9_指先で送るキミへのあれとそれ その2

 時刻は正午過ぎ。


 ショッピングモールには当然ながら様々な店舗が入っている。ゆえに携帯ショップの周りにも飲食店やら服屋やらが軒を連ねているのである。

 つまり


「おばばプレゼンツ、お昼ご飯のコーナー。いーえい」


 同伴している母親のテンションが、昼飯を作らなくていいために妙に高くなる訳で。

 それでさらに、変な気を使ってくる訳で。


「あたいはお邪魔なのは分かってるので、この五千円をキミたち授けてどっか行ってあげる! フードコートなりレストランなり好きなように使いなさいな」

「やめて母さん。あざみがいる前でそういうの言うの」

「聞き分けのない息子の頬を〜!」


 俺を無視して沢田研二を歌いながら消えて行く母親にため息を吐いて、やたら携帯を気にするあざみに渡された五千円札を渡す。やばい人なのは元々だけど、公共の場でもやるとは予想外だった。あれでも役所の職員なんだぜ、あれ。あざみは興味なさそうに五千円を受け取ると、スタスタと二階へ続くエスカレーターへと向かった。俺もついて行った。


「気にしないでくれ、母さんのあれ」

「いつもあんなん感じでしょ。今更よ」

「はは、だよな。で、お前どこ行くんだ?」


 まあまあの人混みを避けながら、あざみが淡々と足を進めていく。その足は迷いなく、ショッピングモールの中央へと向いている。中央部、それはお食事処が集う場所――フードコートへと。

 ふと、あざみが壁際に移動して、携帯を取り出し画面を覗き込む。さっきもしてたけど、一体何を見てるんだろう。


「おい、どうした?」


 俺はあざみの背中越しに尋ねる。チラッと窺えた携帯の画面には、Twitterみたいなソーシャルメディア的なサイトのページが……あれ、なんだっけか。この時代だとTwitterよりも浸透してたコンテンツがあった気がしたんだが、名前がイマイチ出てこない。ええと、皆やってるから俺もちょっとやってた記憶が。


「よし。せっかくだから、仲良しアピールしときましょ」

「へ? お前、何を」


 思い出すよりも早く、パタン、と携帯電話閉じたあざみ。すると、俺の方に来てずいと手を引き、フードコートの中へ入っていく。なんだいきなり。そのまま休日の昼時ゆえ人が多い空間をするりと抜けていき、されるがままにとあるハンバーガーの店に辿り着く。なんか犬になった気分だぞこれ。


「今日はここでお昼にするわ」

「それはいいけど……さっきからなんなの」

「お気になさらず。ささ、どれにしようしら」


 手を引いたまま、あざみはメニューを眺めて悩んでいる。人の目が気になるので離してほしいのだが、いかんせんこう舵を取られるとタイミングが分からずこのままになってしまった。ああ、昔からこんな感じだコイツは。子供の頃に戻ったような空気が少し蘇ってきて、まあいいかと一人落ち着く。そんな俺をよそに、あざみは「これだ」と決めたバーガーセットを店員に注文していた。全く、自由というか強引というか、らしい、というか。


「アンタはどれにするのよ」


 あざみがこちらを向いて注文を促す。俺は頭を掻いて言ってやった。


「いやいや、まだメニューすら見てないし」

「じゃあ私と同じのでいいわね」

「何が"じゃあ"だよ。選ばせろって」

「すみませーん。今頼んだ"スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスセット"もう一つくださーい」

「聞いてねぇ」


 ほんでメニュー名長すぎだろ。


「あのなぁ、お前人の話を」

「ほら、ドリンク選んで下さいだって。私コーラね」

「無視かい」

「うるさいわね。後で聞いてあげるから早くしなさいよ」

「はぁ……じゃあこの、ヘルシー濃茶で」


 おっさんみたいなチョイスになんかドン引かれたが、注文が済んだので二人分の空いてる席を探しておく。昔からの仲。それはある程度お互いに認め合ってないと、ここまで成立しない。あざみが先陣切って、俺がついて行く。お決まりで、大して意識もしてない関係だったけれど、嫌じゃなくて、むしろ好意的。だからこうやって、何年経っても――死んでも、浮き足立たつ事はなく接してられるのだし、そう思える。

 雑踏を探す。明るい賑やかさはいつの時代も変わりなく、なんだか学食を思い出す。空いてる席はどこへやら。


「空いてねぇぞ」

「安心なさい。もう少しよ」

「何がだよ」

「私の目に狂いは無かったの。マイアイズイズノット……バーサーカー?」

「英語できねぇなら無理して言うな」


 なんか知らねぇけどテンションが少し高めの様子のあざみに首を傾げつつ、注文したバーガーセットを受け取り、迷う事なく真ん中の方のテーブル席へ連れて行かれる。周りには子供連れもいたが学生が多く、中にはうちの学校の生徒らしき顔もちらほら。見た感じ、部活帰りとかだろうか? まあ、このショッピングモール自体、ここらで唯一のデカい商業施設だから、大抵出かければ会うのは当たり前か。一人納得しているとあざみが止まった。ちょうどこの辺りのテーブルが狙いらしい。


「…………ふ、居たわ」


 不意に、小さく聞こえたあざみの声。心なしか、ニヤリと笑っているようだった。


「こっちよケイスケ」

「おい、引っ張るなよ」

「ま、私に感謝する事ね」

「なんの話だ」

「お楽しみよ」


 そう俺を無理矢理隣に来させると、あざみはソファのあるテーブル席の目の前に立った。そこの席は、部活終わりらしいユニフォーム姿の女子が数名おり、ちょうど帰る支度をお喋りしながらしていた。やがて荷物を持ち全員立ち上がり、俺らの横を通って出口へ――


「あ」

「え? あ」


 その時、思わず声が出た。

 彼女たちの着ていたユニフォームが、なんだか見覚えのある物に。

 背負ってたスポーツバックと一緒に、バドミントンのラケットがあった事に。

 ……同じ学校の、同じ学年の生徒である事に。


「なんでお前」

「あ、ははは。偶然、だね――」


 しかも、よりによってその中に


「宮田くん」


 逢瀬まなつがいた事に。






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