x3_指先で送るキミへのあれとそれ 【まなつ視点】


 モモセモール春海店、海側一階には家電量販店が入っている。そのやけにデカい敷地のその入り口付近に設置された携帯電話の販売店にて、黒澤高校バドミントン部のOG、竹内桐枝と交際する彼氏――安野慎二は働いているらしい。

 桐枝はフランクで面倒見の良い先輩であり、バドミントン部で知らない人は居ないくらい現役生らと仲が良い。特に、現在三年生が居ないまなつの代に関してはかなり気にかけているらしく、時間があれば顔を出してまなつたちと仲良くしたり、部活の運営面を手伝っていたりしている。そういうのもあって彼女らは"桐枝"と呼び捨てにしていた。信頼所以、である。


 だから、そんな良くしてくれる先輩に、生まれて初めての彼氏が出来たのを耳にした時は驚きよりも自分事の如く喜びが先行した。皆して、お祝いの言葉を乱射したのは一週間前だけれど、その感動は当分欠けそうには無かった。

 だから、どんな人が彼氏かをとりあえず見てみて、「いやー彼氏イケメンですね!」とか冷やかしてやろうと本日ここに出向いたのだが……


「アンタ、あのコのなんなのさ」


 グラサン付けた強面の店員に目をつけられた。

 彼女たちはただ、桐枝から教えてもらった彼氏の苗字の人間が居るかと尋ねただけなのだが、なぜこんな言われをするか。反応に困る。冗談で"あのコ"って言ってるにしても、返しが思いつかなかった。


「アンタ、あのコに惚れてるね!」

「あの、店長。お客様が困ってるんでやめてください」


 すると背が高く若い男性店員がグラサンを引き剥がしてくれ、なんとかなった。店長と呼ばれた男はグラサンを掛け直しながら、港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ(1975年)を歌って帰って行ったけど、関与してはいけない気がしたので全員見ないようにした。


「すみませんお客様。あれでも一応店長なんですが……」


 誠実そうに男性店員が対応してくれ、安堵する四人。良かった。胸を撫で下ろしたところ、ふとオンちゃんが何か気付いた様子で、まなつたちの肩を叩いた。なんだなんだと振り向くと、指差された方向、男性店員の名札には"安野"の文字があった。


「普通にイケメンで草 顔良すぎやろw」

「あの〜、わたしたち〜新しい携帯探しに来たんですけど、オススメありますか〜」

「身長いいなぁ……見下ろしながら告られてー」


 そして食いつく女子三人。


「ちょっと皆やめようよ。すいません店員さん、アタシたち、ちょっと寄っただけで、別に買いに来た分けじゃ」

「いえいえ、お気になさらず。気になったら、是非お手に取ってご覧ください」


 営業スマイルで軽やかに応対する姿に、女子三名は見惚れてまた何か余計な事を言い始めてるので、それをまなつが止めに入る。そもそもこの人は自分らの先輩の彼氏なのに、何を勘違いしてるだろうか。内心呆れながら三人を引き剥がすと、まなつは皆を店の出口へ向かわせた。


「もういいでしょー。彼氏さん見れたんだし出ようよ」

「くそぉ〜、まーな〜つ離せ〜。あと10分で上がれるって言ってたからワンチャンお昼一緒に出来ると思ったのに〜」

「羨ましいぞ桐枝ちゃんのやつ……あんな高身長の男と女のパントマイムをしてるとか……」

「下ネタやめれ(・ω・`)ダメヨ」


 わちゃわちゃやり合いつつ、四人は時間帯もあって自然とフードコートへと足が向いていた。フードコート以外にも飲食出来る店はあるが、オンちゃんが金欠のために比較的リーズナブルで食事を出来る場所にを選んだのである。そのままエスカレーターを上がり、フードコートのコーナーへとお喋りしながら入る。人は多いが、空いてない程でもなさそうだ。


「そういや、"たこ焼き二郎"のクーポンあったぞ! 皆でたこ焼きにしよう!」


 サッチがチンチクリンらしくぴょんぴょん跳ねながら携帯のクーポンメールを掲げる。特に異論もなく、まなつたちも同じ物を注文しに行った。


「ほくほく食感の男、たこ焼きマントマッ!」

「あ! うちの揚げダコ! だっちゃんこのやろ、返せやー!!」


 すると、出来上がったたこ焼きセットを早速取り合ってるサッチとだっちゃんの二人。トッピングが違うだけで同じ味なのに、良くやるなぁ、なんてまなつとオンちゃんは話しながら空いてる中央の席へと腰を下ろす。ソファの席があるので、そこに荷物一式が置けるのがありがたい。


「おーい、ここにしよー!」


 まなつが戦い合う二人に手を振ると、つばぜり合い的な動きをしてこっちへやって来た。他のお客様に迷惑なのでやめてほしい。


「まなつー! だっちゃんが! だっちゃんがうちの揚げダコの中身を!」

「すり替えておいたのさッ!」

「くそう! あとで仕返してやる!」

「もうー、喧嘩は他所でやってよ」

「「ご、ごめん」」


 まなつの呆れ声にあっさりと誤った二人に、オンちゃんが思わず吹き出して、それが皆に伝染する。下らなくておかしくて、よく分からないけど、ひとしきり笑い合う。笑うとなんだか調子が出てくるもので、まなつは語らいながらあの変なモヤモヤが一時的に薄くなったのを感じた。これでいい。いつも通りだ。だから余計な事を望むのも考えるのもよそう。きっとさっきまでは、お腹が空いてただけなんだから――


「ねえ、あれ」


 不意に、オンちゃんがフードコートに入ってきた男女を指差した。女性の方は良く見えないが、男性は背が高くてカッコよくイケメンで……あれ、なんだか見覚えがあるシルエットだ。


「あれ、まさか!」


 そしてようやく窺えた女性の顔に、四人は声を上げた。

 桐枝だ。

 どうやら、彼氏の勤務が終わるのを待って、その足でデートらしい。


「やべえぞ! 奴ら手繋いでやがるぞ」

「うわぁ〜桐枝超楽しそう〜」

「どうする声かける?w」

「どうするよ部長〜!」


 聞こえるハズないのにわざわざヒソヒソ声でやり合って、ニヤニヤする。やばい。知ってる人間があんなにデレデレしてるのを見ると、こっちが恥ずかしい。まなつもいつもだったら彼女たちと同じ感じになるだろう。けど、話を振られたまなつの方は何とも言えない表情になっていた。

 さっきまで薄くなったモヤモヤがまた燻っているのだ。なんだ。なんでこんなにモヤモヤするんだ。悟られないように小さく息を吸って落ち着こうとする。


「まなつどうしたw 鼻水出そうになったみたいな顔してるぞwww」


 でも、すぐに気付かれた。


「なんだしそれー! 普通の顔してたよ!」

「それでも、か・わ・い・い・ぞ! まなちゅ……! ん!」

「あ、ちょっ、だっちゃん! いきなりチューして来ないでよ! びっくりしたよ!」

「悪いね、つい……! (結婚しよ)」


 まあ、それはそうとして。


「さすがに声掛けるのは悪いよ。桐枝ちゃんの事だもん、絶対アタシたちのとこ来て"紹介するね!"とかやるよ」

「まあ〜そうだろうね〜。じゃ、向こうが気づいたらって感じにすっか〜」

「ちなみにnnxiで投稿するのはおk?」

「あ、もううち投稿しちゃったぞ」

「おま、早すぎて草生えるわ」


 桐枝たちの動きを横目で見つつ、携帯を皆で取り出して、サッチの投稿を確認する。彼女たちは交流サイトとして有名なそのサイトに全員登録しているので、遊んだ時の情報なんかをここで共有したりする。まなつとオンちゃんはそこまででもないが、サッチとだっちゃんは割と投稿数が多いため、この四人で遊んだ時は、大抵どっちかの投稿で確認出来る。今日のも


『これからイツメンでモモセじゃー!』

『高身長に告られてー! 羨ましいぞおいおいおい!』

『リア充がいたぞー!!!!! (写真あり)』


 とやりたい放題であった。


「写真まで撮ってたの? 怒られても知らないからね」

「揚げダコでギリギリ隠してるから大丈夫だぞ! ほら!」

「うーん、そういう問題なのかな……あ」


 携帯から視線を上げて、桐枝たちを横目で追うと、何やらアメリカンドックらしき物を桐枝が「あーん」してるのが見えた。もぐもぐする彼氏が頷いて、今度は彼氏の方がフライドポテトを「あーん」する。恥ずかしげもなく、楽しそうに二人の世界が繰り広げられていて、なんだかまじまじ眺めてしまった。自分じゃ、あんなの人前でやれなさそうだけど、本当に好きに人だとやっても恥ずかしくないのかな、とか、ため息とともに、ぼんやりと。


 そんなまなつの様子の方が、三人にとっては興味があって、なんとなく、最近部長がおかしい理由が分かった気がしていた。


 だから


「なあ〜、まなつよう」

「……え、あ、なに?」


 ちょっと訊いてみても良いと思った。

 彼女の――たぶん、恋模様を。


「好きな人おるやろ」






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