ホムンクルスを買った、一週間で死ぬらしい。

響華

初日の夜に初めまして

 ホムンクルスを買った、一週間で死ぬらしい。

 らしい、と言うのは別に俺がホムンクルスについて詳しくないからで、お店の人も「ホムンクルスにそう聞きました」としか言ってくれなかったからだ。


 本来一万円弱のホムンクルスが、今ならなんとは二割の価格で買える。別にそんなセールに目を引かれて買ったわけじゃない。

 ただ、ポップにでかでかと書いてあった「買い手がいなければ、本日中に処分されちゃいます」と言う文字に涙の顔文字が付いたやつが、なんだか凄く気になってしまった。

 

 ホムンクルスのそうした商売は議論の的になるとはいえ現状違法ではないし、そういうのをニュースで見ても、何かを感じるわけじゃない。

 俺は、正義の味方では無いのだ。たまたまその時色んなゴタゴタがあって、少し調子が狂ってた。ただそれだけ、本当にそれだけの事で。


「どうしたもんかね」


 黒い布のカーテンがかけられたガラスの箱を前に、俺はぼんやりとそんなことを呟いた。

 理由なく、愛でる気も捨てる気もないのにとりあえず買っただけ。一週間で死ぬのがわかっている以上、思い入れもそんなにわかないだろう。


 ――なんてことを伝えて、このホムンクルスはどんな反応をするだろうか。

 まあ、少なくともいい気分にはなるまい。


「どうしたもんかねぇ……」

「同じことを何度も言う前に、とりあえずこの布を取ってくれないかしら。暗い世界は思考に浸れるけれど、外部の刺激は思考の拡張に必要なの」


 無意味な思考を続ける俺を笑うかのごとく、ガラスケースの中から凛とした声が聞こえてきた。

 驚きながら、まあ言われた通りにかかってた布をとる。中に入っていたのは、人間の少女に似た生き物だ、ただしサイズは三回りくらい小さいが。


 透き通るような白い肌。星の浮かぶ夜空のような濃くて深い青色の瞳。ガラスのような透明さを感じさせる長い髪の毛。


「ええ、おそらくこんばんはかしら、私のご主人様。これから一週間、良好な関係を築きましょうか」


 目が合うと、彼女はその場でくるりと回りながら、着ている白いドレスのような服の裾を掴んで演技らしくお辞儀をする。


 一週間よろしくなんて、当人から先に言われるとは思わなかった。俺にとっては特に変わり映えのしないであろう一週間で、彼女にとっては寿命が終わるまでに残された最後の時間――だからといって、なにか特別なことをする気は全然ないが。


「話し方は、性格的なものだから変えられないわ。でも、死ぬまでの時間を七日間伸ばしてくれたあなたのこと、それなりに感謝はしているのよ?」


 俺がぼんやりと思考を回していところを見て、彼女は「良好な関係を築く」という言葉に不信感を持たれたとでも思ったのだろうか。

 別に気にしてないのに、そう思ったけど、間違えていたら恥ずかしいので言うのは止める。


「さて、買ってくれたからにはなにか私にしたいこと、させたいことがあるのでしょう? まずは、頼んでみるといいわ。叶えられるかはわからないけれど、くすくす」


 くすくす、なんて口で言ってくる存在を初めて見たかもしれない。

 やりたいこと、させたいこと。どっちも思いつかない。本当に、一切の理由もなく買ってしまったのだから。


「……絵を」


 ふ、と。頭の中に浮かんだことを言ってみる。


「絵を、今描いてるんだけど」

「モデル、ということかしら? ええ、それくらいなら――」

「いや……なんか、リクエストをして欲しい」

「リクエスト? 私を描くわけじゃなく?」


 そうだよ、と静かに返す。

 ホムンクルスの彼女は少し不思議そうな顔をして、俺はただ一言追加で、


「俺は人を……誰かをモデルにした絵は、描けないから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る