⌘第10話 新王即位の日

 あまりの嬉しさに、声も出なかった。


 信じていてよかった、報われる時が来たんだ!


 ミックは父と顔を見合わせ、逸る気持ちを抑えながら神堂の扉の封鎖を解き、片手でやっとの思いで扉を開け放った。




 だが、ミックの目に飛び込んできたのは、喜びに沸く信者たちの姿ではなかった。




 アイロンのかかったワイシャツに紺のネクタイ、二つボタンの紺のジャケット。

 そこに立っていた者たちが着ている警吏の制服に、言葉を失った。目を見開く。


「一昨日の夜、先代国王が崩御なさった。昨日即位された新国王が、ルクス教徒撲滅の法を出された。よって、お前たちを逮捕する」


「なんですって!」


 父が叫んだが、ミックはただ警吏を見上げるしかできなかった。

 王が死んだ。

 金曜の夜。

 即位。

 ルクス教徒撲滅の法。


「即位されたのは、どちらですか」


 警吏は迅速に答えた。「王太子殿下だ」


「王弟殿下ではないのですか」


 警吏は短く首を振った。

 状況がよく掴めないミックは震えながら後ずさりしようとしたが、その前に警吏に左腕を掴まれていた。ひどい痛みが走ってミックの顔が歪んだ。


 振り返ると、別の警吏が父を引きずり出そうとしているところだった。

「やめて! 父さんは怪我をしているんだ!」自分の怪我も顧みずに叫んだ。ミックの叫びは無視された。

 目の端にルクスさまが映る。

 慈愛の象徴、ルクス教徒の心の拠り所である、ルクスさま。

 銃弾に傷つき力を失ったルクスさま。

「ルクスさま!」

 神の名を呼ぶと、腹を一発殴られた。ミックは悲鳴を飲み込んで押し黙った。



「王が死ねば」確かにそう言っていたはずだ。

 実際に王は死んだ。

 頭が混乱してきた。先週ここを出て行ったルクス教徒たちはどうなったのか。武装蜂起は失敗に終わったのか。もしかして皆殺されて……。

 嗚咽が漏れそうになるのを歯を食いしばって耐える。


 ミックは警吏に引き立てられて、神殿の外へ引っ張り出された。

 一年ぶりに出る、神殿の外。それは眩しいなんてものではなかった。丘の上のミックたちの神殿を取り囲むように、野次馬がずらりと並んでいて、ミックを指さしていた。

 嘲笑の声があちらこちらから聞こえる。どの人間も、ユス教徒か。ミックはその者たちを睨みつけた。だが、彼の眼差しはそこにいる誰に対しても、真っ直ぐには届かないように思われた。


 ミックの表情が変わったのは、「……神依士かむえしさま」とささやく声が耳に飛び込んできたからだ。

 その小さな姿はすぐに見つかった。

 孤児のミナが、つぶらな瞳を潤ませて、悲痛な表情で彼を見ている。


 ルクス教徒。

 この場にいるただ一人の味方の、孤児の少女。

 神を信じるその瞳は、絶体絶命の神依士見習いに、ほんの少しの勇気を与えてくれた。この少女を守る小さな勇気を。

 ミックは力を込めて叫んだ。


「黙れ!」


 群衆は余計にミックを嘲笑うだけだったが、ミナはひっと息を呑んで口をつぐんだ。

 そうだ、それでいい。

 ミックの名を呼んで、見つかったりしてはいけない。


 彼女から視線を外すと、そこにミナの兄の姿が見えた。

 ざまあみろとでも言わんばかりの表情でミックを見下ろしている。


 ミックはその兄からも視線を逸らした。




 ルクス教徒撲滅の法は孤児にも適用されるのか。

 そこにいる小さなか弱い信者も捕らえようとするのか。


 逃げてくれ、ミナ。

 隠せ。隠れろ。

 遠くに逃げるんだ。


 警吏からも兄からも。






 二頭引きの護送馬車に父と共に乱暴に押し込まれた。

 もう外の様子は分からなかった。

 すぐにがたごとと動き出す音がした。




 ルクスさま……。

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