x4_指先で送るキミへのあれとそれ 【まなつ視点】


「好きな人おるやろ」


 どこかから聞こえる、調子よく沢田研二を歌ってる誰かの声をBGMにして、オンちゃんが言った。あう、とか変な声が出そうになったのは、断じてまなつには当該の人物はいないのだけれども、"好き"と誰かをカテゴライズする思考に最近違和感があるからだった。好きではない――それは間違い。けれど、他の人と同じかと言えばそうではない感じ……悩ましい感覚だ。今までだったら、こんな状態にならなかったのに、どうして。


「え、いないよー全然。本当に」

「……ふうん、な〜んだ、てっきり乙女オブザイヤ〜してるのかと思った〜……あ、ついでなんだどさ」


 ニヤリとオンちゃんが悪い笑みをして、テーブルに頬杖をついた。皆の視線が向く。


「この中で彼氏いる人、挙手」


 静まり返る。オンちゃんの言葉は普段

 と変わらぬ調子。お互い見合って手が上がるのを待つ通し。

 しかし、誰も挙げない――挙げられない。


「だよなぁ〜、知ってた〜」

「そりゃ、うちらバド部で唯一の非リア充組だぞ。そもそも出来る気配すら無いって」

「サッチは一年の時に四郎先輩に告って、見事玉砕したしなw」

「うるせー! あれは低身長痩せ型の弊害のせいなんだ! ってか掘り返すな!」


 わーわー再びやり合い始められ一旦話題が止まるが、オンちゃんが話を戻す。こほん、と咳払いをして仕切り直した。


「では次です。彼氏が居た事ある人」


 挙げない三人に、おずおずと申し訳なさそうに一人が手を上げた。この話題が来る度、毎回反応に困るので首は突っ込みたくないのだが、なんだか今日はそういう感じじゃない気がするのだ。三人の注目が一気に飛んできた。やめてほしい。


「「「…………(じー)」」」

「そんなにこっち見るなよー! 前から皆知ってるでしょ!」

「「「けっ」」」


 まなつだった。そう、まなつには彼氏がいた……けども、それは恋をしたという感じでもなく、すぐに別れた。あれは彼氏と呼べるのか分からないと周りからも言われたので実質ノーカンにしているのだが、しかし過去の男とか、皆してこの手の話題が好きなので、一応は訊かれたら答えるくらいにはしていた。


「何人いたんだっけ? 100人?」

「ひ、ひとりだから! やめて嘘言うの! しかもお試しとか言うよく分からないノリで、二週間で終わっただけなの」

「そうは言ってもね〜、いた事実は変わらないよな〜。あ、チューしたの?」


 頭を抱えるまなつ。


「やめろよー、何もなさすぎてアタシが痺れを切らして別れたんだから。というか、アタシ別に告白してもされてもないんだよ? なんか勝手に"ボクら付き合ってるんだよね?"とか言われて……テンパって頷いたという……」

「それいつだっけ〜?」

「ちゅ、中三」


 逢瀬まなつは元来、男友達と思ってたのに勘違いさせてしまう節がちょこちょこあった。中学の時なんかは勝手に魔性の女扱いされたりもして、一時期男子とは距離を置いた。だから、高校からは極力当たり障りの無い元気な女の子という感じで男子には接するようになっていたし、それが正しいと思っている。「うん、そうだね!」「すごいね!」「いいと思うよ!」みたいな、勘違いさせないような言葉を使って、ボディータッチも控えて、魔性の女にならぬように、と。

 けど、これがどうも最近は……


「で、そのまなつの元カレは、うちの学校なんだなw」

「理系クラスの羽生君! メガネかけてる塩顔イケメンだったぞ!」

「あれイケメンか? 周りにハリーポッター言われたぞw」

「や、やめてよ! あれはもう終わったんだから! 正直消したい過去なんだから! も、もうなんでこんな話に……」


 何故かイジられる方に回ってしまったので、オンちゃんをジッと睨んでやったらチューされた。いや違う。そうじゃない。「なんでこんな急に話したの!」と改めて文句を言ったら、たこ焼きを口に入れられた。熱い。


「いやぁね〜。桐枝たちを見てボケっとしてたし、さっきはカップルがどうって言ってたし、改めてまなつの恋愛模様について訊いてみようと」

「なら彼氏いたとかのくだり、いらなくないかな……わざとだよね?」

「可愛いからつい〜。な、だっちゃん」

「ワシは推しと結婚してえ!」

「……こいつに話を振ったのがバカだったわ」


 たまに三次元を置き去りにする友人はともかく、今のでまなつはなんとなく、オンちゃんの意図が分かった気がして息を吐いた。たぶん、おまえは"それ"絡みのせいでモヤモヤしてるんだ、と。だから元カレとのよく分からない恋愛のようにならぬように、ちゃんと感情を整理しないといけないんだと、そういう事を彼女なりに伝えたいのだ。まなつ自身、ぶっちゃけ男子からはモテる部類だ。顔が良いとか、性格が良いとかまあまああるけども、どうしても男子からアプローチを受ける事が多くて、ふんわりと誤魔化していたけども、それは前みたいによく分からない恋愛になるのが嫌で、告白されても付き合うのが嫌からだ。けどそのくせ、もし自分から誰かを好きになったら――夢中になるほど好きになってしまったら、付き合いたいと思う……告白は出来ないけど。

 だから感情の整理が必要だ。

 このモヤモヤがまなつ発信のものであった場合、どう処理するのが適切か、どうしたら前みたいに失敗しないか、ちゃんと、フィーリングなんて無計画な事はせずに、行動したい。まなつはそう思った。きっとこんなに考えるものじゃないのかもしれないが、感情が不明確な今は、その理由を探さないとどうにもならない。モヤモヤは解決したい。


 一通り頭の中をまとめて、思案する。じゃあこのモヤモヤの原因は何なのか。今、まなつに好きな人はいない。だから、それに近しい人になるが、どうも思い当たる人間がいない。

 ……気がする。


「まなつはさ、どんな人がタイプなん?」


 オンちゃんが思案顔のまなつに訊いてきた。


「え、そんなの難しいよ」

「ちょ……じゃあ、サッチは?」

「年上感ある人! あと高身長は外せないぞ!」

「だっちゃんは?」

「仕事出来る感じの人すこw イケメンならなおヨシ。高収入は神。そういう貴様は?」

「貴様っておい……でもま〜そうね、色んなとこに連れてってくれる感じの人良いよね〜。お金なくても、自分のために頑張ってくれちゃう人」


 三人で盛り上がってるのを見て、まなつは明確にタイプとか言えていいなぁと思ったけど、その後三人ともはぁーと長いため息をする。どうしたんだろうか。


「でもまあ〜、学校でそれ求めるのは無理だから、自分がその人好きならそれでいいよね〜」

「なw 結局自分がその人を好きになるかなのよw だから自分から好きになったら、尚更行くべしw」

「だぞ!」


 皆してまなつに声が向けられる。なんだこの流れは。内心ツッコミながらも、まなつは首を横に振った。


「どうしてアタシに言うのかなー。そもそも好きな人いないって言ったんだけどー」

「おま、気になってる人くらいいるやろw」

「同じクラスの人でいないの? ちょっとこの人違う、みたいな!」

「う、うーん」

「じゃあ〜他の女と居るのを見てむかっとした奴とか」

「なにその質問……ん?」

「お?」

「おお?」

「いたか? いたのか?」

「違うかも」

「「「なんやねん!」」」


 総ツッコミを喰らわせられ、だってー、と言い訳をする状況になってしまうまなつ。大して自分の気持ちの整理もついてないのに、気になってる人とか言われても困るのだが、なんでこう、探りをいれてくるのか。このままだとまたダメージを受けそうなので、まなつは皆にこの後のカラオケについての話題に話を変えた。時刻は正午過ぎ。混んでるだろうが、今から行けばギリギリ待たずに済むかもしれない。残ってるたこ焼きを片付けると、皆も支度をして席を立ったので、まなつも荷物を持って腰を上げた。人がさらに増えて桐枝たちももう雑踏の中だ。こちらの席が空くのを待ってる人が横目に窺えたので、急いでオンちゃんたちの背中を追おうとした、その時だった。


「え」

「あ」


 目が合った。私服姿の、最近学校で仲良くなった、同じクラスのその人と。


「なんでお前」

「あ、ははは。偶然、だね――」


 隣に同じクラスの女の子を連れた、その人。変な事を自己紹介で言ってた、同じクラス委員の、


「宮田くん」

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