☆第12話 めぐんでください!

 妹はずっと泣いていた。

 レイヤが泣くなと声を掛けても、背中をさすっても、一緒に涙を零してやっても、泣き止むことを知らなかった。


 レイヤは空きっ腹を抱えながら、表通りを行き交う雑踏を見つめていた。

 何人もの孤児が道路の隅に腰を下ろし、人々に物乞いをしているのが見える。


 生傷を負った孤児。

 片耳のとれた孤児。

 片目の潰れた孤児。

 その姿が痛々しければ痛々しいだけ、もらえるお情けは多くなる。


 そのうち何人かの顔をレイヤは見知っていた。

 その者たちは、本当は母も父もいる。

 家のない無宿人ではあるが、貧民街の中のテントに家族一緒に暮らしている。

 その親たちはわざと自分の子どもを傷つけ、天涯孤独のふりをさせて物乞いで稼がせているのだ。


 レイヤは妹のことをぎゅうっと抱き締めた。ミナは泣きながら、兄の背中に腕を巻き付けて彼の名前を呼んだ。


「おにいちゃん」


 守らなきゃならない、とレイヤは思った。

 この妹と自分自身を守っていかなければ。






 レイヤは妹を連れて表通りに出た。初春の日差しは鋭さをもって彼の瞳を突き刺した。レイヤは眩しさに瞳を細め、妹のことを振り返った。

 十歳になるレイヤの半分の背丈の妹は、自分の裾に縋りつき、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらこちらを見つめている。


「大丈夫だから。ミナ、大丈夫だから」


 レイヤは妹の手を握ってそう何度も言い聞かせた。ミナはうんと頷きはするものの、やはり涙は止まることを知らなかった。レイヤは彼女をその場に座らせ、自分もその隣にしゃがみ込んだ。腰を下ろしてみると、目の前を歩いて通り過ぎていく大人たちはうんと背が高く見えた。



「めぐんでください。めぐんでください!」



 レイヤは周りの孤児の真似をして、ほとんど顔を上げず上目遣いでそう声を張り上げた。

 何人かはちらりと彼のことを見たが、足を止める大人はいなかった。

 それでもレイヤは諦めずに何度も何度もそう言った。

 しかし、結果は同じだった。






 日が傾き始めたころ、隣の妹の様子が変わり始めた。


 レイヤと繋いだ手に力がこもり、肩を震わせてぜいぜいと息をし始めたのだ。


「ミナ、ミナ?」


 レイヤが声を掛けると、妹は苦しそうに顔を上げようとしたが、すぐに咳の発作が彼女を襲ってそれを妨げた。

 ついに彼女は倒れ込んでしまった。


「ミナ、ミナ!」


 レイヤは彼女を揺すった。

 背をさすり、頭をなで、抱き締めてやる以外今のレイヤにできることはなかった。

 今までミナが病にかかったことはあったけれど、そのときは必ず母が側にいた。

 今は兄である自分しかいない。

 自分の胸でぜいぜいと咳き込む妹の体温と震えを直に感じながら、レイヤは自分の無力さに涙をこぼした。


 そのとき、レイヤの目の前でチリンと金の鳴る音を聞いた。


 小銭としては一番小さい額の錫貨だった。

 レイヤはそれを拾い上げ、それを落としていった男の顔を見た。

「妹が病気かね。同情を引く手段としては理にかなっているな」と、慈善とはほど遠い言葉を言い放った。

 レイヤの胸がかあっと熱くなった。


「おにいちゃん、おかあさんは? どうしていないの」


 妹は咳と咳の間にそう呟いた。

 母が死んだところを、自分と一緒に見ていたはずなのに。


「何もないよ。大丈夫、大丈夫だから」


 根拠のない「大丈夫」を繰り返すしかなかった。

 小一時間も続いた咳は前兆なしにいきなり止んだが、その頃にはもうどこの店も開いていなかった。






 男から恵まれた銭貨で買える物は、一人分、一食分のパンしかない。

 パン屋はどこにあっただろう……。

 明日探して行ってみようと考え、咳の止んだ妹と一緒に川へ寄った。

 一日中飲まず食わずで声を張り上げていたので、喉はからからだった。

 約一日ぶりに口に入れた水は、渇いた兄妹の心を潤してくれた。




 その日は橋のたもとで、落ちていた布切れに妹と一緒にくるまって寝た。

 雨風を防いでくれるテントはない。ふきっさらしの川べりで、春の初めとはいえお互いがいなければ凍えてしまいそうな寒さだった。






 妹が眠ってしまってから、レイヤは母のことを考えた。


 死ぬ間際にこちらを振り向いた母。



 その金の瞳に宿った強い意志を思い出し、レイヤの心はかき乱された。







 夜が更けるまで、ミナが起きないように、声を立てずに静かにすすり泣いた。

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