらがやってきてありがたがれという方が無茶でなくて? アタクシにどうしても戦ってほしいというのなら、この場で直接やってきてお願いするべきじゃないかしら?」


「……黙れこの風情が」


 天使の声が反転し、これまでの丁寧な言葉遣いから凶暴な、そして威圧するもの屁と打って変わった。


 下げてた頭を上げ、今度は逆にふんぞり返って、目の前に座るパレイドリアを見下す。


「本来ならば貴様のような信仰亡き者は天罰で速やかに処罰すべき存在。しかし神々の間で取り交わされた掟により手が出せない。貴様を殺さずこんな手間のかかる方法をとったのはそれだけだ。わかったらさっさと戦って死ね」


「……やっと本当のご自身をお見せになりましたわね」


 威圧する天使に対しパレイドリアは余裕の笑みで、だけども負けぬほど強い威圧感をもって、応える。


「それで? 勝ち抜けたならどんな願いも一つだけかなえて頂けると?」


「あぁ、できるものならな」


「不可能ですわね。


「一応、あり得ない話だが、これだけは断言してやる。戦いに勝てばどんな願いもたった一つだけだが、かなえてやる。これは神々の掟の範囲、約束は守る」


「ただし理不尽でなければ、例えば願いの数を増やしたりとかはできない、でしたわね? それを抜きにしてもあなた方にはできない」


「おいしつこいぞ」


「でしたら、この、もう一つ下さいますの?」


 ぎょろりと、パレイドリアの右目、黄金の瞳を持つ邪眼が蠢くと、天使は沈黙するしかなかった。


「これは意地悪を言ってしまいましたわ。どうかお許しになられて。あなた方天使と、普通の人間との間には確かに人と虫ほどの力の差がおありですが、それと同じほどの差が、あなた方ととの間にありますものね。こればかりは、どうこうできるものではありませんものね」


 クスリと、正に小ばかにした笑みを浮かべるパレイドリア、天使が向ける眼差しは悔しさを通り越して憎悪に近いものだった。


「まさか、とは思いますが、ひょっとしてこの戦いで敗れたアタクシからこの邪眼、奪い取るおつもりではありませんよね?」


「おしゃべりはそこまでだ。お前の目ん玉が何だろうと、ここで戦い勝ち残らなければ死ぬのは同じだ」


 話をぶった切られ、パレイドリアは肩をすくめる。


「おっしゃる通りですわ。アタクシ、今まで通りなのはこの右目のみ、それ以外はただの人、先ほどの例えで申しますと、虫たち眼球、ですわね。ん~それはそれで見ものですわ」


 愉快そうに鼻を鳴らしながらパレイドリアは立ち上がる。


「それでは、始めてくださいませ」

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