折り返しの夜におやすみなさい
テレビは、嫌いじゃない。正確に言えば、テレビから流れてくる少し聞き取りにくいくらいの音量が嫌いじゃない、だけれど。
適度な音は、集中を高める要因になるらしい。ホムンクルスの彼女は基本、俺が絵を描いている時は黙りなので、これは彼女が来てからも続いている。
それと、もうひとつ。絵を描く時……それに限らず、何かに集中してると周りの音が一切聞こえなくなるって人がいるけれど――俺は、決してそういう人間じゃない。
そりゃまあ、集中をずっとしていれば数秒数分は何も気にしなくなる時間はあるかもしれないけれど。やってる間一切何も聞こえないし感じない、なんて集中力は流石に極一部の人しか発揮できないと思う。
「へぇ、こういう創作活動は趣味とご主人様は言ったけど、こうやってテレビで取り上げられることもあるのね」
夜、付いていたテレビを見て、ホムンクルスの彼女が声を漏らす。
俺も、テレビの画面を見ている。一人の男が大きな絵のコンクールで賞をとったので取材を行ってみたという趣旨の番組だ。
……抑える。ペンを握る力がどうしても強くなるのをどうにかしようとする……いや、無理だ。せめてバレないように――、
「……どうしたの?」
まあ、無理か。付き合いが短くとも、絵を描く姿は間近で見られていたわけで。
「別に、なんでも」
言葉で誤魔化せないのは分かってる、この状況からこの言葉を信じる人間、絶対に居ない。
それでも、壁を作ることは出来る。立ち入らないでくださいっていう、明確な壁。
「……約束、私はあなたの役に立ちたいって、そう言ったでしょう?」
その壁をすり抜けて、彼女は俺の方に迫ってくる。
やめて欲しいし、迷惑だ。ただ、残念なことに……彼女の持つ善意を止めることが出来るほど、俺はなにか力を持った人間じゃないのである。
「……今、テレビに出てるのは、こう……俺の、昔の友人でさ」
言葉を選びながら、少しずつ話を進めていく。傷つけないように、自分の言葉を自分に刺さないように、慎重に。
「一緒に絵を描いてたんだけど、周りからはよく比較されて……あいつの方が、絵が上手かったから」
少しずつ、ゆっくりと、潜るように。
話を続ける。そういうことがあって俺は少しずつ絵を描くのが苦手になって、友人はどんどん絵が上手くなっていったのだと。
今はもう離れて、普通に絵が描けるようになったけれど、昔の友人のことを思い出すとあの時どうして頑張れなかったのかという気持ちになるのだと。
「だから、これは一応飲み込んで終わった話だ。だから、君がなにかするようなことは無いよ」
前も言ったように、今は絵を描くのが好きだから。
そこまで言って、話を終える。選んで、潜りきって。
「……いいえ、多分そうじゃないでしょう?」
そこから、逃げるための穴から無理矢理に引きずり出された。
「……なんで?」
声は震えてない、大丈夫。
「だって、それはご主人様が絵を描かない理由にはなっても……誰かをモデルにした絵だけを描かない理由には、ならないでしょう?」
初日に、一回だけ言ったことをよく覚えているものだ。
追求されるだろうか、されたらどうすればいいだろうか。考えて、考えて、考えて。
「ご主人様、今日はもう暗くなったわね」
声。
「おやすみなさい、ご主人様……私ね、寝るとその少し前の時のこと、ちょっと忘れちゃうのよ」
ガラスケースの向こう側で、彼女がふらりとうつ伏せに倒れた。
消えていたテレビの音が、ゆっくりと世界に戻ってくる。番組は、気づかないうちに変わっていた。
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