17_アーリーイヤーズ
しばらくそうやって練習を続けてたところで、練習時間残り時間十分のアラームが鳴った。早い。やっぱ音を合わせている時間は本当に直ぐ過ぎる。名残惜しい気持ちを抱きながらも、ああ部活っていいなぁ、なんてつくづく思って、ベースの弦を緩めようとペグに手を掛けた。
「あら? もう終わりなの?」
「ああ、一応決まりだからな。時間超過すると違反切符切られる」
「ふうん。そ。残念ねー」
何故か携帯を眺めた後に、部室の出口を一瞥するあざみ。なんだそのわざとらしい口調。まるでまだ隠し球があるみたいじゃないか。俺はあざみを睨んだ。
「なんか企んでるな」
「なんの話かしら」
涼しい顔をして、あざみは吐き捨てる。俺の言葉なんて気にもせず棒アメを口に入れて、携帯をぴこぴこし出した。すると、へっ、と気持ち悪い笑みを浮かべて、あざみはギターをポイと机に置いたと思うと、ドラムを片そうとしてる太郎の首根っこを掴み出口へと向かっていった。どういう事?
「ちょ、ちょっと! 美浜さん!? これはなんの罰ゲーム!? 宮ちゃんヘルプミー!」
虚しく響く友人の声に、南無三と言っておく。フィリピンに帰れ。
「……しかし、なんなんだあの女」
思えば、小学生の頃もあんな感じで、体の大きい男の子を平然と自分のものにしてたよな。友達を泣かしたらまずあざみに返り討ちにされる。そんな風潮があったせいで近くに居た俺は色々苦労したもんよ。しみじみ。ノスタル過ぎて死にたくなってきたな。死んでるけど。
で、ホームアローンならぬ部室アローン状態の、マコーレーカルキンこと宮ちゃんその人な訳だが、俺はこの状況どうしたらいいのかしら。雨が本降りしてきたし、窓くらいは閉めておくけども。
「うん?」
校舎側の窓を閉めようとして、動きが止まる。こっちを見ている人がいた。丁度俺の教室近くで、ボーッと窓枠に体を預ける、ポニーテールの体操服。
「ん」
「あ」
目が合う。呼吸が止まる。逢瀬だ。逢瀬まなつが、俺の視線の先にいた。頭が真っ白になって、すぐに火照る感覚がした。
「えっと」
聞こえる距離じゃないのに、逢瀬は俺の戸惑いに小さく頬を掻いた。見てた? 今の今まで見てた? そんな焦りを感じ取ったのか、逢瀬はちょっと悩んで、うんうんと頷き返した。やば。どうしよう、あの訳わからないテンションで叫んだヤツとか聞かれてたのか……
「ええいままよ!」
恥ずかしくなってきて、俺は音量を上げてから、ベースをめちゃくちゃに弾いてやった。アンプからめちゃくちゃな音鳴って、それにめちゃくちゃにテンションが上がって、まだ繋がってたマイクにめちゃくちゃな言葉を並べて叫んだ。ざまあみろ。これが俺だ。暴れ回った俺に、逢瀬は可笑しそうに笑っていた。そうだ。見たかった笑顔だった。最高だった。
「ねー」
逢瀬が窓から身を乗り出してポニーテールを揺らした。
「もう17:00になっちゃうよ」
「お、おー。そうだな」
「アタシも戻らなくちゃだし、一曲弾いてよー」
「え、マジで」
「やれやれー!」
「う、うむ」
一人で肩で息をして、親指を立ててやる。もう時間超過とか知らん。逢瀬の言葉にやられた俺は、ドラムもギターもいねーけど、マイクに向かって、大して上手くもない唄を歌った。
――ったく、あざみのやろう。わざとだな。
ブレスを軽くして、ワンコーラスだけアカペラで歌う。音程なんて知ったこっちゃない。一人の観客に向けて、不格好なロックを歌う。
そして、ワンコーラス終わり、ベースを鳴らして弾き語りにしようとしたところ。
「……! お前ら!」
タイミングを見計らってかのように、あざみと太郎が音を鳴らした。なんだよこの演出。てか、いつ戻ってきたんだよ。やめろ本当、これクソ恥ずかしいんだが。
でも、途中でやめる訳にもいかないし。
「僕らは進まなくちゃ」
「先を急がなくちゃ」
「足が言う事を聞いてくれるうちに」
「旅立ちの時はすぐに訪れた」
「夜だってのに空は明るかった」
「見覚えのない星がバカに目立つ夜だ」
「ロックスタディー! ロックスタディー! いえええええーい!」
叫んで歌ってた時、俺と逢瀬の間には変な熱があった。何年か分の、それこそ10年の第一歩を、彼女に伝えられた気がしてた。落ち込んでた逢瀬に、気の利いた台詞とか、さり気なく寄り添える技術は俺にはねーけど、こうやって、少しでも情熱を注いだ事にバカになれて、スッキリした。俺はこれでいいんだ。未来に進んで行ければ、それでいいんだ。
だからまあ
「頑張れよ」
曲が終わる前に部活に戻ったらしく、もう無人と化した窓際に一人、涙が出た。おじさんだな、俺。ダメだな、27。
「どう、なかなかの登場だったでしょ……って、アンタなに泣いてんの。キモい」
「……ほっとけ」
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