三日目の昼に約束ね?
描く、描く、ひたすらにペンを走らせる。
進むのは、気持ちがいい。何日間に一度だけ、こういうひたすら手が進み続ける時がある。
テーブルの絵は、ガラスケースの傍に置いてある。追加で描いたソファーの絵と、今描いているマグカップの絵もしばらくしたらそこに加わるだろう。
絵が進む日が来たのは、やっぱりリクエストのおかげだろうか。何も変化は無いと思っていたけれど、もしそうならば感謝した方がいいだろう。結構ダメな人間でも、ギリギリそのくらいのことは出来る。
「ご主人様は、本当に絵を描くのが好きなのね?」
ふと、後ろから声をかけられる。
ちらりと顔を向ける。声の主でリクエストの主、ガラスケースに入った寿命一週間のホムンクルスは、微笑ましいものを見るような表情でこちらを見つめていた。
動かしていたペンを一度止めた。こういう日は、一旦作業を止めてもまた描き始めると速度が戻るので強い。
ほぼほぼ描き終えのマグカップの絵をマジマジと見つめながら、ホムンクルスは次の言葉を続ける。
「こんなマグカップやテーブルなんて、特別感のないものでしょう? リクエストされたからと言って、普通は描けるものじゃないと思うの」
「リクエストは、普段描かないような物を描けて楽しいよ? ……まあ、絵が描くのが好きなのは確かだ」
「それは、絵を描くのが得意だから?」
「いや、それは違う」
得意だから好きな人もいるだろうけど。
絵を描くのが好きなのは、好きだからだ。好きだから、好きでいてしまう。例え何か嫌なことがあっても……その好きは、まるで呪いのように残り続ける。
と、流石にそこまで言うつもりは無いのでいくつか切って説明すると、彼女はなるほどねと納得した様子を見せる。
「そういえば、話の流れは関係ないんだけど」
一瞬静寂が訪れそうになって、それをギリギリ繋ぐように言葉をだす。
疑問そうな彼女の前に、ポケットから電子機器を取り出して見せる。画面に映っているのは、黄色い花の画像と白い蝶の画像。
伝える、リクエストがモチベに繋がってるということと、せっかくだから外のもののリクエストもしていいよ、と。
感謝の言葉は苦手だし、何か買ってあげるのも俺のセンスじゃ難しい、それなら絵を描くのが一番じゃないだろうか。
「リクエスト、役に立ってるのね?」
俺がそうだよと伝えると、彼女はそれならこっちと指をさす。
そのまま少しの微笑みを携えて、一言。
「そうだ、せっかくなら約束をしないかしら?」
「約束?」
「そう、残された数日間、私はあなたの役に立てるように頑張るわ。だから……六日目の夜に、私のことを外に出して……公園とかに、置いて欲しいの」
死ぬ姿を誰かに見られたくない、そういうことだろうか。
気になるけど、聞きはしなかった。秘密は誰にもあって、言いたくないものも誰にだってあるから。
「わかった、約束する」
俺が言ったその言葉に、彼女は感謝の言葉を述べた。
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