5_ノスタルジックにしやがれ

 夕焼け。

 それは、大人になると、途端に虚しさ悲しさ切なさその他諸々を心に含ませるノスタルジックの代名詞。


「どうするのよ、宮ちゃん」


 それに照らされて、友と共に歩く帰路というのは、とかく青春。放課後と言って真っ先に思い浮かぶのはこの光景だ。テレビで時たま見かける、放課後はいつもオレンジで、それは哀愁を含ませる瞬間。


「なにがよ、太郎ちゃん」

「例年通り新入生……女の子おらんやん」

「なんだおい、部活内恋愛でも期待してたのか」

「だってえ! 高校生だよ!? なのになんでうちの軽音部男しかおらんのさ! 普通何人かはいるもんやろ! 絶対おかしい」


 ……だから、まあ。

 少しくらい上手く行かない事だって、後になるとよく見えてしまう訳で。

 こんなの、乗り越えるための壁だぞと大人たちは笑いやがる訳で。

 けど、壁にぶつかった当の本人は大変困ってる訳でありまして。


「そんな事言われても、うちの軽音、ガチのメタラーとフュージョン大好きの変態どもしかいねぇから。これは俺らが卒業しても伝統だぞ」

「やだぁ! オレらしか文化祭でまあまあ盛り上がるバンドいないの、ホントやだあ!」


 ――現在、俺、二度目の青春謳歌おじさんこと宮田ケイスケと、その軽音部のバンドメンバー、ミスター太郎(本名三隅田太郎、筋肉ドラマー)は、そんなこんなで、弊校――黒澤高校軽音部の入部希望者たちの面々にあれこれ好き放題言ってるところであった。

 あざみさんの一件から時間を置いて部活に向かった俺だったが、まあ、やっぱ同じ釜の飯を食った奴とは特に違和感なくすんなりと――それこそ数年ぶりに会っても変わらずの関係で居られる同級生の感じで、入部希望者との部活動を行えた。いやぁ、当時は事務的というか、常に自分らの事しか考えてなかったからあれだけど、やっぱ好きな音楽で語らうのは良いもんだなの改めて実感。ガチのメタル好きやらフュージョン好きばっかではあるが、皆ある程度の知識はあるので、あのバンドが良いこの歌手がどうのこうので盛り上がってくれるのだ。会社だとほとんどそういうの無いから涙出そうだわ。


「まあまあ、まだ入部希望期間は一週間くらいあるし、ワンチャン可愛い後輩が来るやもしれん。気を落とすな」

「ホントか? なんかフラグにしか思えないんだけど、ホントか?」

「俺の知ってる未来だと無いけど、成せばなるさ」

「うわーん!」


 バカみたいな大声を出しているミスター太郎くんであるが、実は現世では既婚者で子供もいるお父さんになっている。うん、泣くな少年。一番の友達であったお前とは、この先もちょくちょく会うんだ。ちゃっかり夜の町で働いてるベトナム人と二十歳で結婚した時は殺意覚えたけど、未来は幸せそうだぞ。またバンドやろうな。

 しかしそれは心の底からどうでもよくて、俺はとある事象に遭遇している方が問題であった。

 それは。


「しっかし、ベース全然弾けねえ」


 致命傷だった。

 なんせ、高校生のキリほとんど弾いてないのだ。力の入れ方とか、手の加減とか、初心者同然になっていた。

 真面目にやってたんだけどなぁ。ずっと弾いてないとダメね。


「なに言ってんの宮ちゃん。ベースなんて音鳴ってりゃイイとか言ってたじゃん」

「いやいや、俺ボーカルもやるんだぞ。せめて安定して弾けなくちゃ」

「え、ボーカルやるの? ふーん。じゃ、弾きながら歌えるようになるまで、ギタボ連れて来ようよ。マッキーとかどう?」


 マッキーねえ……俺は思い出す。イケメンのタラシくんで有名なマッキーこと牧野氏は、のちのち俺と逢瀬とも大学が一緒で、入学してからずっと月一で女関係の揉め事を起こすエンターテイナーになっていた……うん、関わりたくない。

 

「ダメあいつイケメンだから」

「えー……にしても、なんか宮ちゃん随分やる気だなぁ。そんなに新入生に感化された?」

「先輩卒業して、うちのバンド二人だけになったんだぞ。やる気を出さなくてどうする」

「まあ、そうだよね。早くギター、見つけなくちゃだもんねぇ」


 語らいつつ、懐かしの帰路を体が覚えてるまま進んでいく。実家と学校までは徒歩で20分そこらと割と近くて、すっかり見なくなってしまった昔の街並みは、胸に寂寥感を感じさせた。

 ああ、街路樹が風に揺れ卯月の調べを奏でる。心にしみる。


「おお、ここのレンタルビデオ屋まだあったのか」

「え、昔からあるけど、なになに、実は宮ちゃん未来人設定なの? そういや、さっきから卒業してもどうとか、俺の知ってる未来じゃ、って言ってるもんね」

「はは。そうだ、俺は二十二世紀から来た猫型ロボットなのだ」

「おー! ドラちゃんー!」

「きめえ喋るな」

「ひどい!」


 ノリ良く反応してくれる級友は心底どうでも良いので、別れの挨拶もせずに手だけ振って、お互いの帰路に着いた。俺はここからまた歩いて、太郎は電車で帰る。当時はなんも感じなかった分かれ道だが、こうして久方ぶりに来てみると、ちょっと胸が熱くなるな。


「さて、帰るか」


 夕焼けの下は、妙に柔らかい。


 ◇


 実家に帰宅、なんて言うと謎に帰省した感あるけど、22歳までは実家暮らしだったので、久々の訪れという訳でもなかった。


「あら、帰ってたの」

「さっきな」

「そう。あ、晩ご飯テーブルにあるから、チンしてどうぞ」


 だから、なのかは知らんけど、やはり母親は母親であった。高校生の時も、今も、会話する内容はちっとも変わらないのだ。普通に現世の俺で実家に帰ってきても、同じように接してくるだろう。


「おっかあ」

「なにさ。あたいこれから自治会の夜回りキャンペーン行くんけんども」

 

 親子で謎のノリのまま、俺は外套姿の母親にある事を尋ねてみた。なんの気無しの、しょうもない事である。


「父さんとは、高校生からの仲だっけか?」

「なあにそんな事訊いて。そうだけど、なんで?」

「何歳頃に結婚したのかと思ってな」

「うーん、沢田研二が痩せてた頃」


 俺が分からわとツッコミを入れると、母親は「ジュリー!」と叫びながら外用の帽子をブーメランの如く投げ捨てた。一人で楽しそう。


「確か27歳ね。10年のお付き合い期間があってゴールインしたわ」

「……マジか」

「マジよ。あ、なにまさか、あんた彼女でも出来たの? もしかしてあざみちゃん? 怪しいと思ってたけどまさかだわ。お赤飯にしやがれ」


 いつも恋愛絡みの話になると、すぐあざみの名前を出す母親。幼馴染ゆえこういうのはよくあった。あいつが死んでからも、時たま冷やかされたっけか。

 しかし、両親揃って27で結婚してんのか。ため息漏れるな……。


 そのまま自治会の集まりとやらで家を出た母親の背中を眺め、俺は懐かしき自室に入った。築40年のボロ屋、リアルの方ではどっか壊れたりしてないだろうか、なんて思いながら、埃っぽい部屋の窓を開ける。

 室内を見渡す。机には漫画数冊と参考書、ベースの練習帖、それと入学祝いに怪しい電気屋で買ってもらった、ノートPC……あれ、なんか電源点いてる? カバーを開けてみる。


「は?」


 簡素なデスクトップにはメーラーが立ち上がっていた。OSにデフォルトで入ってるようなやつ。青と白のレイアウトのそれには送信済みボックスにフォーカスが合っており、そこの一番上には


『TO:営業部 石田さん』


『件名:製品の新規導入数の確認について』


『本文:お疲れ様です。掲題の件、電話でお話ありました株式会社ダダツシ様について、製品の新規導入数はお決まりになりましたか? 大型ユーザになり得るとの事で、今後設計チーム、サポートチームの体勢にも関わりますため、早めに回答貰えると幸いです。』


『PS :羽生課長が石田さんから連絡がないとお嘆きなので、個別に一報してあげてください。あの人寂しがり屋なので』


……あれ? これ俺があの時送った営業の確認メール…………


「見なかった事にしよう」


 バタンと閉じてノーパソの電源を引っこ抜いた。知らんわ。俺は営業の石田さんなんて知らん。うん。なんかの間違いだ。捨てようこのパソコン。俺は何も信じない。


 現実逃避もそこそこに、俺は高校の時に使ってた物たちを見て、あーこれ買ったなと感慨いにふけたりして、制服を着替えもせずゆっくりと時間を過ごした。

 この世界の俺は高校生。あざみも生きていて、逢瀬まなつにも振られる前の時系列。わくわくする高校2年の初日。だから振り返りはナシ。この世界で、このまま生きていく。そう思いながら横になって、机の下に置いてある不格好な向日葵の置物を眺めつつ、目を閉じた。ああこの置物、あざみと小学生の時に作った夏休みの自由工作か。一人思い出しながら、疲れから俺は眠りについた。



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