二日目の朝にごきげんよう
朝起きて、顔を洗って。
そういえば、と近くのガラスケースにかかっていた布を取る。
「あら、ごきげんよう私のご主人様。昼起きではないけれど、朝にしては随分遅い時間ではないかしら?」
中の見えるガラスケースから聞こえてきたのは、凛とした少女の声だ。
少女、人より三回りくらい小さい女性。透き通るような白い肌。星の浮かぶ夜空のような濃くて深い青色の瞳。ガラスのような透明さを感じさせる長い髪の毛。そんな綺麗な見た目を持った、寿命一週間のホムンクルス。
「いつもこれくらいの時間に起きているの? 朝ご飯を食べる時間が無くなるのでしょう」
重ねて聞かされる時間の指摘に、俺は静かに時計の方を見る。時刻は十を一時間半ほど回ってる、十二を越えてなければまあ朝と言っても問題は無いだろう。
「朝ご飯は食べないからいいよ、一回抜いても半分以上残ってる……もしかして、ホムンクルスは朝ご飯が必要?」
「いいえ、そこは安心してくださいな――ただ、ご主人様はペットを買うべき人間ではないわね、やれやれ」
芝居がかった言葉と共に肩をすくめるような動作をする。どこか似合って見えるのは見た目がいいからだろうか。
ひとまず、朝がないので昼ご飯を食べるまでとりあえずの時間はあるわけだ。
手に取る、スケッチブックとペン。描くものは、今目の前に存在する背の低いテーブル。
「……なんでこれをリクエストしたんだ?」
「私だって花とかが置いてあるならそういうリクエストをしたかったのですけれど、私が見える場所に、そういうものはないじゃない」
言われて、改めて部屋を見返す。
……確かに、あまり娯楽品のない殺風景な部屋であることは認める。自分以外の人間の部屋がどうなのかは知らないが、大体はここより充実してるんじゃないだろうか。
「そもそも、ご主人様はこれでいいのかしら? 家にあるテーブルの絵なんて、そうそう売れるものじゃないように思えるのだけれど」
と、俺の思考を切って、彼女の言葉が聞こえてくる。
「売るために描いているようにみえたか?」
「見えないけれど、画家は絵を描いて売ることがお仕事なのでしょう? こんなにのんびりしているなら、他に仕事もないのでしょうし」
会話に違和感、ペンを止めて思考を回す。そして、思い出す。
「そういえば、君のいた店の男は朝から晩まで働いてたのか」
「ええそうよ? 生きるためにって言いながら働いていたわ、人は働かなければ死ぬのでしょう? 私は働いても一週間後に死ぬのだけれど」
クスクスと続ける彼女の言葉は、どう考えても笑えるものでは無いのだが。
とはいえ、ちゃんと説明してくれたことでズレの理由はわかった。
「……俺は、結構ダメな方の人間だけど。それでも、最下層じゃない。だから、働かなくていい。今はそういうふうになってるんだ」
俺の言葉に、彼女はふうんと一言だけ。よく分からないけどそういうものなら納得しておこう、みたいな感じなんだろう。
「いい世界だよ、働くのはきっと苦しいことだし……それに、人と多く関わらなくても生きていける」
「……ご主人様は、何が怖いのかしら?」
言葉が終わるのを待って、彼女がそんなことを聞いてくる。
好奇心……よりは、心配で言っているように見える。
「秘密」
その心配に応えることはしない。
持ってるペンを認識し直す、ふたたびスケッチブックをペンを滑らせて。
「私はあと少しで死ぬから、絶対に秘密は守るよ?」
思わず振り向く、笑顔。ホムンクルスの彼女は、なんでこういうことを言いながらそんな表情が出来るのだろうか。
ただ、それでも、そうだとしても。
「……それでも、秘密だ」
言いたくないことは、誰にだって。
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