13_"汗"と"雨"

 昼休み。自席で軽音部の知り合いから借りたクソみたいなギターを片手に、"女子高の軽音部によるほのぼのアニメ"の主題歌を懐かしさのあまり奇声上げつつ耳コピしていると、突如、体操着姿のデコ出しの怖いヤンキーが教室に入ってきた。

 手には体育館シューズと、バドミントンラケットを持っている。


「お、勝敗がついたのか」


 ――美浜あざみ。

 例によって二限目、体育の時間に始まった女同士の戦争(バドミントン)の発端。

 バド部の部長である逢瀬に3ポイント制の試合を申し込み、罰ゲームに男子ドキドキのそれを用意までしたのが……なんと勝敗は、授業中には決まらず、昼休みまでもつれ込んでしまっていた。

 で、その延長戦の結果であるようだが、一体負けたのはどっちだったんだろう。


「あざみ?」


 何も言わず汗を拭うあざみ。しばらくして、逢瀬も教室に戻ってきて、一部の男子どもが騒めく。どっちだ、どっちが負けたんだ。そんな視線を彷徨わせて。


「おい、あざ――」

「愚かだったわ」


 ひんやりと冷たい声が響く。教室全体が何度か寒くなった気がする。


「何がだよ」

「こんな事をしても、自分たちは幸せなんかにならない。むしろ、不幸。意味なんてなかったのよ」

「なんだ、負けたのか」

「ふん!」


 ツン、と俺の言葉にそっぽを向いて勢いよく椅子に腰掛けるあざみ。イライラした様子で地団駄を踏み、頭を掻き毟る。なるほど分かりやすい態度で助かる。


「まあ、お前は頑張ったよ」

「だいたいあの安物ラケットだと飛び方に安定感が無さすぎる。差がありすぎなのよ。なんでそこまで想定できてなかったかな。戦い方もワンパターン化過ぎて最後は打ち返すので必死……あーもう、過信しすぎだっての!」


 相当ダメージがあるのか、殆ど俺の声が聞こえてないみたいでちょっと困る。そもそもコイツが調子乗って仕掛けたバトルなんでプライマイゼロな気持ちするっちゃするけど、本気でやってたみたいだし労いくらいは掛けてもいい。あとほら、やっぱ例のアレの行方も気になるしな。


「……でも、これで、なんとかなるかな」

「おう? どうした?」

「きっとこれで、大丈夫よ」


 勝手に意味深な事を言って、あざみは机に突っ伏し、しばし無言。うーん、今の口ぶりからして、なんか意味があってあんな勝負を挑んだのだろうか。だとしたら、その意味というのは、どういう結果に繋がったのだろう。俺にはどうも分からないままだが、どうも違和感の残った言葉であるのは確かだった。


「ああ、疲れた。ご飯食べれてないしお腹も空いたわ。でも次の準備はしくちゃ。だる」


 あざみがよろよろと机から筆記用具を取り出す。同時にキンコンカンと予鈴が鳴り響く。廊下から騒がしく沢山の足音が聞こえる。


「なによ、さっきからこっち見て」


 なんとなくあざみを眺めてた俺に、不機嫌トーンのあざみが睨む。相変わらず目つきが悪いが、そんな事よりも一部の男子がそわそわしてるから、そろそろ教えてもらいませんかね。

 ほら、敗者による、罰ゲームの行く末を。


「お前、負けたんだよな」

「だからなに」

「という事は、次の時間お前は」

「ああ。そうね。ノーブラね」


 あっさり言ってのけた。なんか遠くにいる逢瀬がこっちを見て何か言いたげにしてるが、あざみってばマジなのか。

 困るぞ。俺お前の隣なんだけども……どうしてコイツ余裕ぶってんのか。意味わからん。


「安心なさい。アンタ含め、男子の視線なんて問題なしよ」

「ん、どういう事だ?」

「どういう事ってアンタ、クラス委員のくせに知らないの?」


 そう言うと、あざみは澄まし顔で机から取り出したプリントを俺の顔に押し付け、ガタッと席を立った。


「身体測定。男子は体育館へどうぞ」


 ……ああ、そういえば、そんなのあったな……。

 顔に押し付けられた、"新学期の身体測定について"のプリントを眺めつつ、なんだか無性にガッカリした。


 P.S.

 体育の後の授業も、男女分かれて保健だったので、嫌な予感はしてました。はい。


 ◇


 時は流れ放課後である。


「雨、止まないな」


 校内にあるコンピュータ室、その窓の外の雨樋に、ポタポタと音を立ててる透明な滴を見ながら俺は呟いた。

 部屋に人は俺含め二人だけで、1クラス分あるパソコンの内の二台だけ電源が点いている。

 理由は単に、クラス委員での仕事でパソコンを使うからで、社畜の時同様、かの有名な表計算ソフトの画面がデスクトップに踊ってる。


「あ。傘持ってきてねえや。こりゃダッシュで帰るパターンかな……はあ」

「…………」


 使い慣れてるゆえ、一足先に仕事を終えた俺としてはもう帰ってもいい状態であるが、いかんせん、人が残業してると帰りにくいもので、ちょっとぐだくだしている。というのも、もう一人のクラス委員である彼女の作業の進みが、やけに遅いためであった。

 なんというか、身が入ってない。


「それ、明日でもいいんだぞ。なんなら、俺がやってもいいし」

「……あ……えっと、うん」

「遅くなる前に帰ろうぜ。部活ももう終わっちまってる時間だしさ」

「そ……そうだね」


 俺が言うと、慌てた様子で手を動かす逢瀬まなつ。体操着のままエクセルを操作する姿というのはなかなかに面白い組み合わせだが、それよりも気になるのは違うところで。


「なんだ、まださっきのバドミントンの事気にしてんのか」

「ひっ」

「ひっ、じゃない。お前勝ったんだか何も被害ないだろ……おい、なんで胸隠すんだ」


 逢瀬がめっちゃ俺の(というか男子の)視線にビクついてた。

 あの対決に負けたあざみ。奴は、結果として男子の目には触れずに済んだのだが、人間というのはバカなもので、あいつ実は今もブラしてないんじゃね? みたいな視線で見られるようになった(主に男子)。

 それは、対決に勝利した逢瀬も残念な事に同様な訳で。


「だ、だって。お昼終わってからすごい見られるんだもん……もう、美浜さんったら……」

「その件については本当悪かったよ。俺も調子乗って変なテンションだったし」

「ほ、本当だよ……! 宮田くん、どういう目でアタシを見てるんですか……全く」


 可愛い。

 じゃなかった。怒っているというより呆れてる逢瀬に、俺は平謝りにならないよう謝罪の言葉を並べ、なんとか機嫌が悪化しないようにする。逢瀬は明るくて人当たりこそ良いが、男子とは積極的に絡まない。それこそ同じ部活のタケアキと俺、あと数名の男子としか話をしてるのを見た事が無い。詳しくは知らないが、大学の頃にチラッと聞いた話じゃ、過去に男を勘違いさせて魔性の女扱いされた事があったとかで、異性には当たり障りの無い感じで接しないと怖いのだとか。今回の男子のアレな視線も、それが原因で敏感になってるのかもしれん。

 とすると、やっぱり安心させなきゃならん訳で。


「男ってほら、生物的に無意識にそういうのに目が行っちゃうんだよ。特にこの年頃だと前頭葉の発達がまだだから、殆ど反射的に脳が反応するんだ」

「そ、そうなの?」

「だから怖くない。俺に怯えるな。安心して曝け出せ」

「……何を曝け出せと」


 明らかにドン引きされたのに非常に悲しくなってきた現状なのだが、まあ、ちゃんと会話をしてくれるようになったから良いか。あんまり変な方向の話題のままだと嫌われそうなので、とりあえず仕事の話に持って行き、帰る事を優先させる。


「それより、データの抽出の方はもう済んだみたいだぞ。後はこれを一つに纏めればオッケーって感じか?」

「う、うん。宮田くんが教えてくれたお陰で、なんとかなりそう。さすがだよ」

「そりゃ毎日使ってるしな……おっし、じゃあ帰るか」


 データを保存して、パソコンをシャットダウンする。校舎内の電気も消え始めていて、本格的に人が少なくなってきたのを実感する。荷物を持ち電気を消し、部屋を出た。


「結構遅くなってたんだね。外も暗いや」

「ああ。こんな暗いと変な奴に襲われそうだ」

「お、襲う気ですか……」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ……」


 すっかり変態になってしまった俺の立ち位置に頭を抱えつつ、逢瀬と肩を並べて生徒玄関へと行く。下駄箱越しに窺える外の様子は薄気味悪さがあり、女の子一人で帰るのには適さないだろう。

 ああ。ここでカッコよく「送って行こうか」とやれれば出来る男っぽくて好感度アップなのだが、残念な事に傘を忘れてしまった。ゆえに、一緒には帰れず、ダッシュしないといけない訳だ。

 俺のバカ。なんでこういう時にやらかすかな。


「これじゃ、おじさんの桃色作戦が……」

「おいっ」


 いきなり叩かれた。


「うお……! なんだよいきなり」

「傘貸してあげるよ」

「へ? 逢瀬の?」

「他にいないじゃん」


 手渡されるブルーの雨傘を手に取り、内心しどろもどろになりながら、傘を開く。少し大きめのそれは雨を凌ぐには充分そうで、これならバッグも濡れないで済む。俺は靴を履いて外に出た。雨は相変わらず降り続いている。


「悪いな。傘持ち歩きたくなくてさ、折りたたみ入れっぱにしてんだけど、

 そっちを忘れてさ」

「へえ。てっきりわざとかと思ったよ」

「わざと?」

「ほら、行こ」

「あ、おい」


 逢瀬が俺の前に立って振り返り、カバンをかけ直す。手には傘はなくて、視線は俺の方に向いていた。

 ……これって、もしや。


「上手くいったね」

「いや、そういう訳では」

「アタシはバス停までだけど、そこまでよろしく」

「……なんと、人生初の相合傘」

「奇遇だね。アタシも」


 逢瀬へ傘を傾けてると、ずいっと入ってきて、ふふっと笑われる。

 それが可愛くて、このまま寄り添っていたくなったけど、時間も時間なので足を進めた。

 ぴちゃ、ぴちゃ。静かに水溜りを作る雨音を聞きながら、憧れた女の子と隣り合って暗い道を進んで行く。

 ほのかに漂う、バニラの匂いが、甘くなった気がした。


「作戦、成功した?」

「うるせえって」

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