10_指先で送るキミへのあれとそれ その3


 固まった。

 あまりにも唐突に美少女と目が合って思考がバーンアウトした。

 逢瀬まなつに会った。

 偶然、休日に。

 しかも、あざみといる時に。


「……もしやあざみ、てめぇわざと」

「あら、人聞きの悪い」

「なにが人聞き悪いんだよ」

「いやあ、携帯買いに来たら"偶然"逢瀬さんと会えるなんて、ラッキーじゃないの。よかったわね。ぱちぱち」


 こっそり逢瀬まなつに気付かれないように話したつもりだったが、殊の外あざみの声が大きいもんで逢瀬に「え?」と振り向かれる。やめろ。完全にこれ勘違いされるパターンやんけ。完全勘違いDreamerよ。何か言い訳を……って、逢瀬はこれ、見た感じ友達と一緒に来てるんだよな。どうしよう、あんまり引き止められないぞ……。


「へ、へえ。宮田くん、新しい携帯買ったんだねー!」


 すると意外に逢瀬まなつは、あざみと俺が一緒にいる事よりも、携帯の方に食いついてくれた。内心何を思われたか分からんけども、あまり気にしてない素振りで、少し安心してしまう。まあ、俺の記憶だと逢瀬って結構空気読んでくれるところあったし、触れない方が良いと判断したんだろう。それもそれであれだけど。


「あ、ああ。壊れちゃってな。だからとりあえず買っとこうって思ってさ」

「そうなんだね。壊れちゃったら仕方ないし……あ、もしかして携帯買ったのって、一階の電気屋さんのところ?」


 いきなりの質問で少し驚いた。まさかそこから見られてた? 不安感マシマシで「ああ」と頷くと、逢瀬は一緒に来た友達の方を見て言った。


「実はあそこ、先輩の彼氏さんが働いてて、さっき皆で覗きに行ったの。いやー、宮田くんがあの後来てたなんて、思いもしなかったよー」

「そうだったのか。なんか、偶然が重なるな」

「ね!」


 意外や意外。てっきりこの幼馴染みのせいで勘違いされて、俺の青春は音を立てて崩れ去ってまた広い集めてついでにリライトしてーってなるかと思ったが、結果的に良しでは。偶然とはいえ、これ次回のクラス委員の時の会話のネタにもなるし、その際にあざみは幼馴染みで勝手に付き添いで来てさ、と否定しておけば、ここで変に言い訳するより良い気がする。おし、イイぞ、なんとか乗り切れそうだ。どうやってこの状況に持ち込んだかは分からんが、あざみの邪魔には負けんよ俺は。

 ふふん、と心の中でガッツポーズを決めてるところ、隣にいたあざみがつまんなそうに空いた席に腰を下ろした。


「……なんなのよ、全く」

「ん?」

「ふーんだ」


 そっぽを向いて、注文したポテトを咀嚼するあざみ。よう分からんけど怒ってるみたい。なんでや。


「すごいじゃない。こんなに偶然が起こるなんて運命よきっと。この勢いで告れば」

「な、おま」

「お幸せにー」


 不機嫌そうにポテトを口に運びながら、携帯を操作し始めたあざみに、俺も逢瀬も顔を見合わせて、乾いた笑いが出る。普通に今の言葉聞かれてただろうけど、逢瀬自身あざみとそこまで話した事ないようで、どう反応したらいいか悩んでるみたいだった。ごめんな逢瀬、困らせて。あとそんな「え?」みたいな目で見ないで。恥ずかしいから。


「あ、はは……えと、じゃあアタシ行くねっ」


 俺の意思を感じ取ったのか、逢瀬は何か言おうとしたが飲み込んだ様子で、彼女を待つ友達の方へと駆けて行く。ああ、どうしよう。結局、クラス委員の時に言い訳考えないといけないじゃないか……本人の目前で"告れば"とか言うなっての、マジで。


「じゃあねー!!」


 元気に手を振ってくれた逢瀬に緩やかに手を振り返していつもの笑顔を貰いつつ、俺は不機嫌女の向かいに座る。はあ。結果的に良かったのか、悪かったのかさっぱり分からん。けどまあ、会えたのは僥倖というか、素直に嬉ばしい事なので、良しとなるのかな。うん。そう思わんとやってけない。


「色々言いたい事があるのだが」

「なによ」

「まず、なんで逢瀬がここに居るって分かった?」

「そんなのバド部のnnixi見れば一発」


 俺はその単語を聞いて理解する。あざみが昼前にしきりに携帯を気にしていたのは、うちの高校のバドミントン部のnnixi(この時代で言うTwitter的なやつ)を見ていたためだったのだ。で、あの感じだと逢瀬は部活帰りだったので、彼女と仲の良いメンバーの投稿から居場所を突き止めたのだろう。

 それでこれよ、俺と二人で逢瀬の前に登場――確信犯すぎて怖い。


「なんでこんな事……お前、俺が逢瀬と仲良くするのがそんなに嫌なのか?」

「べ、別にそういう事じゃないわよ」


 ツンデレのテンプレやんなよ。


「……ただバド部の呟きが目に入って、試しにフードコートまで来てみただけ。そしたら、本当に逢瀬まなつが居たから、冷やかしついでに仲良しアピールをしたの」

「いや、なんの冷やかしだよ。あーもう。俺の青春が、俺の乙女心がぁ!」

「うわ、なにそれ気持ち悪」

「気持ち悪いって言うなよ! 健全なんだよ! 高校生の男としては健全の感情なんだよ! 青春なんだよ! それをお前は邪魔しやがって……」

「う、うるさいわね! し、仕方ないのよ! あんたがそうやって逢瀬まなつの事ばかり言うから……!」

「どういう事だよ」

「訊くな!」


 周囲の目を気にせず怒鳴り合い、お互い息切れしながら飯を食う。バカみたいだ。年甲斐もなくこんな大きな声出すなんて、本当どうにかしてる。

 俺は心の中で唱える。そうだ大人の余裕、大人の余裕、大人の余裕。気を落ち着かせて話を変えて、面倒くさい女のテンションを緩やかに戻していく。良くない良くない。相手の感情に飲み込またら終わりだ。仕事でもそう。誰かのお怒りにただすみませんって気持ちで頭下げまくったり、逆ギレして対立しても一向に原因が判明せず問題が解決しない。大事なのは再発させないための立ち回り。まあ、あざみに通じるか知らんけど。


「とにかく、逢瀬の前で"告れば"とか冷やかしをやんのはダメだ。仲良しアピールもな。不自然な言動は控えてくれよ」

「はあ? じゃあ私の前で一々逢瀬まなつの話をしたり、逢瀬まなつの事を考えてデレデレすんのはやめなさいよ。アンタが原因なのよ分かってる?」


 ムカつく言い方だなこの……。いかんいかん、大人の余裕だ大人の余裕。


「オーケー分かった。お前がなんで逢瀬の話をそこまで嫌がるか不明だが、そうしなきゃ邪魔する事はないんだな? じゃあ俺も気をつけよう」

「うっわ。"逢瀬の話を嫌がるのが不明"だって。アンタマジであの子と付き合うの辞めた方が良いわ。可哀想よ」

「またお前はそういう」

「ふん。まずはその無神経な言動を療養しなさい。そんなんだと、一生彼女出来ないわよ」


 最後の最後に思い切りダメージを負わして、それからは黙って飯を食うあざみ。もう、こうなったらダメだ。お互い時間を置いて頭を冷やそう。イライラし合っても意味ないし、どっちも不幸だ。コイツと居ると自分の精神年齢も十年前と同じになってしまうのにちょっと頭を抱えながら、俺たちはいつの間にか平らげたハンバーガーのトレーを同じように携帯片手で見つめて、しばしぼーっとした。

 周りの雑踏は、消え始めていた。




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