16_色のない空と、雨を降らす風

 SFパソコンに映し出された運命が事実ならば、俺の行動によって再びの改変が起こるのかもしれない、なんて科学アドベンチャーの主人公みたいに授業も聞かずに考えてたら、放課後になってしまった。

 日付は4/28日。実はもう、ゴールデンウィーク二日前である。


「とりあえず、今日は練習だし行かなきゃ」


 けど、ぶっちゃけ何も思いつかん。いやはや情け無いよ。あざみも言ってたような、部外者の俺が出しゃばらずにさり気なく彼女に寄り添える事なんて、自分から発生させられるものだろうか。デートに誘う? 話を聞く? いやいや、そういう間柄ではないだろ。そもそも俺、逢瀬のメールアドレス知らないし……。


「宮ちゃーん! お知らせだおー!」


 なんか筋肉ダルマがうちの教室に入ってきたので閉めてやった。


「ばー! なにすんの! もう少しでギロチンになるとこでしたぞ!」

「うるせえ生臭坊主。彼女みたいに一々迎えに来なくてもいいってのに、お前ってのば。気持ち悪い」

「素直に酷くない!?」


 わーわー喚いてるゴリラをあしらいつつ、荷物を持つ。そういや、さっき太郎お知らせだって言ってたけどなんだったろう。どうせロクな事じゃねぇだろうけど、一応訊いておいた。すると


「なんと! 我がゴリラバンドに待望のギターが入りました!」

「は?」


 ふふん、と鼻息を荒くする類人猿はともかく、俺の太郎のバンドに新メンバーだと? そんなの聞いてないし、募集すら掛けてないんだが、こいつ一体どういう風の吹き回しだ。頭にクエッションマークを連発させつつ、俺は太郎に手を引かれ(触るな気持ち悪い)、席を立った。その時



「ん」

「あ」


 丁度、お手洗いから戻ってきたらしい逢瀬まなつとすれ違った。何故か二人して見合って、何故か目を逸らされた俺。悲しい。今日はポニーテールでいつもより激可愛いんだから、もっと笑って欲しいもんだ。


「えっと、これから部活?」


 とりあえず俺から声を掛けた。


「あー……うん。宮田くんも?」

「週一の、な」

「そっか。部室棟だっけ?」

「ああ。曲合わせするつもり」

「ふーん……」


 なんだか考え込んだ様子で、それ以上言葉が出ない逢瀬。まずいな。あんまり部活の事喋んのは良くない。咄嗟に思い付いた話題で話を変えた。


「そうだ。逢瀬は"Early Years"らへんって好きか?」

「え?」

「テナーのアルバムだよ。ちょっと前の曲だけど、有名だし、今日の曲合わせやろうと思って」


 俺の咄嗟の思い付き、それは部活で練習するために選曲した逢瀬も好きなバンドの話で、逢瀬は「あ、うん」とか「そうだね」とか曖昧ながら反応してくれた。よかった。変な空気になるよりまだマシだ。半ば一方的に話し終えると、俺は「じゃあ」と彼女に背を向けた。逢瀬はただ聞いていただけだったけど、少し表情が柔らかなくなった気がしたのは良かった。そう。俺にはこれくらいの事しか出来ないんだ。今回は素直に身を引いて無理せずに見守ってればいい、そう言い聞かせて軽く手を振った時


「あ、あのさ」


 逢瀬が、離れていく俺へ呼び掛けた。見た事ないくらい、寂しそうな顔だった。


「何時までやってるんだっけ」

「え、一応17:00まで居るけど」

「……そっか。りょーかい」

「?」


 太郎に手を引かれるまま、逢瀬の意味深な言葉に首を捻りつつも、俺は鉛色の空を窓から窺いながら、部室へと向かった。


「げっ、雨降ってきやがった」


 ◇


 部室に到着した俺を待っていたのは、勢いと音量だった。


「あら、遅かったじゃない」


 うるせえ! と思わず叫びたくなるような轟音を響かせていたのは、テレキャスターを持ったヤンキー、もとい幼馴染みであった。


「な、なんでお前がいんだよ」

「ギター、足りてないんでしょ。ベースとドラムだけで練習してもあれだろうし、ここは引き受けてやろうって訳」

「そういう事ではなくてだな……」


 マーシャルアンプの前に仁王立ちして、ミッシェルガンエレファントよろしくエグいカッティング捌きを見せながらあざみは言い放つ。暑いのか、制服を思いっきりはだけさせてるのが目に毒だ。てか、なんでこいつ居るん?


「実はね宮ちゃん。nnixiの募集掲示板に書いたら、美浜さんが立候補してくれたのよ。いやぁ、幼馴染みだったのは知ってるけど、罪な男よなぁ」


 ブン、と何かが太郎に当たった。ピックだ。犯人はあざみ。


「立候補ってお前……なんでいきなり。そもそもギターなんて弾けたのか?」

「さっき弾いてみたら行けたし、平気よ」

「…………」


 余裕よ! みたいな顔されても、言葉出ねぇから。もう訳わからん。俺の知ってるコイツは……って、俺が知らなかっただけなのかもとか思い始めた。知らんけど。

 キュインキュインとどこで覚えたのかこの頃流行ってたアニメの挿入歌を弾きまくり出したのに頭を抱えつつ、俺もベースを取り出した。コイツがギタリストになろうとしてる経緯はともかく、まあやってくれんなら文句はない。ベースアンプにケーブルをぶっさしてチューニングを済まし、太郎が叩き出した16ビートに合わせてA♭→B→F♯の音程を弾く。それを即座にあざみが同じ音程で同じリズムでコードを鳴らし、セッションが始まった。歌詞は適当に俺はマイクを握るとドラムはビートを効かせ、ギターはバッキングに入る。おお、なんというグルーヴ。あざみはバドミントンだけでなく楽器もここまでやれるとか、クレイジーな才能だ。俺はスラップのソロをなんとか弾いて、あざみのギターがそれっぽい繋ぎをし、再び16ビートでじゃ、じゃ、じゃ、いえいえーい! ってな感じでやってやった。最後はちょっとズレたが気持ちいい。すごい。ギター入るだけでここまでロックになるとは。


「俺の青春である、逢瀬まなつにささーぐ!!」


 とか、謎の掛け声をハウリングとともにぶちかまして太郎とあざみにドン引きされつつも、再びのセッション。あざみは初見の曲のハズなのに、俺のフレーズを聞いただけでその場でコピーして曲を華やかにした。さすがにパワーコード(楽なコード)ばっかりだったが、右手のスナップが良く、キレのあるサウンドで勢いを持たせるのはさすが。太郎もビートがダンサブルかつロックなハネ具合で、一発のバスドラムで頭を振りたくなる衝動を覚えさせる。

 ロックだ。俺たちは最高にロックをしている。


「すげーな。あざみ、どこで覚えたんだそんなロックな技」

「適当」

「答えもロックだな」

「でしょ」

「いえーい! 宮ちゃんも、美浜さんも凄くイイよ! やっぱ楽しまなくちゃねバンドは!」


 汗を撒き散らしながら太郎がハイハットをシャンシャンし終わって、スティックを置く。俺もそれを合図にベースを置き水を飲み休憩する。別段バンドでデビューしたいとかそんなのは無かったけど、10代だけのバンドコンテストとか、夏フェスの一般公募とか、ワンチャン挑戦しても良い気がしてきた。曲書けねえけどなんとかなりそう。

 即席天才(俺基準)ギタリストを眺める。あんな小さい手でよくもまあ弦が引き散れそうなくらい弾いてくれる。まだフォームが不格好だが、鍛えれば相当なレベルになる気がする。もちろん、"テクニカル"な方ではなく、"ロック"な方での逸材だ。


「一応さ、今日練習曲用意してるんだけど、どうだ、やってみるか?」


 俺がペットボトルの水を飲み干して言うと、あざみは軽く二つ返事をした。


「なんて曲?」

「"Rocksteady"って曲。そんな難しくないし、タブ譜あるから直ぐ出来ると思うぞ」

「なによタブ譜って」

「おま……マジで初心者なのか」


 野生的というかなんというか、感覚が俺たちと全然違うってのがよく分かった。完全感覚ナンタラだ。実在したのか。

 太郎がハンプティダンプティみたいな顔にパンプアップして戻ってきたので、俺もベースを構える。アンプのツマミを調整し、チューニングが狂ってない事を確認する。


「ね。窓開けましょ」


 あざみがハンカチで煽ぎながら言う。空調無いし俺も同意して窓を全開にした。偶に他部活からうるせぇって苦情来るけど、そんなんだったら扇風機の一つでも寄越すくらいすればいいのに。あるよね、会社でも、文句言うだけで何の行動も取らないやつとか。その上給与は俺の倍以上貰うんだよ。倍返しされれば良いのに。


「あの、美浜さん。窓開けるなら、あんま音量上げると先生に怒られる可能性が……」


 太郎が恐る恐るあざみに言った。少なからずヤンキーフェイスにビビってるんだろうか。


「ちょっとだけなら大丈夫でしょ。なんか言われたら、アンプが狂ってた言っとくわ。ほらケイスケ。練習曲とやらの音教えなさい」

「へいへい」


 なんとも我が道を行く幼馴染みに頭を掻き、バッグからスコアと携帯に入れた原曲を聴かす。テンポはそこそこ早いが、比較的コピーもし易いし、あざみならすぐに自分のモノにしそうだ。俺はそのままあざみが耳コピし終わるのを太郎と待つ。ふと、開いた窓から見える体育館を覗いた。今、あそこでは逢瀬が汗を流しているんだろうか。どんな気持ちで、どんな表情でやってるんだろう。あと二日に迫った大型連休を前に、俺の心は空模様と同じ色彩を帯びていた。


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