14_お前、いいやつだろ
夢を見た。
雨の中、一人夜道で泣いた夢。
追いかけても届かなくて、ただ泣くしかなかった。
靴が酷く濡れて、気持ち悪かった。
全身が痛くて、仕方なかった。
――遅すぎたんだ。
後悔の念が渦巻いていた、
自身の無力さを思い知った。
俺は、何も出来なかった。
結局、何も。
――あざみは、もう。
幼馴染みが死んだのは、高校生の時だった。
それは、雨が降っていた日だった。
でもそれ以上の事は、覚えていなかった。
思い出したくも、なかった。
◇
朝起きて母親の用意した飯を食い、徒歩何十分の学校へ行き、授業を受けて、部活をして、クラス委員をして、家に帰る。
そんなルーティンにすっかり慣れた俺は、中身が皆より一回り上なだけのおじさんのただの高校生といった塩梅で、別段チートもハーレムもないが、それなりにこの生活を楽しんでいる。
当然、現世の社畜には戻りたくないし、このまま生きていれば良いと思うし、それは今のところ叶いそうだ。
しかし、一つばかし気になる事がある。
本来の過去との相違である。俺がタイムスリップする前の過去と行動を変えて、これによって引き起こされる新たな事象――バタフライエフェクトが存在する事。
事実、クラス委員や、体育時の男女混合のバドミントンの発生が当てはまる。一見大した事のない行動が、回り回って思ってもいない事象を引き起こすのだ。これが怖い。何故なら、極端な話、本来は何の問題もない1日なのに、トラックとの衝突によって俺の命日になる可能性があるのだ。何が起こるか分からないというのは、一番の恐怖。だから、俺は決めた。
あまり余計な行動はしないようにしようと。間違えても未来予想なんかして、フラグ立てないようにしようと。あくまで一人の一般人。それを守って、秩序乱さず穏便に……けど、逢瀬とは付き合えるように、自分の運命をいい方向に、確実に。
――さて。で、その当の本人なんだが。
「……はぁ」
元気が無い。
こんな状態の逢瀬は、俺の記憶には無い。
「友達関係……とかか」
「違うと思うわよ」
ご執心の相手をさり気なく見てたつもりが、バッチリばれていたようで、隣の席の幼馴染みにツッコミを受ける。
おかしい。おかしいぞ逢瀬まなつ。お前は朝っぱらため息を吐いて肩を落とす人間じゃないハズなのに、どうして。
「まさか、好きな男が」
「無い無い」
「あのブラジャー事件が尾を引いて」
「それも無い」
「は! 同じクラスのヤンキーにいじめられてて、それで」
「殴るわよ」
拳を目の前に掲げられてちょっくら焦ったが、それにしても逢瀬はどうしてしまったんだろう。最近、朝方はずっとこの調子だ。クラス委員でちょくちょく話をしたけども、やっぱりどこか変。テンションが上がりきってないというか、無理してる感じがするのだ。
これは真相究明に勤めなければ……来週にはゴールデンウィークもあるし。
「あのねケイスケ。ああいうのは、一過性に見えて結構厄介な問題なの。下手に首突っ込むとマジで嫌われるわよ」
「そうは言ってもな。気になるものは気になる」
「面倒い男ね」
朝食なのか、タバコさながらに細長いジャガイモの菓子をじゃがりこしながら、あざみは目を細める。まるで自分が経験してきたみたいに説得力を感じさせる顔で。まあ女子ってのは男子の数倍悩みが多いというし、俺には理解できないものがあるのだろう。言われてみれば、男が女の悩みを解決した案件なんて数えるほどだ。いつの世代もそれは変わらず、男は話聞いてりゃそれで良いなんて言うし。
……じゃあ俺もそのくらいに留めておきゃいいのかな。
「いい事教えてあげる」
ぼんやりと眺めている俺に、あざみは自身の携帯電話を操作して俺に画面を見せる。
「これは……バド部のコミュニティか?」
「そ」
映し出されていたのは学生たちの溜まり場、nnixiのコミュニティページ。どうやら黒澤高校の色んな部活のコミュニティがあるみたいで、そこで活動内容やスケジュールを共有するようだ。バドミントン部もその例に漏れず色々書き込んであって、現役のバド部たちの投稿が見る事が出来た。そういや、新入生の宣伝や対外用に作ったりするんだっけか、これ。あんまりこの手の文化を通って来なかったのでよく分からんけど、当時はかなり活用されていたみたいだ。
で、これがなんだという訳だが。
「うん? 東部支部新人戦……って、この大会ゴールデンウィークじゃないか」
「うんん。そこだけじゃなくて、要項のところと、うちのエントリーメンバーを見てみて」
「ん?」
あざみに指差された箇所に目を凝らす。そこには大会の参加要項として"シングル×1 ダブルス×2の団体戦(登録メンバー六名まで)"の文字があり、続いて我が校の登録メンバーの欄に"恩田かずこ、前田りさ、彩湖さちこ、神城……
「おい、逢瀬の名前がないぞ」
記載された六人の名前。そこには部長代理としてコミュニティの最初に書かれている"逢瀬まなつ"の文字が無かった。
確か、うちの高校はそこまで強くないが、個人戦では成績を残しており、逢瀬も表彰されていた記憶がある。時期はあやふやだが、間違いなく俺はこの目で彼女が賞状を貰ってのを見た。一年の時も、二年の時も、三年の時も、ほぼ毎回壇上に居た。
……そうか、逢瀬はだから。
「選考外みたいね。ちょうど一週間前くらいにランキング戦があったって書いてあるし、そこで負けたんじゃないかしら」
「まさか、そんな事が」
「っていうかね、アンタはクラス委員なんだから、少しは同級生の情報把握しときなさいよ。まして、憧れの逢瀬さんの事なのに、だらしないわ」
言い返す言葉も無い。
どうも、nnixiは昔のメディアのような気がして手をつられなかった。俺にとってはTwitterのようなSNSの方が当たり前になっていて、この当時の当たり前を忘れてる。
そうだ、時代。時代が違うのだ。
「そういう事か……逢瀬はnnixiやってないみたいだったし、完全にノーマークだった」
「相変わらずいい加減ね。でもまあ、少しはこれですっきりしたんじゃない」
「うむ。俺の出しゃばる問題じゃないな」
「………………………………はぁ」
すると長い沈黙とあざみの呆れる声がした。なんだよ変な事言ってないやろ。
「あんたバカァ?」
俺はシンジか。
「こういう時にこそ、事情聞かずに、さり気なく寄り添ってやればいいじゃない。クラス委員の特権利用して、他の男にやられる前にさ」
「おお」
「……感心してる場合なのかしら」
意外にまともなアドバイスをあざみから貰え、一人頷く。なるほど。さすが伊達にJKやってないな。期待半面、悩ましさ半面、どっちも背負った感情に満たされながら、俺は早速第二回桃色作戦プロットをルーズリーフに書き留めた。えーと、まずはクラス委員の時に部活の話に触れて、そこから……
「あれ。なんかお前、近頃俺に協力してくれるようになったよな。前はツンデレヒロインみたいに怒ってたのに」
「誰がツンデレよ誰が。それに、これは協力と見せ掛けてアンタらの仲を破綻させる罠だから、安易に聞き入れない方が身のためかもよ」
「罠なのかよ! って、ん!?」
細長いジャガイモの菓子を無理矢理口に突っ込まれ息が出来なくなりかけて、何すんだよとかやり合う。相変わらずコイツはコイツで俺のよく分からなくて困らせられる事も多いが、昔みたいで悪い気はしないのが不思議だ。その内また、いちごオレでも奢ってやろう。なんて呑気に思いながら、チャイムの音に欠伸した。
今日も、雨だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます