x5_熱風、鋭くなって【まなつ視点】
「アウト! 神咲、マッチポイント!」
まずい。
部長である自分が、また部内ランキングを下げそうになっている。
現在のランキングは6位。ここで負けたら7位になり、次の大会のメンバーには入れない。
くそ。小さく舌打ちする女子バドミントン部部長――逢瀬まなつ。相手は経験者とは言えまだ新入生。鳴り物入りの新参者に負ける訳はいかない。息を吸う。息を吐く。閉め切った体育祭はサウナのように蒸し暑い。熱気が渦巻いてるようだ。手汗を拭いて、ラケットを構える。スコアは10-20で相手のマッチポイント。新進気鋭の乙女は余裕そうにこちらを見ている。はん、構うもんか。全国区の実力者だろうが入部間も無いひよっこにこのままでいられるか。
「うぉい!」
猛獣。その咆哮は猛獣だ。いつもの優しい部長は試合にいらない。勝て。どんな点差でも希望を捨てず、貫け!
「はぁ!」
相手のサーブ。それをステップを踏んで思いっきりスマッシュ。相手正面、ネット前に返される。尽かさずレシーブ、相手のフォア奥に突き刺さる。ギリギリでクリアされたシャトルをドライブでリターン。その打球に反応しきれず相手コートにシャトルが落ちる。取った。一点だ。
「よっし!」
明らかに動きの変わった部長の姿に、一年生は狼狽る。なんだ。あの動きは。息を飲む間も与えず、まなつはシャトルを手に取りサーブの構え。一年生は実感する。ああやっと本気出してきたのか。
「お。まなつマジモードじゃん〜」
別コートで試合を終えたオンちゃんこと恩田かずこがまなつの咆哮を聞いて戦いを眺める。続けてチビのサッチこと彩湖さちこと、巨乳で有名なだっちゃん――前田りさがやって来た。
「なんか久しぶりに見たぞ。一年の夏休み以来だ」
「あー、マジで怖かったやつなw」
「懐かしいわ〜。四郎先輩に1ゲームも取られなかったもんな〜。男バドの首位アンド関東三位とはいかに〜」
呑気な三人の会話をよそに、まなつの逆襲が続く。スマッシュ、ドライブ、とにかくスピード系の打球で攻めてドロップショットで緩めてすぐにプッシュ! 時にはハイクリアで相手を抑えて、突っ込んできたらライン上へ鋭いレシーブ。止まらない。まなつの反撃は誰にも止められない。
「はぁ、はぁ」
「18-20」
「くっ……!」
肩で息を切らす一年生に淡々とスコアを告げながら、髪を後ろに結ぶまなつ。ここからが正念場だ。汗で湿っぽい髪の毛に若干の不快感を含ませ、相手を睨む。その容赦しないといつ目つきに、鳴り物入りしてチヤホヤしてくれた優しい部長の姿は一切感じない。ガットが軋む。床に落ちたシャトルの羽根を、足でコートの外へ追いやる。高くサーブが上がった。
「うぉい!」
「はぁ、はぁ、らぁ!」
熱風が、鋭くなった。
◇
「う、うう」
朝。逢瀬まなつは全身に熱を持ったような感覚と共に目が覚めた。
時刻は6:30。これから朝練へ向かわなればならない。
お気に入りのキャラクターが描かれた卓上カレンダーを見て、曜日を確認する。4/28日、水曜日。あのランキング戦から9日が経過していた。
ふぁぁ、と可愛くない欠伸をして、寝巻きを脱ぐ。ああ、なんでまた寝汗かいてるのかな、なんて思いながら、適当に畳んで床に置く――あとでお母さんに洗濯してもらおう。上裸になって、筋肉の無い自分の体に嘆息し、ブラジャーを手に取った。
「……これでいいや」
いつもは柄物は避けているまなつだが、なんとなく目に付いた、可愛いやつを着け、ブラウスを着る。誰に見せる訳でもないし、上下色違いの下着でも問題ないだろう。スカートを履いて荷物を持ち、洗面台へと向かう。
「朝ごはんは」
「買ってく」
「お金、靴箱のとこにあるから」
「ん」
風呂場でシャワーを浴びている母親に、まなつは淡白に返した。本当なら朝シャンして行きたいのだが、水曜日は母親が夜勤上がりのため先に入られるのだ。寝汗をかいたから少し不快だが、まあいいやと一人納得して髪を整え始める。一通りいい具合になったところ、ふと伸びてきた髪を手に取り、ポニーテールに結ってみた。今日はちょっと暑いし、涼しげでいいかも。それにこれの方が鬱陶しくないし……眠たげな自分の顔に言い訳のようなものをして、可愛く見えるように調整してから、身支度を済まして玄関に向かった。
「あ、ケータイ」
靴まで履いたところで思い出し、ダッシュで自室に取りに行く。机の上に転がっているそれを取り、半ば反射的に画面を確認する。メール通知1件。誰から来てるのかだけ見てみようと受信ボックスを開くと、ランキング戦で戦った後輩からだった。前田先輩とのダブルスに決まりました! がんばらます! の文字。誤字よりも5:00ピッタリに送られて来てる方に目が行った。
多分、自分より早く来て練習するんだろう。そう思って急に情け無くなった。彼女からのメールの前にあった『東部支部選考メンバーおよび当日のスケジュールについて』の連絡に、胸の辺りが暗い気持ちになった。
――自分は、負けてしまった。
それがとてつもなく、自分を苦しめて離さない。オンちゃんやサッチ、だっちゃんに試合で負けたのも、一年生のあの子に負けたのも、そして自分自身に勝手に負けたのも、悔しくて、イライラして、悲しくなる。18-20のあの試合で、あと一点でデュースまで持っていけたのに、サーブを打った瞬間、力任せに振りすぎたラケットのガットは切れ、ネットを越えなかった。結局それが試合終了の合図。逢瀬まなつは、補欠枠すら入れなかった。それが今の実力。今の自分。涙は出ない。
「はあ。もう」
いい加減、一人で落ち込んでいても仕方ないなと思い、まなつは携帯の受信ボックスを閉じてポケットにしまおうとした。が、チラッと見えてしまった、とあるクラスメイトの素っ気ないメールに動きが止まる。そう。体育の時間にいきなり勝負を申し込んできたクラスメイト。彼女は、どうやらクラス委員の彼と友達で非常に仲の良い、やたらバドミントンが上手い生徒。そんな彼女とのたった一回のメール。それは、あの意味不明な経緯で申し込まれた、勝負での報酬。別に欲しいなんて言ってないけど、なんか勝っちゃったから貰った、彼への宛先。もとい、連絡先。
「…………」
いやいやいやいや。
別に好きでもない男の子の、しかもクラス委員同士で同じで、訊こうと思えばどうにかなる間柄の彼の連絡先なんて、わざわざ要らない。
それに彼はアタシの事を多分、その、ほら……まなつは一人顔を赤くして、思い出したかのように携帯電話をポケットに入れて自室を出た。知らない知らない。今は部活の方が大事なんだから、可愛い女の子になってる場合じゃない。誤魔化すように急いで靴を履いて荷物を持ち、玄関を出た。外は曇りで酷くどんよりしている。そういえば、午後から雨だったなと思い出して、玄関前の傘差しからいつもの傘を手に取った。よし行こう
「あー……」
としたけど、傘を見てまた恥ずかしくなった。そうだこの傘で、彼と相合傘したんだっけな……ちょっぴりこっちに傾けてくれて、ちょっぴり寄り添い合って、ちょっぴり彼の匂いがして――って、違う違う! ぶんぶん頭を振って頬っぺたを叩く。すっかり調子が狂わされまくってるのを無かった事にして、ちょうどシャワーから上がった母親に行ってきますを言った。
「行ってらっしゃ……って、あんたどうしたの? 気合い入れちゃって」
「い、入れてないよ! いつも通り! うん!」
ニヤニヤする母親に、可愛いポニーテールをイジられながら。
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