六日目の昼にありがとう
――ペンが止まった。
ぐぐっ、と一度伸びをする。目の前にあるのは、立ってこちらに微笑みを向けている少女。それと、座った状態でこちらを見つめる少女……その、絵。
透き通るような白い肌。星の浮かぶ夜空のような濃くて深い青色の瞳。ガラスのような透明さを感じさせる長い髪の毛。
ガラス越しの彼女は、何も持っていない。ただ、ペンを止めた時の俺の顔を見て、何かを確信したような微笑みを浮かべるばかりだ。
スケッチブックの奥の彼女は、マグカップを手に持っている。椅子に座って、机の前で。花を飾って蝶が飛んでいる。
「――出来た、絵」
長く、長く伸びをして、それから俺はやっと彼女に声をかける。
こちらに向けられる、期待するような目。見せてと言ってるのだと、言葉がなくてもわかる。
正直、怖い。描くことよりもよっぽど、誰かに見せることの方が怖い。
「……ねぇ、ご主人様」
スケッチブックを裏返して、絵を彼女の方に向ける。少しの間が、
「私の絵を描いてくれて、わがままを聞いてくれて……ありがとうね?」
――数年、数十年ぶりの、誰かを描い絵だった。せいぜい一日二日、その位で描き終えたような、物語のような劇的さは何も無い絵。
描いてる時に、何かに目覚めたりすることもなかった。特別なことは無い、彼女は感動で泣かないし俺は力に目覚めない。一皮むけたわけでも、精神的に強くなった訳でもなくて。
――ただ、少し霧が晴れたような、そんな気持ちだけはあった。
その言葉を、感謝の言葉を言われるだけで良かったんだなと、一人でそう思うのだった。
◇
「そういえばさ」
彼が、思い出したように口を開く。
「夜は、公園に君を置いていく約束だったよな、いついけばいい?」
初日の時より、少し穏やかな声が聞こえる。
私はスケッチブックを見る、私のリクエストが詰め込まれた、彼の絵。
「……その約束、無かったことにしてもいい?」
ガラスケースの向こうで、彼が驚いたような顔になる。
私は一言、そんな彼に告げるのだ。
「理由は、明日の夜に話すわ……それで、いいかしら?」
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