15_青春のパラドックス

 その日、週に一回の軽音部の練習(基本はバンド毎にローテーション)に来た俺は、バンドメンバーの太郎とコピーした楽曲を合わせながら、今朝方の逢瀬の事を考えていた。

 うちら軽音と違い、それなりに実績自体はあるバドミントン部。そこの選考メンバーに選ばれなかった部長代理である逢瀬。実力はある彼女だから、きっと一時的なスランプ的なものですぐに復活するとしても、なんだか気の持ちが悪い。なんなんだ、この違和感は。一々逢瀬の表彰された大会なんて知らないし、覚えちゃいないが、あんな様子見た記憶がないのだ。きっと何かが影響を及ぼした、そんな気がする。


「宮ちゃん、そこコード違くない? 音下がってくハズだけど」

「え? ああ……」

「宮ちゃん?」


 太郎が8ビートを止めて、窓を開けた。心配そうに俺を見て「大丈夫?」と一言。なんだかんだ付き合いのある友人、すぐに俺が悩んでる事はお見通しのようだ。だが、あんまり余計な事を言うのは避けたくて、誤魔化しの言葉を取り繕う。悪い、太郎。


「なんか最近耳コピの精度が悪くてな。ちょっと聴き直すわ」

「ウォークマン貸そうか? 低速版のやつ入ってるけど」

「あーいや、弾いてみたの動画見ながらやるから平気だ。携帯で見れるし」


 イヤホンをして、携帯のブラウザを操作する。直前までに見ていたnnixiのログインページが出てきて、手が止まる。一応登録だけはしとこうと思ってそのままにしてたんだっけか。俺はアカウントだけでも作っておこうと、メールアドレスを入れて登録ボタンを押し、その後は家でやろうと携帯を閉じた。


「あれ、もういいの?」

「ああ。太郎の言う通りだったわ。音確認したから、もう一度やろうぜ」

「そう? じゃあ、ワンツースリー」


 掛け声とともに音が鳴る。

 窓の外にはきっと、聞こえているだろう。


 ◇


 帰宅後、時刻はもう寝る時間だったが、眠れない俺はうるさくならないよう、こっそりベースの練習をしてると、太郎からメールが着信したので、それに適当に返信してると、そういやnnixiの登録がまだ済んでない事に気が付いた。

 受信ボックスを確認し、登録の案内メールを探す。が、どうにも見つからず、首を傾げる。メールアドレスを打ち間違えたか? ブラウザを立ち上げて、自分の打ったメールアドレスを確認……って、これ会社の個人アドレスじゃねぇか!


「なんという無意識。社畜万歳」


 訳わかんない事を言いながらも携帯のアドレスの方に書き換え、再び登録を押下。ふう、友達にアドレスを教えるのは赤外線があるからちゃんとアドレス覚えてないのが裏目に出た。何やってんだか全く――


「ん、そういや」


 思い起こされるのは、俺がトリップしてきたあの日、自室のこのPCを覗いたら会社の営業に送ったメールが表示されていた事。見たくなかったので放置していたが、もしかしたらこっちのアドレスにnnixiのメールは送信されていたのだろうか。半ば好奇心みたいな感情に突き動かされ、俺は閉じていたPCのカバーを開け、メーラーを立ち上げた。しばらく読み込みの文字が表示され、やがて怒涛のように受信メールが溜まってく。


「うげ、関係ないのは見ない見ない」


 件名に"至急"だの"早急"だのあった気がするが、それらには目を瞑り、俺はnnixiの文字を探す。

 すると


「……あった」


 16:32。登録案内のメールがポツリと受信されていて、俺はそれをクリックして開いた。ああ、間違いない。記載されているアカウント名は、確実に俺が打ち込んだものだ。このPCは時を超えてメールを受信したんだ。だって会社の個人アドレスは、俺が入社してから与えられたもので、当然高校時代にこのアドレスは存在しないのだ。

 なんというSF。なんという矛盾。


「つまり、このパソコンだけ現世とネットが繋がってるって感じか……やべえな」


 そうなると、だ。

 このメールを頼りに現世の誰と連絡が取れる、ってのも出来そうだ。知人友人らは既にメールは使ってないだろうけども、使い方によっちゃ可能……まあ、あんまりメリットは無さそうだけど、オプションとして覚えておくのは良いだろう。

 で、あともう一つ気になる点がある。


「まさかネットも」


 メールが現世と通じてるとしたら、ネットの方はどうなるんだろう。結局、メールはインターネットを介してテキスト情報を送ってるだけだ。なら、インターネット自体が現世に繋がってる可能性は考えられる――

 俺はPC上でブラウザを立ち上げると、早速ニュースサイトに飛んだ。低スペック及び回線が脆弱なためか、随分時間が掛かるが、ちゃんとページが表示された。

 そして、そこには


「2020年4月――!」


 表示バグではない。本当にそう書いてあった。掲載されてるニュースも俺が現世で見てたものばかり。本当にこよPCだけSFしてるようだ……信じられん。

 試しに自分の会社の名前を検索してみた。出る。内容も問題なく、俺の知ってるもの。次に大学。出る。記載されてる内容も問題なし。俺の知ってるものだ。

 ただ、ブラウジングしていて気付いたのは、本来はアクセス出来るハズのリンクに飛べない現象、いわゆるリンク切れしてるページが頻繁にある。会社のページも見れるのと見れない項目があって、正直、調べ物にするには限界がありそうだ。多分だが、時系列の差異により、特定のDNSは影響を受けるんだろうか。詳しくは不明だがそういった制限があるようだ。

 他にも、試しにTwitterや動画サイトを開いてみたのだが、レイアウトがおかしくなっていたり、文字化けだらけで内容を確認する事は出来なかったりと、全部の情報を見れる訳じゃない感じだった。うーん。こんな状態で何に使えるのだろうか。

 と、何の気無しに、我が黒澤高校のホームページを開いた時だった。

 俺は"インフォメーション"の欄に目が留まった。

 そこにはいくつかの部活動が大会で優秀な成績を収めた旨が記載される項目があった。運動部、文化部以外にも、個人で何かのコンペディションに出場したりしても名前が載っている。どの学校のホームページにもあるやつだ。

 俺はその画面を下スクロールして古い時期の情報を探した。2015年、2013、2010――


「あった!」


 一人で大きな声を出してその文字に釘付けになった。"2010/5/5 開催 バドミントン東部支部新人戦 結果報告"。これだ。これが今の俺の目の前に存在するバド部が参加する大会。つまり、ここに書いてある結果を見れば、"本来"の逢瀬の大会での成績が分かるかもしれない。尽かさずリンクをクリック。頼むぞ。ここでリンク切れとかは勘弁してくれ――

 カチ、カチ、と上からゆっくりとページが表示され、そこに書かれてたのは


 "団体戦 3位"

 "出場メンバー 恩田かずこ、前田りさ、彩湖さちこ、逢瀬まなつ……"


 逢瀬まなつ!

 あったぞ。逢瀬はこの大会で確かに出場し、3位という結果を出していたんだ。となると、俺が今日あざみに見せてもらったnnixiでのコミュニティページとは違うのは、本当に彼女が選考から外れたためなのか。ぞくりと背筋に寒気が走る。もし本当にこれが俺がタイムスリップしてきたために彼女が選考落ちしたというなら、とんでもないサイドエフェクトが発生している。

 止めなければ――でもどうやって? もう出場メンバーは決定してしまったんだろうし、今から本来の運命に戻す事は不可能だろう。余計な事はしないのは大前提。するとやはり、もうこの大会は捨てて、次に頑張ってもらうしか……


 その時であった。ゆっくりとページを読み込んでいた画面が、いきなり止まって。大会の写真があるみたいだが、そこまで到達せず、中途半端にホワイトアウトしている。回線のせいか? リロードを押しても反応はなくて、仕方なくブラウザを閉じようとして、気付く。表示されていた文字の内容が変わっている……! おかしい、さっきまでちゃんとそこに逢瀬の名も書いてあったのに。なんで――なんで


 "団体戦 予選敗退"

 "出場メンバー 恩田かずこ、前田りさ、彩湖さちこ、神咲みう……"


 なんで、こんな文字が、書いてあるんだ。

 なんで、逢瀬の名前が無くなってるんだ。


「ま、まさか」


 未来が……変わった、のか。

 今このタイミングで……とは言えないが、何かの拍子に大会の結果が、本来の歴史に塗り替えられたのか。

 やばいやばいやばい。

 冷や汗が額に浮かべ腰を抜かす。

 マジかよ。そりゃねぇだろ。これじゃまるで、俺のせいで逢瀬が大会に出られなかったみたいじゃねぇか。こんな事になるなんて、全然――


 ふと、目に入った時計の針は、ちょうど午前零時を指していた。


……怖っ。

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